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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第4日 8月6日
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第48話 朝礼

 旭美幌は目を覚ました。目が冷めた瞬間、自分が何処にいるのかわからなかった。普段の自分のベットとは違う、硬いところで寝ているようだった。おぼろげながら昨日のことを思い出す。できればすべてが夢だったら良かった。だがそんな訳はなかった。

 彼女は、8月の朝日を受けて熱気を孕んだ、自衛隊の天幕の中にいたのだ。

 彼女はゆっくりと起き上がった。べとつくワイシャツが気持ち悪かった。化粧も落とさずに寝たままだ。早くシャワーを、いや、少なくとも顔を洗って下着を変えたかった。

 見回すとベッドの側には自分の持ってきたスーツケースが置かれていた。和田先輩から、着替えも持っていくようにいわれて持参したものだった。そこに替えの下着は少なくともあるはずだった。

 とりあえずクレンジングシートを取り出して昨日の崩れたメイクを落とす。そしてシャツとパンツを脱ぐと、とりあえずウェットティッシュで体を拭こうと思った。学生時代に友人に誘われて登った山で一泊したときのことを思い出した。汗まみれなのにシャワーも浴びれないし、着替えもできなかった。その時よりはマシだろうが、しかしここは山ではない。文明の行き届いた平地の集落なのだ。

 体を拭き終わり、新しい下着とワイシャツを取り出した。下着を変えてワイシャツに袖を通す。ズボンを履く。メガネをとろうとした時天幕の入口の方で声がした。

「失礼します」

 見ると、入ってきていたのは彼女と同じくらいの年齢の女性であった。抜刀隊の制服の詰め襟に身を包み、長い髪を後ろで束ねていた。

「お着替え中でしたか。では後で失礼します」

「も、もう着替え終わりましたから……」旭さんは出ていこうとした彼女を呼び止めた。昨日見た顔である気がした「ええと、あなたは」

「抜刀隊所属、金城香子です」彼女は言った。「あなたの副官を拝命しています」

「副官!?」彼女はドキッとした。「ええと、私は……」

「抜刀隊の隊長代行です」

「でも、実際の指揮をとるのは安西さんでしょ」

「ええ。ですが、抜刀隊は内務省特別公安課が中核である以上、形だけでも隊長は内務省の所属でなければなりません。そして、規定で隊長には副官が付きます。あなたがその代行である以上、それにもつくのです」

「そういうわけですね、それなら……」旭さんはつぶやいた「よろしくおねがいします」

「こちらこそ」

「ところで、わざわざ私のテントに来たのは……」

「ああ、呼びに伺ったのです。もう7時半です。早く朝食を摂ってください。8時15分から朝礼があります。それより早く整列してください、8時頃がベストでしょう」

「8時から? そんなに早くから!?」

「あとそれから、隊長用の制服も用意してあります。できればそちらに」

 この暑い中詰め襟を着ないといけないとかどんな拷問か。まあ逆らう道理もないわけなので、制服を受け取った。

「では着替え終わりましたら、食堂まで。朝礼の場所まで案内します」

 金城さんが立ち去ると、旭さんは深くため息をついた。渡された詰め襟の制服を見つめる。

 ああ、どうしてこんなことに。内務省なんて、入るんじゃなかった。


 8時10分には全員が整列していた。旭さんはなんとか着替えと食事を済ませ、間に合う事ができた。隊長であるから、一番前の列に並ばされた。自衛隊も一緒であり、屈強な男たちに囲まれているのは居心地が悪かった。

 朝礼に先立ち、8時15分より一分間の黙祷が行われた。平和を祈念すべき日でありながら、こうやって戦場にいて、それでいて黙祷を捧げていることに違和感を感じずにはいられなかった。

 黙祷の後、奈良井連隊長が訓示をする。昨日30名が捕虜となったこと、内務省抜刀隊が合流したこと、高知の第50普通科連隊も苦戦を強いられていること、増援を要請していることなどが話された。

 次に前に出たのは安西であった。鹿島教導団を代表して、といって挨拶を行った。そして抜刀隊について手短に紹介すると、旭さんに前に進み出るように言った。

 突然の指名に冷や汗を流しながら前に進み出る。あれが隊長か、と自衛隊の方からざわめきが起こった。

 前に立った旭さんは、震えをこらえながら言った。

「お、おはようございます。内務省抜刀隊隊長代行、旭美幌です。よろしくおねがいします」

 なんとかそれだけいうと、彼女は列に戻った。

 その後、国歌と共に国旗掲揚があり、朝礼は終わった。解散となった。

 朝礼後、旭美幌は安西に呼び止められた。

「おはようございます。眠れましたか」

「ええ、なんとか」彼女は皮肉を込めたつもりでいった。「ところで、朝礼では今日の作戦や予定について何も話しませんでしたよね。それは部隊ごとに話すのですか」

「今日は作戦はないんですよ」安西は言った。「今日は行動を起こす予定はありません」

「え、でも、せっかく部隊が合流したのに」

「さっき上から連絡があったんです。今日は動かぬようにと」

「しかし、今日が攻撃にはもってこいの日だと考えます」金城香子が進み出て言った。「SNSでも丹生谷の賊軍は言っています。今日、『即位式』を挙行すると。おそらく首脳部はそこに集まるわけですから、防衛は手薄になるはず。そこを叩くべきではないのでしょうか」

「私もそう思いますよ」安西はため息をつきながら言った「ですが上からの命令なら仕方ない」

「上って何処ですか、市ヶ谷ですか」

「官邸」安西は答えた。

 金城さんは絶句した。旭さんも同様である。

「しかし、でも……」

「なんでも、広島の式典で挨拶している最中に、ヤジを飛ばされたそうです。要約すれば『軍隊を出動させておきながら、この式典に参加するなんて、厚顔無恥なやつだ』とのこと。それにご存知の通り防衛大臣もあの弱腰です。市民団体から抗議があったくらいで弾薬庫を丸裸にしたんですから」

「そんなことで……」

「まあ、昨日から抗議はたくさんあったし、首相も防衛大臣も国民に銃を向けたと言って野党から手厳しく言われていましたから。選挙が近い今、いたずらに反感を招くのは避けようとしたのです。ですから、今日のところは軍を動かさない。おそらく9日、15日についても同様の判断を下すでしょう」

「そんな理由でチャンスを逃していいものでしょうか!」金城さんは言った「抗議しましょう!」

「誰にですか? 言えたとしても、おそらく無駄ですよ」安西は言う「それに、我々は民主国家の軍隊なのです。政治家の決定に従う義務がある」

「ええと、いいですか」旭さんが言った「今日動けないのはわかりました。9日もおそらく動けない。となれば、明日明後日で勝負をつけないといたずらに長引く恐れがある、ということですか」

「さすが、そのとおりです!」安西は言った「作戦の練り直しが必要です。我々は2日のうちに敵中枢への突破口を開かなくてはなりません。早速私の天幕で作戦を練りましょう」安西はそう言って自分の天幕の方へと歩き始めた。そして振り返って「そちらの副官殿も」と付け加えた。

 二人は、安西の後ろを少し距離をあけてついていった。

「なんだかいけ好かない雰囲気がありませんか」金城さんが旭さんに小声で耳打ちした。

「えっ、私はそうでもないと思うけれども……」旭さんはそう答えてはっとした。比較対象があの和田であったからだった。あんなやつと比べれば、誰でもまともに見える。

 自身の感性が変質していることに気づき、またも落胆する旭美幌であった。


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