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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第3日 8月5日
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第45話 統帥

「一体全体、どういうつもりですか!」みどりさんは小野塚さんが立ち去った後、机を拳で叩いていった。「兵部卿、そして内親王であるわたしを差し置いて、軍を差配するとは!」

 そして、先程名指しのあった茅野さんに視線を送る。

「衛門府に何を」

「ええと」茅野さんが目をぱちくりさせる「私の知ってる協力してくれそうな人を教えたまでです。私自身はなにも…」うつむき加減となり、片目が前髪に隠れる。

「どんな方ですか?」みどりさんは聞く。

「それは……漏らさぬようにと」

 みどりさんは茅野さんの両肩を掴んだ。茅野さんはびくっとする。

「それが大事なのです。いったい誰を」

「…すいません」茅野さんはうつむく。

 みどりさんはそれ以上の追求を避けた。そして私の方を向く。

「近衛中将であるあなたは、何もいわれていなかったのですか」

「まさか」

 私が答えに不満なのか、呆れたのか、みどりさんはため息を付いた。

「まあいいでしょう。すると、あなたはどちらにつくのですか」

「どちらに、というと」

「決まっています。衛門府督・近衛大将に従うのか、それとも兵部卿であるわたしに従うのか、です」

 私はぎょっとした。

「宮様、それは……」

「いいですか」みどりさんは私に詰め寄る「戦功を上げているのはわたしたちです。にもかかわらず、軍の統帥権を取り上げています。これは断じて認められません」

「しかし……」

「しかしもなにもありません。戦功を上げている以上、私は私のやり方で戦をします。あなたはどうなんですか」

「私は」そういって一瞬言いよどんだが、顔を上げて彼女を見つめた「太政官の決定に従うまでです」

「それはつまり、太政官が衛門府の権限を追認すれば、それに従うということですか」

「そうです」私は頷いた。

「呆れました!」みどりさんは叫んだ「処断されかかっていたあなたを助けたのは何処の誰ですか。その恩を忘れるとは!」

「だからこの様に申し上げているのです!」私も彼女の目を見て言う「いいですか、宮様、いえ、みどりさん。いま私達は近代国家と戦争しているのです。最も重要なのは我々の意思統一です。そうしなければ元々多勢に無勢の我々が戦に勝てる訳ありません。なにも衛門府督の言うことを何でも聞くという意味ではありません。私にも不満はある。けれども、みどりさん、あなたは宮であり、太政官にも籍をおいておいでだ。そこで主張なさいませ。ここでこのように分裂を煽るような事を言うのは愚の骨頂です!」

 そこまで言って言い過ぎたかと思った。だが、みどりさんはやや目を瞬いたあと、ややうつむき加減に顔を赤らめた。

「そ、そうかもしれませんね」みどりさんは言った「少し私も頭に血が上りすぎていたような気がします」

 私は表情をほころばせた。気になるのはこのやり取りを脇で聞いていた少納言兼内記である茅野さんが奏上しないかどうかということだが、まあ大丈夫であろう。彼女に二心がないのはきっとわかってくれているはずだ。

 私はそう思って視線を横にやる。見ると目をキラキラと輝かせている茅野さんがいた。「いやあ、格好いいところ見せましたね、まるで主人公です」とかなんとかつぶやいていたのであまり気にすることもないのだろう。

 さて、それはいいとして、明日の作戦は概ね定まった。残るは、先程小野塚さんも言っていた、捕虜のことである。私は落ち着きを取り戻しているみどりさんに聞く。

「自衛隊員は山奥にあった合宿施設を改装した収容所にいます。彼らは捕虜としての正統な権利を持っています。例の捕虜……」彼女は一瞬言いよどんだ「すなわち、内務省のスパイ、和田熊野別当ですが、彼は丹生谷警察の留置所にいます。まだ処分は決まっていません。あのあと、そこまで手が回りませんでしたから」

 では、彼の処遇を決めずに明日を迎えるわけにもいくまい。

「無論そのとおりです。一段落ついたいま、彼の処遇を決めなければなりません」

「わたしも同意見ですよ」

 開け放たれたドアの方から声がした。見ると、先程一旦立ち去っていた上野原先生が戻ってきていた。聞けば、留置所で和田の健康状態を確認してきたという。

「減らず口をたたけるぐらいには元気そうでした。診察の後、看守からは彼の穴という穴を確認するように求められました。何もありませんでしたが。あれもあなたの指示ですか、宮様?」

「そ、それは……」みどりさんは顔を赤らめながら答えた「いえ、私は確かに、隅々まで調べるように言いましたが」

「とにかく、捕虜をどうするか、その調べ方も早く決めてください。今から私は、今度はその自衛隊の健康状態を確認しに行かなくてはならないのです。まさか、捕虜を取るたびに私を向かわせるわけでもないでしょう?」

「え、ええ、むろんです」

「そうでなくては困ります。戦をするなら、捕虜は増えるでしょうから。誰だったか、『自衛隊員は捕虜にならない』と言った外務大臣がいましたか。でも、聞くとことによると、収容した捕虜の方々は、捕虜らしい振る舞い方を教えられているといいます。外国との戦争をしないはずの自衛隊で、どうして捕虜になったときの事が事細かく教育されているか、謎ですが」

 そう言うと再び上野原先生は立ち去った。

 確かに先生の言うことはもっともであった。捕虜は今後も増え続けるだろう。そしてその対応を決めるのは兵部卿であるみどりさんの仕事なのだ。

 辺りも暗くなる頃だった。早く仕事は片付けねばという思いに駆られ、みどりさん、そして私は政庁を後にして、警察署へと向かった。部屋には。「穴という穴……どの穴なんでしょう……」とうわ言を言っているぷちれもん先生が残された。


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