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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第3日 8月5日
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第39話 本営

 本営に戻った頃、すでに太陽は西の山へ向かってその高度を落としつつあった。

 旭美幌は落胆していた。わけのわからない仕事をいきなり託されたわけである。そしてわけも殆どわからぬまま、安西一等陸尉によって連隊長の前に連れて行かれた。安西一尉は、和田が敵の捕虜となったこと、作戦の練り直しが必要なこと、今後の内務省についての指揮は旭美幌が引き継ぐことなどが告げられた。

「ということは、内務省部隊は壊滅したと見てよろしいのですね」

 奈良井連隊長は報告を聞くと、旭さんにそう言った。内務省だけではなく、市ヶ谷からいきなり送り込まれてきた部隊まで事変に介入をはじめているのが腹立たしかった。それが声にも現れており、語気が強かった。

いきなりの問いかけに、旭さんはキョドりながら、先程安西からレクチャーされた言葉を答えた。

「部隊はここにいる私達だけではありません。和田と私は先遣隊に過ぎません」

「ほお」

「先の省庁再編で、内務省は国家公安委員会および警察庁を傘下に収めました。それに伴い、内務省は既存の警察では対処できそうにない事態に備え、新たな治安維持機構の整備に乗り出しました。その一つが警備局特別公安課です」

 警備局特別公安課。通称『特公』。公安警察の一元化を目指しているとか、ゆくゆくは内調との合併ももくろんでいるとか、様々な噂があるがその実態ははっきりしない。だが内務省の抱える一種の秘密警察であったことは確かなようである。

 奈良井一佐は頬を震わせた。特公の名前が出てきた。ということはもしかすると……

「神山の内務省消費者庁、そのなかにも特公の支部は置かれていました。それを統括していたのが和田です」

 やはりそうか。内務省の秘密警察。それが出張ってきている。事実上の政治将校じゃないか。しかし……

「なるほど。すると和田氏が捕虜となった今、神山の特公の最高位は貴女になるわけですか」

 旭美幌は一瞬きょとんとしたが、すぐに思い出した。和田の作成していた名簿を見るに、神山の支庁で、特公の職員としてカウントされているのは実は2名しかいない。和田と、そしてなぜか旭美幌の名前が入っていたのである。気にしたら負けなのであるが、どうしてもこれだけは了解がいかない。しかし彼の仕事を引き継ぐことが決定している今、彼女は首を縦に振らざるを得なかった。

「すると部隊の指揮はどうするのですか。この内務省案によると」奈良井一佐は昼前に和田から渡された紙束を指さした「突入部隊は内務省職員と自衛隊からなるとあり、そこには指揮は和田自身が執ると書かれている。すると彼が捕虜となった今、この作戦は実行不可能です。もっとも、貴女が指揮を執るなら話は別ですが」

「それは心配には及びません」それまで横から見ているだけだった安西一尉が割り込んできた。「突入部隊の指揮は、私が取ります」

「安西一尉、貴官がか?」奈良井一佐は言った。「いったいなんの権限があって」

「着任時に申し上げたとおり、私は市ヶ谷からの命令で送られてきたのです。この突入部隊の、自衛隊側の司令官として、送り込まれました。なるほど、内務省の中では今は彼女が次席に当たるかもしれません。しかし、指揮を執るのは私のほうが長けている。そうすれば、指揮官が変わるだけで、作戦は概ね実行できると考えます」

「しかし、こんな作戦、無茶すぎる!」奈良井一佐は声を上げた。「はじめは警察も、そして我々のヘリ部隊も突入に失敗した。それを俄作りの陸上部隊で、突入するなどと。陸路での突入は昨日警察が何度も試み失敗しているのはご存知のはずだ。それにいざ突入できたとしても――にわかには信じがたいことだが――銃も通用しない化物相手に、一体どうするというのか。作戦案では、それが書かれていない!」

 旭さんはえ、書いてなかったの? と唖然とする。そういえば彼はいつだって「特定秘密保護法だから」だとかなんとか言って肝心な部分が曖昧な指示を出すのである。

「そんな作戦に、我々は兵を貸せないし、協力できない」

「奈良井一佐、念の為申し上げますが、突入部隊は我々の側だけで構成するものです。第15即応連隊や、明日到着する第14旅団は、まずは後方支援をしていただければと思います。我々が突破口を開けば、その後はなんなりと」

 第15即応機動連隊は、善通寺に駐屯する第14旅団の隷下である。先遣隊たる第15即応機動連隊に続いて、本体が明日到着する予定となっていた。

 まだ不機嫌そうな顔をしている一佐に、安西一尉は続けて言った。

「それに、我々が化物と戦えないとお考えなら、それは見当違いです」

「どういう意味か?」奈良井一佐は怪訝な顔をする。

「確かに銃では倒せません。諸外国では妖怪の類は銀の弾丸で退治するとも言いますが、そんな備品は我々にはありません。そこで内務省の出番であるわけです。解説よろしく」

 はい、といきなりバトンを渡された。旭さんは先ほど覚えたばかりの事柄を、できるだけ不自然でないように話す。

「特別公安課では、あらゆる事態に対応するための治安維持行動の検討がなされていました。信じがたいことですが」――そう、今でも本当に信じがたいが――「その中には、今回のような超常現象を伴った事変への対応も含まれていました。内務省は、文化庁陰陽寮より術に優れ、かつ戦闘能力を有しそうなものを選抜して、特別公安課に編入したのです」

「陰陽寮!?」

「そうです。怪異に対抗するには怪異を持ってするしかない。化物には化物をぶつけるしかない。そう内務省の役人は考えたそうです。あの頭の硬い役人が」そう。頭を使いすぎて頭がわいてしまったのだろう。「そしてそれは実行に移されました。ですがそれでは数が足りない。そこで警察や在野の武術家からも腕の立つものを引き抜き、新設部隊をつくろうとしました」

「ちょっと待ってください。それでは話が本末転倒だ。怪異に対抗するためであるのに、陰陽道は重要ではないのですか」

「もちろん重要です。しかし、術に長けている者だけでは足りないのはいかんともしがたい。そこで、妖魔を倒す別の方法を考えついたわけです」

 旭さんは言葉をひとつひとつ思い出すように言った。

「古来、妖魔を術でもって倒した僧侶や陰陽師の伝説は枚挙に暇がありません。では、妖怪退治は彼らだけの仕事だったでしょうか。断じて違います。酒天童子を切り伏せた源頼光は異能者であったでしょうか。鬼丸国綱の所有者であった執権北条時頼に道術が使えたでしょうか。幽霊を切り捨てたにっかり青江、その所有者も、はたして普通の武士であったわけです。すなわち、日本刀の持つ神性をもってすれば、陰陽道や呪術の心得のないものでも、十分妖怪と渡り合えると考えたわけです」

 言い切ったぞ、と旭さんは思った。それに安西が付け加えた。

「加えるならば、呪術や陰陽術は遠距離攻撃や防御に適していますが、近接戦闘、ことに防御では弱い。呪術、陰陽術に刀が加わることで、遠近攻守ともに強化されるのです」

 奈良井一佐はうつむいて眉間のシワをもんでいたが、しばらくして顔を上げた。

「内務省の立場はわかりました。ですが」そして視線を変えた「安西一尉、貴官が出てくる理由がわからない」

「奈良井一佐、呪術の利用は内務省だけの考えではないのです」安西は目を細めたまま笑った。「人民解放軍に気功師団があるように、我々も呪術の軍事利用を研究しています。そのために設立されたのが我々、鹿島教導隊です。結局は験者の確保に苦しみ、我々も内務省と同じように、武器として日本刀を採用するに至りました。特別公安課の新設部隊とも人的交流を行い、強化に努めていましたが、兵力は質・量ともに特公のほうが勝っていました。ですが軍事行動となるとこちらの方がノウハウがあった。そんなとき今回の事変が起きたのです。

「事態を把握した内務省はこの新設部隊の投入を決定します。しかし、軍事行動の一部となると、ノウハウに乏しい。すでに自衛隊が投入された後だからです。そこで交流のあった鹿島教導隊に顧問団の派遣を乞うた。我々としても実戦経験のつめる良い機会です。かくして、特公の部隊と我々鹿島教導隊からの選抜による、特別部隊が編成されることになりました。そしてその部隊こそ突入部隊であり、私が指揮を執るのです」

 そんなとき、外から音楽が聞こえてきた。なんだ、こんな時に、と奈良井一佐は思った。しだいに音は大きくなってくる。すぐになんの音楽かわかった。これを演奏しろなどという命令など出していないぞ。すると右翼か何かが文句を言いに来たのか……

「ああ、肝心の部隊が来たようですね」安西一尉が言った。

「部隊だと!」奈良井一佐は声を上げた「車外スピーカーから音楽を流して、まるで街宣車じゃないか」

「初陣が嬉しいのです、お許しください」

「君らの部隊もここで止営するのか」

「そうです。いいえ、装備の点でお手を煩わせることはありません、食料も内務省経由で確保済みです。武器もです。我々は弾薬を使用しません。もとより妖魔には通用しませんから。我々、『抜刀隊』の主要武器は、日本刀なのです」

 そういって彼は腰に挿していた刀のつばを触った。がちゃりと刀が音を上げた。

 外から聞こえる音楽は十分に大きくなっていた。外では、音楽に唱和する声が、薄暮の中に響いていた。


吾は官軍我が敵は  

天地容れざる朝敵ぞ

敵の大将たる者は

古今無双の英雄で

これに従うつわものは

共に慄悍決死の士

鬼神に恥じぬ勇あるも

天の許さぬ反逆を

起こせし者は昔より

栄えしためし有らざるぞ


敵の亡ぶるそれ迄は

進めや進め諸共に

玉散る剣抜きつれて

死する覚悟で進むべし


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