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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第3日 8月5日
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第32話 霊符

 ヘリコプターが飛び去ったのを確認したあと、旭美幌はおずおずと木陰から姿を表した。

 一体どうすべきであるか、混乱していた。恐怖に足はわなわなと震えている。そしてさっきからの出来事をまだ頭の中で整理できずにいた。

 和田先輩はあの士官と話したあと、山の方を指差し、敵が来ていると言い出した。どこからどう潜入したのか理解出来ないが、ヘリが来ているようだ、そう彼は言った。

 彼女には信じられなかった。そんな音もないし、影も形もなかった。彼は、その気配が明らかにあると主張したのだ。その理由は告げなかった。

 そしてふたたび例の士官に話をした。どうやったのか、たちまち車輌一台と護衛の隊員をつけてくれた。山へ登るもっとも早い道はロープウェイであるが、そんなことをすれば敵が待ち構えている。やや遠回りであるが、車は195号線をやや阿南方面へと戻り、太龍寺山へと登る林道へと入っていった。

 その林道はひどいものだった。方言で申し訳ないが、離合不可、としか言いようのない隘路のヘアピンカーブを登っていく。切り返しをしないと曲がりきれない。唯一の救いは、決して対向車は来ないという確信を持っていたからだ。

 しばらくして駐車場に出た。ここが太龍寺の駐車場だという。そこに車を停め、歩いて残りの道は登る。

 やがて山門が見えた。山門をくぐれば、さらに奥の方から声がする。護衛の制止を無視するように先に進むと、先程の4人がいた。

 そしてこの事態である。何が起こっているのか、理解できるわけもないのである。

 ええい、ここでこうしていても仕方ない。とにかく戻ろう。彼女は邪念を払うようにブンブンと頭を振った。

 気絶している自衛隊員を横目に、彼女は先程まで彼らが戦っていた場所へと歩み寄る。そこで和田の使っていた日本刀を拾い上げた。思ったより重かった。

それを手を切らないように注意しながらそばに落ちていた鞘に収める。すると、なにやら名刺入れのようなものが落ちているのを見つけた。先程彼のポケットから落ちたものだろうか。

 彼女はそれを拾い上げた。開けてみると、なにやら呪符のようなものがいくつも入っている。怪訝に思いながらも、彼女はそこから数枚取り出した。うち二つは人形をしていた。

 ふと一陣の風が吹く。彼女の手元から呪符を吹き飛ばし、舞い上げる。

 彼女は慌てながら、その行方を追った。幸いにも、うち3枚かは舞い上がっただけでその場にふわふわと舞い降りてきた。

 そのうち一枚を回収しようとしゃがみこんだときだった。なにか気配を背後に感じた。ちょうど残りの二枚が落ちたあたりである。

 恐る恐る彼女は振り返る。そして彼女は目を丸くした。

 そこにいたのは年端の行かぬ少女であった。年齢は12歳程度。双子のように、顔が似通っており、ふたりともゴシックロリータ風の服を着ている。違うのは、服の色と髪型だった。一方の少女はショートヘアで赤い服を着ている、もうひとりはロングヘアで青い服を着ている。

 見つめ合っていたのは僅かな時間だった。先に口を開いたのは少女だった。

「お姉さん、誰?」「ご主人様は、どこ?」

 誰かと聞きたいのはこっちの方だった。この少女はたちはどこから来たのか。何者なのか。ご主人様とは?

 旭美幌が混乱の余り答えあぐねていると、今度は赤い少女が背中からなにか取り出した。それは彼女の背丈の半分もある斧であった。

「答えようによっては、容赦しないよ~」右手に持った斧をぽんぽんとしながら笑みを浮かべている。

「ちょ、ちょっと待って!」美幌は慌てて言った「いきなり斧を向けられても、答えられないでしょ! それに名前を聞くならそっちから先に……」

「だって~、どうする?」赤い少女は青い少女に言った。

「う~ん、どうしよう」青い少女も武器を取り出していた。鎖鎌である。

 こう武器で脅されては仕方ない。命のほうが大事だ。彼女は身分証を取り出した。

「あ~もう、わかりました! 名前は旭美幌! 出身は苫小牧! 内務省消費者庁職員です! 内務省!」

「ふ~ん」赤い少女は言った。斧を下ろす。「内務省、ってことは、ご主人様の知り合い?」

「ご主人様っていうのは……和田先輩のこと?」

「そうそう」青い少女が言った。「先輩ってことは、ご主人様の部下なの?」

「そうです!」

 少女たちは顔を見合わせた。「じゃあ妹弟子ってことになるのかな?」「年齢的には姉弟子じゃない?」

 そう言うとまた美幌に視線を向けた。

「でもご主人様も意外だね。年増を弟子に取るなんて」

「年増……?」美幌は眉間にシワを寄せる。まだ私は四捨五入しても20歳だぞ。

「うん。だってご主人様、初潮を迎えた女に価値はないって言ってるもん」「だからわたしたちもこんな格好なんだもんね」

 あのロリコン、いつか告発してやる。いや、それよりも。

「まあ年齢のことはいいとして」美幌は落ち着こうと深呼吸をした。「私はあの人の弟子なんかではありません、部下です」

「ええ、弟子じゃないの?」「じゃあ誰に術を習ったの?」

「術……?」美幌は奇妙に感じた「私は術なんて使ってはいません」

「じゃあどうやって私達を召喚したの?」

「いや、だから……紙がぶわーっと吹かれて舞って、それを拾おうとしたら、あなた達が……」

 二人の少女は再び顔を見合わせた。

「ひょっとすると」「ひょっとするかもね」

 その時山門の方から木の枝をぱきっと踏む音がした。振り返ってみると、そこにいたのは、部下数名を引き連れた安西一尉であった。

「おやおや、これは」彼は言った「予想していましたが、この惨状とは」彼は視線を気絶したままの隊員に投げかけている。

 そしてすぐ、二人の少女の存在にも気づいた。「おや、これはこれは」

「あっ、安西のおじちゃんだ」「おじちゃん、お久しぶり~」二人の少女は一尉に話しかける。

「おじちゃん、じゃなくてお兄さん、ですよ。まったく彼の教育はなっていないね。そう思いませんか、旭さん」

 いきなりこちらに話を振られても困る。彼女は彼の発言を無視して返事する。

「ご足労いただいてなんなのですが、どうしてこちらに?」

「彼に兵と車を貸したはいいけど、心配になったんですよ。帰りもなかなか遅いし、山の方から変な気がすると思って見に来てみましたが、こんなこととは」

 彼は再び周囲を見回した。

「まあ、状態はなんとなく推察できます。彼がここにいないとなると、おそらく負けて捕虜にでもなったんでしょう。まったく、勝手に動いて頭数が減っては作戦になりません」彼はため息を付いた。「かと言って、私が彼の行動を制限しようものなら、内務省を通さないといけない。まったく縦割り行政は難しい」

「しかしまあ、二人を使っていながら、彼は負けたんですか?」

「ちがうよ」「私達を呼んだのはそのお姉さんだよ」

「へえ、貴女が」

「ちょっと待ってください、私は何も知らないんですよ。この娘達が何なのかさえも」

「それはおいおい話しましょう」安西一尉は言った。「とにかくまずは山を下りましょう。そして作戦を練り直し、早急に対処せねばなりません。事は急ぐようですから」

 彼は部下に指示するとすぐに担架で気絶した隊員を運ばせた。そして彼自身も彼女と、そして二人の少女を引き連れて駐車場へと向かう。

「急ぐとはどういうことですか」歩きながら美幌は尋ねた。

「我々だけでなく、高知県より西から攻め入ろうとした第50普通科連隊も、県境手前で足止めされているのです。それに動いているのは自衛隊と内務省だけではないようです」

「私達だけでは、ない?」

「そう。今日、東京から京都へと向かった勅使が、御所を出て、讃岐へと渡りました。目的地はどうやら善通寺ではないようで、何やら宮内省にも考えがある様子です」

「それを私に話していいんですか?」

「仕方ありません。彼が私によこした名簿によると、彼になにかあった場合は臨時的に貴女が彼の職責を引き継ぐことになっています」

 彼女は鳩が豆鉄砲を食らったような気分であった。思わず立ち止まる。そんな事は聞いていない!

「まってください、私になんの責任や能力があってそんなことに」

「おやおや、まだ気づいていないのですか」安西一尉は言った。「常人ではできないことを貴女は今すでにしているんですよ。普通の人は、あの子たちを召喚できませんし、普通は見ることもできません。まがりなりにできたとしても、体力がもちません」

 ぎょっとして彼女は振り返った。二人の少女は、確かについてきていた。

「詳しくは下ってからお話しましょう。そうだ、一つだけ聞いていないことがありました。なにか武道はされていますか」

「高校の頃に弓道を少し……」

安西一尉は笑った。「弓道! それは素晴らしい」そして彼女の手を取った。

「完璧です。役者は揃いました。これで戦を進めることができます」

まったく何を言っているのか理解できなかった。理解できない展開の連続に目が回る。

 そして極めつけはこの士官である。私を作戦に組み込んで使うつもりらしい。

 ああ、本当に面倒なことになった。徳島になんて送り込まれたばっかりに。彼女は天を仰いで嘆くが、ここは林の中、お天道様は隠れて見えない。いったい自分が何をしたというのか。そして能力とは何か。どうしてこんな目に……

「お姉さん、元気だして」「そうだよ、ご主人様ほどではないけど、お姉さんのこと、きらいじゃないよ」

 少女たちが慰めともつかぬ言葉を投げかけてくる。こんな子供に憐れまれるようでは御仕舞いだと思いながら、空元気に作り笑いを浮かべながら、山を下っていくのであった。


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