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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第3日 8月5日
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第27話 幕僚

 奈良井一等陸佐は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 隷下の第一五即応機動連隊を率いての初めての実戦だった。隣国による侵略戦争への対応のため整備された部隊であったが、その初陣を飾ったのが自国の反乱であった。自国民に対して銃を向ける良心の呵責が自身を攻め立てるのである。

 そしてそれよりもである。初陣が敗北とは! 隷下の一個小隊がヘリで丹生谷に突入していた。その過半数が捕虜とされ、わずか一機、三名が逃げ帰って来るとは。

 そしてその先遣隊が確保するはずであった橋頭堡を未だ確保できずにいるわけである。

 丹生谷は戦車や装甲戦闘車などが展開できるだけの土地もないし、そこへ通じるトンネルも極めて小さい。だから、普通科こそが決戦の決め手となるわけである。その突入路がいまだ確保されていないという状況、これは連隊長の器量が問われても仕方ない状況である。

 そんなとき部下が告げに来た。連隊長に面会を求める人物が来ていると。

 こんなときになんだと思ったが、それが内務省の官僚であると告げられて、更にめんどくさいと思った。今しがた、市ヶ谷から連絡があり、徳島に潜伏している内務省系の諜報員が協力のため向かっているというのである。

いったい内務省が自衛隊になんの用だというのか。連隊長はため息を付きながら通すように言った。ほどなくして、彼のいるテントに、彼から言わせれば青二才が入ってきた。あとにもっと若い女性がひかえている。

「はじめまして、内務省の和田と申します」入ってきた若い内務官僚は言った。

「こちらこそはじめまして、第一五即応機動連隊連隊長の奈良井一等陸佐です」彼は椅子から立ち上がった。「内務省の方が、一体どういうご用件でしょうか?」

「市ヶ谷から連絡があったとおりですよ。貴官らの応援に来ました」

「たった二人で、ですか?」

「いや」彼は振り返りつつ言った「彼女は付き添い、運転手だ」そして視線を一佐に戻す。

「情報提供や、作戦立案に関わるのは、私一人で十分です」

 内務省役人が作戦立案に関わるだって? こいつ政治将校のつもりだろうか? 

 奈良井連隊長が怪訝な顔で眺めていると、和田は旭美幌に地図を出すように指図した。旭は地図を連隊長の前に広げた。それは丹生谷の地図である。

「我々がいるのがここ」彼は地図の中の鷲敷地区を指さした「そして、丹生谷政権の本拠地がここ、旧丹生谷村の木沢地区。旧役場を仮の政庁としています。私の見た範囲では、彼らの手勢は少なながら要所を抑えている」

 そして指で道をなぞっていく。

「国道195号線や那賀川を遡れば確かに丹生谷への突入路を確保することはできるかもしれない。しかし霧がそれを拒み、相手もそこが突入路であることは知っているわけです。そして、その結果はどうなるか」

 奈良井連隊長は顔を歪める。我々の失策をなじって、何がしたいのか。

「すなわち、通常の方法では、だめだということです」和田は言った。「今から説明する我々の考案するやり方を、検討いただきたく存じます」

「せっかくですが、心配は無用です」連隊長は和田を睨む。「我々も作戦があります」

「というと?」

「道はだめでも、空は大丈夫でした」奈良井連隊長は言う「なら、川も大丈夫かもしれない。我々は普通科に川を遡上させます。普通科三個小隊を投入すれば、突入路は開けましょう」

「それはやめたほうがいい、全滅だ」

「なんとおっしゃいましたか?」

「全滅のリスクがある、と申し上げたのです」和田は言う「ここを見てください。やや上流、これが丹生谷ダムです。県下最大の貯水量を誇ります。そしてここのダムの操作レバーは、彼らが握っています。まず結界を越えることができるとは思いませんが、そうであっても相手がここを放流すればどうなるか」

 連隊長は眉間のシワを深くする。

「一網打尽、というわけです」和田は畳み掛けるように言った。そして旭美幌に持たせた鞄から、書類の束を取り出した。

「これが作戦の内務省案です。ご一読いただき、返事をお聞かせ願いたい」

 有無を言わせぬ口調で、和田はそう告げるのだった。


「先輩、本当に潜入して見てきたんですか!?」テントをあとにして、旭さんが声を上げた。和田は内務省の公用車によりかかりながらペットボトルの水を飲んでいる。真夏の日差しが強いが、冷房のきいた場所はない。そんな贅沢品が僻地の派遣軍にあるわけなかった。

「何をいまさら」

「いやだって、私達は消費者庁ですよ。なんでそんな公安警察みたいなことを」

「美幌くん、君は消費者庁も私のことも誤解している」和田は言う「私は今たしかに消費者庁だが、それ以前には文化庁にいた」

「文化庁?」初めて聞く話である。

「はじめに、京都で、陰陽寮の職員として採用されたんだよ。それから内務省に転属となり、神山に送られた」

 ますます意味がわからない。そもそも文科省から内務省へ転属などあり得るのか。そして、そんな事ができるほどの人材が、なぜ四国の山中に?

「今回の件ではっきりしたわけだが、四国の山の中には王権にまつろわぬ民がいまだ生き残っている。それらの監視が内務省の出先機関の役目だった。消費者庁はそのための方便だ」

「…先輩はそれに抜擢されるほどの人ということですか」

「まあ、そうだろうね」

「では、私はどうなるんでしょうか」彼女はスポーツドリンクを口に含んで、首にかけたタオルで額を拭く。「なんでここに送られたんですか」

「自覚がないのかな」和田は視線を旭に向けた「君は……」

 その時声がした「和田くんじゃありませんか」

 振り向くとそこには、陸自の制服を着た青年が立っていた。幾人かの部下を引き連れている。

「安西一等陸尉……」和田は呟いた「確か今は…」

「ああ、そうですね。茨城にいます」彼は笑みを浮かべながら言った。すらっと背が高く、目が細い。「でも大臣の命令なのです、四国へ行って手伝いをしてこい、と」

「手伝い、か」

「そうです。善通寺だけでは対処しきれないはずです。命令を受けたのは昨日の昼。もっと早く入るはずが、途中、成田に詣でて、九段に寄り、伊予の大山祇神社を参拝してから参りましたので、今になりました」

「力を得るためか。しかし、ここは東とは違う、もっと濃い土地だぞ」

「重々承知していますよ」彼は目を細めたまま続ける「しかし、我が国最大の怨霊と対抗できる成田山や、300万の英霊の力をもってすれば、話は別」

 それを言いながら、彼は視線を西の山の方へと向けた。

「それに私は安西氏の末……頼朝公にお使えした者の末裔です。平家を僭称する者共と戦うのに、役者不足ではないでしょう?」

 そう言って彼はにやりと笑い、顔を和田に向けた。

 旭さんは立ちすくんでいた。類は友を呼ぶと言うが、上司以上に頭がおかしいのではないか!?

 そしてさらに気がかりなのが和田の言葉だった。私が、私の素質が、なんであると言いたいのか?


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