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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第2日 8月4日
23/151

第20話 瀑布

剣術というか殺陣がかきたい。それはそうと刀使ノ巫女おもしろいですよね。BDも買いました。


H30/6/18 大幅修正あり

 話は少し前後する。

 私が幽閉され酒を飲んでいる頃、兵部卿宮ことみどりさんは山狩りの指揮を取っていた。

 神社で我々を襲撃した――正確には式神に我々を襲撃させた男は、およそ東へと逃亡したと思われた。北は剣山系が巍々として聳えており人が通りうるのは先人が骨折り切り開いた国道のみである。もしまともな山岳装備を持たないものが都市部へと抜けるならば、東へ向かうしかない――それが兵部卿宮も検非違使別当も納得した事実である。だが二人の理解には差があった。検非違使別当が東に捜索範囲を絞ったのに対し、兵部卿宮は先の条件付きでの東の捜索を支持した――つまり「山岳装備をもたない」可能性においてである。

 彼女は確信していた。彼は間違いなく山を超えることができる。それが彼の本分であるからだ。

 だから、東のみの捜索を提言した検非違使別当に反発し、みどりさんは国道193号線に沿い北への捜索範囲拡大を提案した。しばしの論争の末、みどりさんが捜索の総指揮を取りつつ、自身で北を捜索することと相成った。

もちろん彼女自身が山狩りの指揮をとるのはあまり乗り気ではなかった。治安守備隊という意味では近衛中将(つまり私)か、検非違使別当が指揮を取るべきだと思っていた。だが相手が陰陽道や方術の心得があるものでは勝手が違う。相手は今なお摩利支天の隠形法を使用して姿を隠しているかもしれないのだ。私は軟禁されており、薫御前はそのような力を持たなかった。それに、密教呪術の心得のあるもののもう一つの務め――夜通し護摩を焚き結界を護持する――を行うのよりは遥かにマシであったからだ。

もう一つの務めを新皇居たる黒瀧寺の僧侶に任せた彼女は部隊を引き連れ、国道沿いの山の中に分け入った。手にはダウジング用の針金を持っていた。腰には帯刀を許されている。

「宮様御自らそないなことせんでもええんちゃいますの?」美嘉は言った「下のもんに任せはったらええんちゃいます?」

「下のものと言ってもいないのですよ。彼は療養中ですし」

「ああ、そうやった」美嘉はポンと手をうった「でもええんですか、彼を置いといて」

「どういう意味ですか」

「気づかずにやらはったんですか」口もとを抑えながら美嘉は言った「あの漫画家さんと一緒の宿にしはったでしょ、なにがあるやら……」

 みどりさんはきっと美嘉を睨んだ。誰が何を言うのか。だが諍いを起こすわけにはいかなかった。結界を二交代制で守ることに僧侶や神職などの人員を割いた結果、この捜索に参加できた道士の類はみどりさんと斎部美嘉の二人だけであったのだ。

 みどりさんは部隊を副司令である美嘉に任せると川に沿って北へと上った。昨日私の運転する車で通った道である。

 素掘りのトンネルを抜けると左手から水音が聞こえてくる。国道から数十メートル下の谷川へと下る階段があった。彼女はダウジングの針金に導かれ、階段を下る。

 いや、ダウジングも必要なかったかもしれない。呪術や魔術を使った痕跡を隠すなら一度水で清めるのが手っ取り早い。そして滝こそが清めるにふさわしい場所なのである。それを知っているなら、自ずと居場所は推測できる。

 階段を降りた彼女はどうどうと流れ落ちる滝と対面した。大釜の滝――日本百滝の一つである名瀑である。数十メートルの高さから落ちる水は深い滝壺へと吸い込まれていく。

「姿を見せてください」みどりさんは言った「そこにいるのはわかっています」

 返事はない。ただ滝の落ちる音のみ。

 彼女は着ている僧衣の懐より一枚の札を取り出した。ごく短い呪文を唱えると、その札は光る独鈷杵の形をとった。滝の裏へとそれを投擲すれば、滝の水は左右に裂け、金属同士がぶつかるような甲高い音と火花が散った。直後に顔にかかる水しぶき、目の前に黒い影。

 みどりさんは即座に抜刀していた。飛び出した相手の振り下ろした剣を横一文字に受けている。再び目の前で散る火花。

 弾かれた相手は一歩下がる。一陣の風が木を揺らし月明かりが谷あいに降る。はっきりと見て取れる男の顔。驚きはない。予測したとおりだ。

「やはりあなたでしたか」みどりさんは男に言った。「だがなぜです」

 相手は答えない。刀をまっすぐ正面に中段に構える。こうなればみどりさんも刀をそのまま鞘に納める訳にはいかない。右手側にやや高く刀を立てて構える。甲段の構えである。

そのまま相手は刀を振り上げ、そして振り下ろしてくる。みどりさんは後ろへ下がりつつ初太刀を受け流す。自然と刀を斜に構えることとなり、そこから切り上げる。そして次の太刀筋は左からの袈裟懸け。相手は一歩下がりそれを避ける。

「答えてくれないのですか」彼女は言う。

 しかし相手は無言。喉元めがけ突きを入れてくる。それを柄で受け止めると――揚遮である――一歩下がり再び甲段の構えから振り下ろす。男はそれを受け止めたはいいが、直後にみぞおちに蹴りをいただくこととなった。相手は飛ばされ、バランスを崩して川面より姿を見せる岩の上にうずくまる。

 剣術では埒が明かぬと思ったのか、無言のまま懐から紙を取り出す。それは人形を形どっている。

 あの子らを召喚する気だ、そうみどりさんは確信した。確信より前に身体は動く。呪文とともに投擲する呪法。札は光の矢となり彼の手から人形を弾き落とす。

 それと同時に斬りかかる。相手は上半身を反り刀をなんとか避けた。だが濡れた石の上である。運命は避けれなかった。

 バランスを崩した彼はそのまま足を滑らせた。立て直そうとするが無駄な努力、川へとその身は誘われる。

 昨日からの大雨で増水した川である。月明かりのもと照らし出された姿を最後に、その姿は見えなくなる。命の保証はない。

 普通ならば敵を倒したと喜ぶべきところ。だが兵部卿宮は喜ばない。相手のミスで勝ったようなものだし、そもそも取り逃がしている。そしてさらに、相手が旧知であることを考えれば悲しみこそすれ喜ぶ気など起きるわけがないのだ。

 彼女は刀を鞘に納めた。そして相手の流された濁流に深々と頭を下げる。手を合わせており、袈裟姿らしく数珠を持っている。

 彼の宗派についてはよく知らぬ。だが死んでいようといまいと経ぐらいはあげておこう。それが彼のためでもあり、自分のためでもあるからだ。帰命毘盧遮那仏、無染無着眞理趣。


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