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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第2日 8月4日
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第16話 抜刀

 学校を出た私たちは坂を下っていく。学校は山の斜面を切り拓いたやや高いところに位置しており、下る坂からはエメラルドに輝く那賀川の流れが見える。

 ダウジング用の針金を持ったみどりさんを先頭に、私とぷちれもん先生が続いた。ぷちれもん先生にご同行いただいたのは、被疑者の顔を識別するためだった。みどりさんは手先に細心の注意を集めており、じっと針金の先端を凝視している。彼女の両手が塞がっているため、私は金剛杖を託されていた。

坂を下りきると、川沿いの国道を進む。左手には山、右手には川である。人の行き来できる土地は川とその両岸の僅かな土地しかない。ここのどこかに彼はひそんでいるはずだ。

 私達一行は集落外れの神社まで来た。ここに何か反応があったのだろうか、みどりさんは一礼すると鳥居をくぐり石段を登った。私たちも後に続く。

神社の境内は広くはなかった。無人の神社であり右手にある社務所らしき建物も無人である。拝殿脇に建てられた看板にはかすれかけた文字で縁起が書かれ、そこが熊野十二権現を祀った神社であることを説明していた。さらに拝殿の隣には水天宮、つまり安徳天皇と建礼門院を祀った社も建っている。われわれはそれに一拝した。

「裏に回ってみましょう」

 みどりさんに従いわたしたちは拝殿の裏に回る。裏には熊野三山より勧請された祠が三つ並んでいる。熊野本宮、新宮、そして那智。肝心の本殿が見当たらないと思ったが、ぷちれもん先生が指差した熊野本宮の更に裏の一段高くなったところに、本殿は建てられていた。

 みどりさんは首を横に振る。「ここにはいなさそうですね」

 私たちは再び拝殿の正面に戻った。国道に出ようとすると、鳥居の左右にある狛犬の後ろから、少女が二人現れた。十二歳か十三歳、ゴシックロリータ風の衣装に身を包んでいる。服の色は赤と青。赤い少女はショートヘアーであり、青い少女はロングヘア。頭には服の色と同じカチューシャをつけている。社務所横の木がつくる影のため、顔はよく見えない。

 あからさまにこの場所に似つかわしくない風体である。

 みどりさんは歩みを止めた。二人を注意深く眺めているようだ。

 少女たちは両手を後ろに回したまま、こちらへと歩み寄る。木漏れ日が照らすその顔に、笑みが浮かんでいるのがわかった。少女たちは木陰を出た。そのとき私はそれに気づいた。声を上げようとした――

 次の瞬間だった。

私の手から金剛杖が消えた。みどりさんが奪い取っていた。彼女はダウジング棒を放り出している。ほとんど目の前で、鈍い音が鳴る。

 何が起こっているのか、すぐには理解できなかった。みどりさんは杖を両手で構えている。

 青い少女が口元に笑みを浮かべたままこちらを睨んでいる。目は笑っていない。左手に鎌を持ち、そこから伸びた鎖を右手で振り回している。よく見えないが、先端には分銅がついているのだろう。鎖鎌である。今みどりさんが杖で跳ね返したのはこの分銅だ。

 赤い少女は背中から斧を取り出していた。もともと背負っていたものだろう。こちらも不敵な笑みを浮かべている。

「ふたりとも下がってください」みどりさんが言った「こいつらは見かけ以上に危険です」

「そんなの見たまんまわかります!」私は叫んだ「どこの世界にいきなり鎖鎌や斧で襲ってくる女の子がいますか。それに……」

「それに?」みどりさんはこちらを振り返らず、杖を構えて敵を凝視したまま答える。

「影が、ありません」

 少女たちには本来あるべき影がなかったのだ。木陰から出た彼女たちの足元には、それ自身の影がなかった。

 彼女の眉毛が動くのがわかった。みどりさんは状況が飲み込めてきたようである。

「なるほど、彼ならやりそうなことです。彼は陰陽道も学んでいましたから、式神を使役するのも容易いこと」

「お兄さんもお姉さんも、ご名答~」

 赤い少女が口を開いた。背丈の半分以上ある戦斧を両手で構えている。

「でもね、それだけじゃだめなんだよね、もっと早く気づかなきゃ」

 そう言い終わるやいなや赤い少女はこちらへ向かって加速してきた。斧を振りかぶりみどりさんの頭上めがけて振り下ろす。

 彼女は杖を横一文字に構えると、斧を受け止める。折れる、と思った。

 だが響いたのは木が叩き折られる乾いた音ではなかった。金属同士のぶつかりあう鋭い高い音が響いた。

 赤い少女は飛び退いていた。驚きに目を見開いている。

 彼女が持っていたのはもはや杖ではなかった。いや、半分は杖である。残り半分は鈍く鉄の輝きを放っている。杖の上三分の一を柄にして、そこに刀身がついていた。刀身で、斧を弾き返していた。

「やりますねぇ」ぷちれもん先生が感嘆を漏らした「仕込み刀、初めてみました」

 いや、他人事のように感心している場合ではない。

「ははは、いいねぇ、いいね!」赤い少女は笑いながら言った。見開いた目を輝かせている。「そう来なくっちゃ!」

 赤い少女は斧を振りかぶると再びみどりさんに飛びかかる。それを受け流すと回転しながら横一文字に斬りかかる。少女は上体をかがめそれを避けると後ろへ下がった。そこへみどりさんは突きを入れる。斧と刀身がぶつかり火花が散る。

「そっちばっかり見てる場合かな?」赤い少女とほとんど同じ声色が別の方向から聞こえた。視線を向けるとそれは鎖鎌を構えた青い少女である。分銅と鎖を頭上で回している。顔は同じように不敵に笑っている。よく見ると顔は赤い少女とそっくりである。双子だろうか。

「お兄さん、私の相手もしてほしいな」

 青い少女はそう言うと、分銅の付いた鎖をこちらの方へと投げてきた。

とっさに後ろへ飛び下がった。分銅は足元をかすめた。一発目はなんとか避けた。

「あーあ、避けられちゃった。じゃあもう一回!」

 少女は更こちらへ踏み込みながら加速をつけ、分銅を投げてくる。どうにか対抗しなくてはいけない、そう思いながらとっさに拾い上げた金剛杖の片割れ――つまり鞘の部分である――を構えて弾き返そうとした。両手を前に突き出した。それが仇になった。

 鎖は杖に巻き付き、さらに私の両腕も縛り上げた。青い少女は鎖を引き寄せる。少女とは思えないその力によろめきながら引き寄せられると、私の両手の自由が効かないのをいいことに、今度は首に鎖をかけて締め上げはじめた。

 喉から絞られるような音を出しながら、上を見上げると、少女はニッカリと笑っていた。右手で鎌を振り上げている。胸に向かって振り下ろすつもりであろう。

ああ、走馬灯が流れる。覚悟を決めねばならんのか。あの時死ぬと思った命だ、なのになぜこんなに死ぬのが惜しい?

 そんな私の心中など少女は知らぬだろう。恐怖に満ちた私の顔を眺めて、笑いながら右手を振り下ろそうと勢いをつける。とっさに目を閉じた。

諦めがあった。怒りがあった。悲しみがあった。後悔もあったかもしれない。だが死だけは事実だ。受け入れるしかないと思った。幸いなことに、どうせ死ぬなら一瞬だ。

 だが体のどこにも鎌は振り下ろされなかった。胸にも腹にも痛みはなかった。

 私は、目を恐る恐る開けた。

 振り下ろさんとしたその腕を、ぷちれもん先生が両手で掴んでいた。勢いさえ殺せばなんとかなる。ぷちれもん先生は少女に飛びつくように、彼女を私もろとも引きずり倒した。天地が一度回った気がする。ぷちれもん先生の生足が顔にあたり、スカートの中が一瞬見える。色の判別もつかぬ間に、私の首もさらに締まる。苦しい。

 さらに腕ひしぎ十字の要領で関節を極めていく。少女は降参しようとしない、いやできないのかもしれない。左手は決して私を締め上げている鎖を離そうとしない。少女は必死に足で私の背中を蹴ろうとしてくるが、そもそも関節を極めているのは私ではないから無意味である。

 次第に意識が遠のいていく。横でみどりさんの刀が赤い少女の胸を刺し貫くのが見えた。ほとんど直後、悲痛な少女の叫びと関節がひしゃげるような音が聞こえた気がした。気がしたというのは記憶が定かではないからだ。それらが聞こえるかどうかと同時に、わたしの意識も落ちたのだった。


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