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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第2日 8月4日
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第15話 追跡

「何をしていた!」電話の向こうで検非違使別当が叫ぶ「どういう了見だ、捕虜を逃がすとは!」

 守衛に電話番号を教えてもらった私は、薫御前に電話をかけていた。案の定彼女は激怒している。無理もない。捕虜が一人逃げた。しかも彼には東京のスパイの容疑がかかっているのである。

 だがしかし、私にも言い分はある。

「奴は音も気配もなく消えたのです。一緒にいた守衛も、誰も見ていないと言っています」

「そんなことがあるわけ無いだろ!」彼女は怒鳴る「いいか、お前には今東京の協力者の嫌疑がかけられた。それを晴らしたくば、奴を私の前に引きずり出せ! いいな!」

 そう言って電話は切れた。

 困ったことになった。守衛はどうすべきか悩む顔でこちらを見つめている。私が尋問していたぷちれもん先生も、怪訝な顔でこちらを見ている。とにかくどうにかしなくてはならない。さっき何度も守衛に確認したように、誰も出ていく姿を見ていない。となれば……

「ぷちれもん先生」私は先程まで尋問していた彼女にまた向き直った「隣の席にいた男性は、どうされたかご存知ですか?」

「え、え、ええと」彼女はどもりながら答えた「あなたと話し始めるまではたしかにいたと思います……気がついたらいなくなっていました」

「それはわかっています。いつ消えたかとかわかりますか」

「いいえ、その……」彼女は口ごもった「あ、あなたとの話に熱中していてわかりませんでした」

「え?」

「正直、私の漫画を実際知っている方にあったのは初めてです。売れない漫画家としては感涙耐えません」

「そ、そうですか」感謝されるより隣の男の消息を思い出してくれたほうがよっぽどありがたいのだがまあ仕方ない。というか私がエロ漫画マニアだと思われているのではないか。しかもそれで女性に感謝される。勃起ものである。

 いや、そんなことはどうでもいい。早く問題を解決しなくてはならない。そうしないとナニを検非違使別当に切り落とされかねない。宦官にはなりたくない。

「何か思い出せませんか……、私が来る前のことでも構いません」

「え、中将さんの来る前ですか、ええと」彼女は眉間を押さえて考え込んだ。ややあって顔を上げた。「なにかぶつぶつ唱えていた気がします」

「何を唱えていましたか」私は彼女に顔を寄せた。

「そ、そんなに顔を寄せないでください……」顔を恐らくは赤らめながら彼女は言う「ええと、確かこうです『オン・アニチヤ・マリシエイ・ソワカ』」

「オン…何ですって?」

「オン・アニチヤ・マリチエイ・ソワカ」後ろから声が聞こえた。振り向くと戸口にみどりさんが立っていた。息を切らしひたいに汗を浮かべている。御前会議の途中で私の報告を耳にして、急いで駆けつけたのだろう。正装に着替えたのか今は袈裟を着ていた。「摩利支天(まりしてん)の真言です」

「摩利支天?」

「そうです。隠形法、つまり姿を隠す呪法を行う時唱えます。姿を隠すといっても、ほんとうに消えてしまうわけではなくて、周囲の人がその人を認識できなくなる、または意識に上らなくなるようです。ことに有用で、かつては忍者も多用していました」

つまりドラ○もんの石こ○帽子のようなものか。「つまりそれで奴は姿をくらました、と」

「そう考えるしかないでしょう。ところで」みどりさんは今度はぷちれもん先生に視線を向けた「よく真言をご存知でしたね」

「い、い、いいえ」彼女はどもりながら俯いた「記憶力がすごくよくて。聞いたもの、見たものはほとんど忘れないんです」

 なるほど、と思った。彼女の漫画の背景は写真をコピーしたように詳細であり美しかった。ときに撮影不可の場所や、カメラでは捉えきれぬ光景も再現している。彼女に記憶のなせる技である。

「ともかくです」みどりさんは言った「敵はおそらくスパイ、しかも法力が使える。そんな奴を東京政府が持っていることがわかったわけです」

「これは一大事なわけだ」私は言った「結界も突破されかねない」

「そうです。なんとしてでも捕まえなくては」

 その通りである。捕まえられなければ私の生命もこの王朝の運命も尽きる。だが方策を思いつかない。

「方法はあります。まず第一にはどんな男であるかきちんと把握することが大事です。顔つきとか、覚えていませんか」

「ええと、ちょっとしっかり見ていなかったので」正直男より若い女性に先に目がいく。注意して見ているわけがない。

「はい、私は覚えています!」ぷちれもん先生は手を上げて言った「記憶力は抜群ですので」

「では似顔絵をお願いします」みどりさんは懐から紙とボールペンを取り出すと彼女に渡した。ぷちれもん先生はさらさらと筆を走らせ似顔絵を描きあげた。

 みどりさんはそれを手に取り一瞥するや顔を歪めた。「どうかしましたか?」私は聞く。

「いいえ……なんでもありません」彼女はことさら否定するように頭を振り、紙を机の上に置いた。「はやく探しに行きましょう。まだ遠くへは行っていないはずです」

「しかし姿を隠しているのでしょう、どうすれば追えると」

「術を使った後には僅かな霊素や波動が残ります。それをたどれば追いつけるはずです」

そう言うや彼女はどこからかL字型の二本の金属棒を取り出した。短い方が持ち手である。それを両手で持って金属棒の指し示す方向が霊素の痕だという。つまりオカルトダウジングである。

「それでは早速出発します。中将殿もはやく」

「ええと、提案なのですか」私はおずおずと言った。

「なんでしょうか」

「この方、ぷちれもん先生も一緒にお連れしてもいいですか。顔をはっきり覚えているのは彼女だけです」

 みどりさんは目を丸くした。「そんなの奴に決まって……」そう言いかけて彼女は口をつぐんだ。そしてややあって言葉を継ぐ「え、ええ、そうですね。彼女がその男の顔を覚えているのですからね」

 そうして彼女は踵を返し廊下に出る。私とぷちれもん先生もそれに続いた。彼女は校舎の階段を降りていく。その口も背中も何も語ってはくれない。私のなかで疑念が渦巻く。

 一体何が誰に決まっているというのだろうか?


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