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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第2日 8月4日
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第14話 檸檬

 はてさて、と私は思った。捕虜と言っても二名しかいない。しかも若い男女である。どのように取調べしようか。身ぐるみを剥ぐわけにもいかない。悩んだ末、俯いている女性に話しかけた。

「ええと、こんにちは。一応取り調べをさせていただきますが、まずお名前を教えていただけますか?」

 彼女は顔を上げた。赤縁の眼鏡をかけていた。前髪が長く右目が隠れている。年齢は二十代前半ほどであろう。

「え、え、ほ、本名、ですか?」どもりながら彼女は答えた。思ったより低い声だった。

「まあ、できれば本名ですが、芸名とかでもたちまちは…」

「名乗るのも憚られますが……」彼女はポケットに手を入れると財布を取り出した。そこに挟んであった名刺を取り出す「ぷちれもんと申します」

「ぷちれもん?」私は思わず聞き返した。

「漫画家です……ご存じないのは無理ありません……売れていない漫画家ですので……」

「いえ名前は知っています」私は答えた。知っている以上に読んだことあるが、それはまだ言わない。私が思わずその名を聞き返したのは、私が思い描いていた風体と彼女の姿が全くかけ離れていたからだ。

 ぷちれもん先生は漫画家である。それも、もともとは青年向け漫画家であった。その作品には四国を舞台としたものが多く、そのデビュー作も瀬戸内海の架空の島が舞台の『二十四の乳首』である(現在は改定児童ポルノ法により廃刊に追い込まれた某雑誌に掲載された)。その後は雑誌を変えてエロ漫画を書き続けた。同じく瀬戸内海の島が舞台のある作品での「これがホンマのエクストラバージンオイルやでぇ」のセリフはSNSの一部界隈で話題となった。

 話がそれた。閑話休題、としたいところだが取り調べ相手の素性をまず把握するのは重要であるから、閑話続行。

 さてそのようにエロ漫画で鳴らした彼女であるが、成人向けの作品はここ一年発表していない。同人誌即売会では成人向け作品を出しているそうであるが、商業誌では作品を見かけない。一部では全年齢向け漫画家に転向したというが、あの絵柄は一八歳未満を描写する……いや、一八歳未満の外見をした成人女性を描写するのに適しており、全年齢向け作品となると見当もつかない。そして大体のようにえげつない強姦や陵辱(最近は強制性交と言うそうであるが)の描写があり、変態なおっさんの欲望を具現化したような内容であることが大半であった。そしてもちろん描いているのもおっさんであろうと思うのが人の世の常である。

 だがどうであろうか。実際描いているのはうら若き乙女なのである。これを興奮せずいられようか。

 ……流石に話がそれ過ぎた。もとに戻そう。

「最近はあまり名前を見かけませんが……それよりも、このようなところで何を」

「取材です」彼女は答えた。「新連載が始まったのですよ」

 新連載だと!? それは初耳であった。

「『きらきら』という雑誌で連載しています。四コママンガですが」

『きらきら』とは日常系漫画が多く掲載されている雑誌である。また全く傾向が違うな。

「なんという漫画ですか?」

「『ふぉーりん・がーるず』といいます。女子高生が滝巡りをする漫画です」

 なるほど。たしかにここ丹生谷は滝王国と呼ばれるほど名瀑がある。

「その取材のために丹生谷を訪れました。レンタカーを借りて。昨日は大釜や大轟を見ました。夜は道が通行止めということでしたが、宿も取れず、車中泊しました。そして朝起きると鉄砲を持った怖い人達に捕まえられて、ここに連れてこられたのです」

 なるほど。極めて気の毒である。

「どうにかなりませんか。レンタカーは今日返却する予定になっていますし、原稿の締切も……」

「できるだけ善処しましょう」私は言った。彼女の作品にはお世話になった恩もある。「ただ、最終判断は上司の検非違使別当によります。まあ何も怪しくないので大丈夫でしょう」

「そうですか」彼女は安堵しながら言った。「できるだけはやくなんとかしてください」

「がんばりますね」そう私は答えた。そして次の捕虜の取り調べに移るため右を見た――右を。捕虜の男がいるはずだった。

 その席には誰もいなかった。

 私は視線をぷちれもん先生に戻した。「ここに男性いましたよね?」私は聞いた。

「え、え、いました」彼女は左を向いた(つまり私から見て右である)。そしてそこに誰もいないことを見て驚愕の表情を浮かべた。

 私は教室のドアを開けると、守衛に言った。

「ここから男が出ていかなかったか?」

「いいえ」守衛は言った「中将殿が入ってから、誰も」

 これは異常事態だ、私は思った。奴が東京のスパイか。

「はやく検非違使別当を」私は叫んだ。「緊急事態だ。捕虜が逃げた」

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