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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第2日 8月4日
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第13話 美嘉

サブタイトルが適切なのが思いつかなかった。

 はじめに沈黙を破ったのは美嘉だった。

「そんな睨まんでもええやん。宮様、困ってはるやないの」

 私ははっとした。美嘉はにやりと笑ったあと視線をみどりさんに向けた。

「さて、その話はまたの機会としましょう。殿下、肝心の問題の話とします。この結界はうちひとりでは維持しきれん、それはさっきのでようわかったように思います」

「え、そ、そうですね」突然話を振られ、みどりさんは言葉に詰まった。

「うちは神祇官ですさかい、祈祷や結界を張るのは役目です。でも攻め寄せる軍事力をしのぐのは、うちの力を超えとる。ちがいますか」

「ええ、そう思います」みどりさんは言った。

 今気になる言葉がいくつか出たが、今は詮索しない。彼女はさらに驚くべき言葉をつづけた。

「殿下自身も四国を巡り、吉野や熊野にも篭り、法力を得た。そう違いますか」

「斎部さんほどではありませんが、まあそうです」

「でしたら、殿下も兵部卿でいてはるわけですから、法力でもって防衛をなさるべきです」

 彼女は眼を見開いた。たしかに兵部卿であり防衛担当ではあるが、皇族である以上お飾りであろうと思っていたわけだ。固まったみどりさんを前に、美嘉はため息をついた。

「まあ、うちがここでこう言うても詮無きことですけれども。決定権をもってはるんはあのお局はんや……ほら、噂をすればなんとやら」そう言うと美嘉は我々の肩越しに指さした。振り向くと薫御前が鬼の形相でこちらへやってきていた。そして美嘉の顔を認めると睨みつけながら言った。

「神祇伯殿、いったいどういう了見だ。テレビ局のヘリを通せとは言ったが、自衛隊まで通していいとは言ってないぞ」

 そんな薫御前の顔を見ても美嘉は動じない。悪びれもせず、そして表情を崩さず答えるのだった。

「それを今話していたところです。いくらうちに法力があるかて、細かいところまで全部カバーはしきれません」 

「それはお前の精神力と集中力の問題ではないのか」

 美嘉はそれを聞いて笑った。「何がおかしい」薫さんはさらに顔をゆがめた。

「失礼申しました。やけれども、うちひとりでは人が足りとらん。足りん物量を精神力でカバーしよう思うんは日本人の悪い癖です。足らんもんは足らん、それをきちっと理解せんことには負け戦は必定です」

「ほお」薫御前は腕を組んで睨みつけた「では何か対案があるのか?」

「それを考えるんが太政官の役目ちゃいますか。それと、そこにいてはる兵部卿宮もですけど。近衛中将もいてはりますね」

「宮に実際に戦闘をさせろと?」

「法力が使えるんはうち以外には宮様しかおらへん。わざわざそういう方を兵部卿に選らばはった。ご自身がされたそのことの意味をよく理解されることです」

 薫御前は額にしわを寄せ何か言いかけたが、それ以上何も言わなかった。彼女も現状は重々承知なのである。それを見届けた美嘉は我々の横をすり抜けると、その場から遠ざかろうとした。

「待て、どこへ行く」薫御前が問い質した。

「うちの仕事の続きです、結界の補修作業に戻ります」そういって彼女は道路を山の方角へと歩いていく。十メートルほど歩いたところで、彼女は何か思い出したように振り返った。

「ああ、忘れんうちにこれも言うときますけど、降霊は明後日には可能と思います。それまでにはどうにかしてもらわんと私の力がもちません。よろしゅう頼みます」

 かくのごとき意味深な言葉を残すと、彼女は踵を返し自らの職場へと戻っていった。

 あとに残されたのは三人である。薫御前はしばらく美嘉の立ち去った方を見ていたが、彼女の姿が見えなくなると軽くため息をついて言った。

「食えない女だ。あいつと話をするとこちらのペースが崩れる」

 私自身も薫御前とは相容れない気もするが、この意見だけは同意できる。

「ところで久保さん、どうされたのですか?」みどりさんが尋ねる「わたくしたちに用事ですか?」

「ええ、三つ用事があった」

「三つ、ですか」

「いや、用事の一つはあいつを怒鳴ることだったのでもう済んだ。殿下、二つ目の用事はその自衛隊に対する対策です」

「自衛隊との戦闘方針ですか」

「ええ。悔しいながら、さきほど神祇伯が語ったように、我々は人員も物資も足りない。思ったよりもはるかに速く動いた自衛隊に対し、どう対処するかを決定せねばならない。そのため御前会議を招集することとなった。兵部卿であり、太政官に連なる貴女も出席されよ」

 みどりさんは頷いた。

「そして、最後の一つは、左近衛中将、貴様に仕事を申し付けに来た」そういって私に視線を投げかけた。

 私に仕事だと? はて、先ほど聞いていた内容ではみどりさんの配下となり戦をする、というものではなかっただろうか。戦争の方針が決まらないと私の出番もないと思っていたが…

「幾人かの越境者を捕らえた。彼らの検分を行わねばならない。それは検非違使の仕事である。だが今言ったように私は今から御前会議に出席せねばならない。そこで貴様にそれを頼むわけである」

 なるほど、捕虜の検分か。まあ捕虜と言っても私のように捕まった者たちであろうが。

「あの中学校の教室を仮収容所としている」薫御前は学校の方を指さした。「まあ大半はお前のように間抜けにも迷い込んだまま帰れなくなった者たちだろう。だが気を付けておいてもらいたい。内務省が密偵を放ったという情報がある」

「内務省のスパイ、ですか」彼女の物言いにムッとしながら答えた。

「そうだ。年齢も性別もわからんが、東京にいる同志からの情報だ」

「できる限り気を付けます」そう言うと私はその場を持して中学校の方に歩き始めた。

 歩きながら考えた。さて、この仕事を与えられたことで名目ともに本格的にこの叛乱に関わるようになってきてしまったわけである。はっきり言って勝ち目はないし、東京政府がこの第二の皇室を認めるわけがない。そんなことをすれば黙っていない勢力はごまんといる。皇統を自称する勢力も数知れない。ここだけが特別というわけにもいかず、たとえば今に吉野に菊水の旗が翻ってもおかしくない。そして敗れたものはどうなるのか。最悪内乱罪で死刑であるが、これをすぐさま適応するだろうか。いやしくも先進国である。いや、まてよ、あのカタルーニャ州の首相はどうなったんだっけ……。

 このようなことを考えているうちにいつの間にか中学校の校門まで来ていた。中に入ると、出迎えてくれたのは、つい数時間前私に猟銃を突きつけた作業着の男だった。ばつの悪そうな顔で話しかけてくる。

「いやあ、さっきはすいませんでした。なにぶん旗揚げ早々で血の気が多くて」

 まあ上司が一番血の気が多そうだから仕方あるまい。私は別に気にしていないと伝えると、男は校舎の中に案内した。捕虜は何人かと尋ねると、今の時点で二人だという。

「男が一人に女が一人です。女の持ち物検査は今終わりました。男の方は今からです」

「持ち物検査もするんですね」

「ええ。服の中まできちんと……あ、いいえ、女の身体を調べるのは私はしてませんよ、村医の女医さんにしてもらっていますからご安心を」

 そんなことまで尋ねていないのに、と思いながら彼の話を聞いていた。二階への階段を上ると、守衛が立っており、そこの教室には「捕虜仮収容所」と張り紙がされていた。

「左近衛中将、平朝臣肇、捕虜の検分に参りました」私が守衛に声をかけると、彼は教室の引き戸を開けた。

 教室の学習机は片づけられ、代わりに長机とパイプ椅子が並んでいる。

そしてそこには、二十代とおぼしき女性が一人と、三十歳前後と思われる男性が座っていた。


関西弁が一定していません。京都弁のつもりで京都弁ではないなにかになってしまっています。悪しからず。


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