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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第12日 8月14日
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第144話 吊り橋の戦い④

 決着は一瞬でついていた。

 上段から振りかぶったみどりさんは珊瑚に切りかかる。珊瑚はそれを防ごうと斧で受け止めた。

 が、みどりさんの刀の勢いの方が強かった。斧が弾き飛ばされたのである。

「しまった」

 珊瑚がそう言い終わるのが早いか、それとも刀が早かったか。振り下ろされた刀に珊瑚は真っ二つ、思わず目をそむけたくなるが血は出ない。ぱしゅっと光って、消えてしまった。

 後には両断された紙が残る。

 そして一方の瑠璃である。

「手負いと普通の人間相手なら!」

 そう言って彼女は即座に私と坂本の方に距離をつめている。坂本がマントラを唱えようとするが、しかし、私の手の方が早かった。

 そう、刀や柔術で倒せる相手なら、ほかの武器も通用するかもしれないのである。

 渡されていた拳銃を使うときがついにやってきたのである。

 私は懐から拳銃を引き抜くと、突っ込んでくる瑠璃めがけて放ったのである。

 乾いた音とともに、瑠璃が前のめりになって倒れた。うむ、初めてにしては上出来である。

 しかし彼女は式神、そのまま起き上がろうとする、が、

「じっとしていてください」

 そう言うみどりさんに背中からぐさりと刺された。そして嬲るように刀でぐりぐりする。彼女は「あが、あが」などと声にならないうめき声を立てて、ついにはこと切れた。後には血も残らず、紙切れがあるばかり。

「……拳銃、あるならはじめから使えよ」

 坂本が言う。

「いや、まさか当たるとは思っていなかったし……」

「……上出来ですね。野蛮(so uncivilized)なやり方ですが」

 みどりさんが刀を鞘に納めながら戻ってきた。雨に濡れた髪が顔に張り付いて妙に色っぽい。

「さすがですわお兄様!」

 振り向けば、車の陰から千歌が出てくる。今まで隠れていたのであろう。決して存在を忘れていたわけではない。

「千歌、怪我はしていないか?」

「ええ、あの人が助けてくれましたから」

 そう言って千歌は防衛ラインを気づきつつある衛士らの方を指さした。指揮を取っているのは本田左衛門権佐である。

「なるほど、僕からも礼を言っておくよ」

 みどりさんは私の肩を叩く。私は頷いた。

 背後では対岸の部隊が主上を救出している。ならば我々の役割は決まっている。

 こちらに向かってくる自衛隊を足止めする。時間を稼ぐのである。

「千歌、隠れていなさい」

 私は千歌に言った。彼女はぶんぶんと頭を振った。

「いやです、お兄様と離れたくありません」

「いいか、まもなく銃撃戦になる」

「お兄様も戦うのですか?」

「そうだ」

「そんな、お兄さまが怪我でもすれば、私は……」

「千歌、わかってくれ……坂本君」

「なんだよ」坂本太夫が返す。

「千歌のことお願いしていていいか?」

「俺に後方に下がれっていうのか? あんたよりは戦えると思うけど」

「自分の身は自分で守れますわ、ですから……」

「ならこれを持っていてください」

 みどりさんが懐から小さなお守りを取り出して渡す。

「これはなんですか?」

「弾よけのお守りです。ないよりはマシでしょう?」

「あ、ありがとうございます……」

「では行きましょう」みどりさんは私と坂本を見て言った「敵は近いです」

 そして、なおも心配そうな視線をこちらに向ける千歌を残し、我々は川とは逆方向――衛士らの守る前線へと向かったのである。

「宮様!」本田氏が声を上げた「危ないですよ!」

「呪術が使えるものがいなくては、戦えないでしょう」

 みどりさんがそう言うのと同時であった。

 タタタタタ、と短機関銃の音。近くで泥が跳ねた。思わず身をかがめた。

「会敵!」

「各自、己の判断で撃ってよし!」みどりさんが叫ぶ。そして彼女自身はマントラを唱え始めた。

 空が一瞬明るく光る。

 ほぼ同時に爆音。

「ひいっ!」

 思わず情けない声を上げてしまう。そして恐る恐る振り向けば、ひっくり返した車の向こうで、大きな木がゆっくりと湯気を出しながら倒れていく。「危ないぞー!」「ぎゃー!」と自衛隊員の悲鳴が聞こえる。

「雷です」

 みどりさんは言った。

「相手は怯みましたよ」みどりさんは刀に手をかけた「打って出ます!」

 そしてすぐに車の陰から飛び出す。負けじと私も飛び出そうと売るが、しかし、襟首を後ろから捕まれ引きずり倒された。

「何やってるんですか!」本田氏が叫ぶ「武器も持たずに!」

 確かにそうであった。拳銃一丁ではさすがに戦えない。

「それに、宮様一人で十分のようです」

 恐る恐る顔を乗り出して見る。すでに10人余りが打ち倒されていた。血を流していないところからすれば峰打ちであろう。戦闘不能にすればよい、殺すまではいかない、ということであろう。

 そしてみどりさんは鹵獲した武器をどっさり持って車の後ろに駆け戻った。

「はいこれ」

 そう言って私に渡してきたのは89式である。

「こっちのAKより使いやすそうだな」

 本田氏はそう言って自身の56式火槍を指さした。あえて指摘はしないでおく。

 タタタタタ、と再び射撃音が聞こえる。

「増援が来ましたよ、合図で撃ってください。そして私が再び飛び出して……」

 そう言って我々が銃を構えようとした時である。

 はたと銃撃が止んだ。

 どういうことだろうか、と、みどりさんが顔を出す。そして固まった。

「肇さん」

 彼女は前を向いたまま言った。

「やっかいなのが来ました。これは……」

 どういうことだろうかと、私も顔をひょっこりと出す。

 そしてあっと口を開いた。

 それは一人の男だった。しかも、よく知った顔である。

 和田であった。熊野別当、和田博行である。

 彼は雨の中立っていた。そしてこちらに歩み寄る。

「手出しはしないでください……」みどりさんは言った「あれは、私の相手です」

 そう言って彼女は飛び出していく。このとき、私にできることは、ほぼ無かったのである。


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