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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第12日 8月14日
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第142話 吊り橋の戦い②

 銃声がしたとき、奈良井連隊長はすぐ通信機を握っていた。

「誰か発砲したか!?」

『いえ誰も』

 答えが返ってくる。外に出ていた安西や和田も車の中に避難する。二人の式神はさっと人形(ひとがた)に姿を変えていた。いまさっきまでのファンタジーな展開を「オーファンタスティック」などと言っていたホーガン中佐も真顔になってヘルメットの紐が結ばれていることを確認している。

次の瞬間、今度は爆発音がする。

「え、ちょっと、今のなんですか、攻撃されたんですか?」

 旭美幌が言う。誰も答えないが、しかし、答えは明白であった。次いでカーンという甲高い音が車内に響いた。二発目が車体で跳弾した音である。隊長は、ワレ攻撃ヲ受ケツツアリ、と本営に送っている。

 一瞬の沈黙ののち、本営から返事が返ってきた。

「総攻撃だ」奈良井は言った「全軍前進である」

 車ががたんと揺れエンジンがかかった。部隊は雨の中を進み始めた。



***



 小鹿野二等陸曹は不思議に思っていた。

 前進の命令が下っていた。しかし県道を守るはずの我らが小隊長は一向に北へ進めと命令を出さない。これは不可解である。気になって小隊長に尋ねた。

「囲師は欠く、と言う」小隊長は答えた「あえて包囲網に弱いところを作ってやる。すると敵はそこに殺到する」

 なるほどそれで一機に叩けるというわけだにゃ、と小鹿野は手を叩いた。

 しかし今度は「全軍」前進せよ、と命令が来た。しかしそれでも小隊長は前進命令を出さない。

 これはさすがにおかしいにゃ、と彼女は思った。

「一体どうことかにゃ、命令が出ているはずではないのかにゃ」

「出ている」

「ではどうして動かないのかにゃ、これは命令違反――」

「小鹿野二等陸尉、一度だけ言う、それ以上の詮索はやめて私の命令に従いなさい」

「そんなこと出来るわけ――」

 そう言ったとき、彼女の両腕を誰かがつかんだ。

「拘束しろ」

 小鹿野はなにかを喚いているが小隊長はそんなことを聞いてはいない。彼女はもとからこの部隊の異分子であった。霧を抜けるために連れてきた従軍呪術師。それが彼女だった。

 しかしもう必要はなかった。

「諸君」

小隊長は隊員の方に向き直った。

「我々は維新のさきがけである。我々の部隊は、ただいまより、『東京』の同志たちの作戦に従って動く」

 一同は頷いた。そしてそそくさと、撤退の準備を始めたのである。



***



 奈良井率いる本隊は雨の中を進む。二発の銃弾と一回の爆発の他、相手の攻撃はない。

「おかしい、何かあるはずだ、おかしい……」

 奈良井連隊長はそう呟くが、しかし、旭さんはそれがよかった。攻撃など受けたくなかったからだ。

「連隊長、先行した部隊から通信。吊り橋を渡りつつある敵部隊を確認、と」

「吊り橋ぃ?」

 奈良井は思い出していた。那賀川にはいくつか橋が架かっている。この近くにかかる吊り橋は一つしかなかった。

「攻撃の許可を求めています」

「それは確かに丹生谷の部隊なんだな」

『はい、間違いありまーー』

 そう言ったときに一瞬声が途切れた

『爆発です、橋が爆発しました』

「誰か撃ったのか!?」

 まだ攻撃許可は出していなかった。

『誰も! あっ、橋が落ちました! 自動車が一台巻き込まれて落ちていきます!』

 無線を聞いていた和田が運転席の方へと乗り出してきた。

「急いで前進してください!」

 和田は叫ぶように言った。もしもあの者が――南朝の後裔が巻き込まれていれば目も当てられない。

「状況がはっきりしないのだ、そう急かさないでくれ」

 奈良井が返す。

 実際丹生谷側で何が起こっているのか、一切わからなかった。上野原のもたらした情報では丹生谷は籠城と決めたはずである。

 では、その橋を渡っている車は何者であるのか?

 前線にわざわざ攻撃に出てきたのだろうか。しかし、橋が落ちる? 友軍が撃ったのではないのなら、爆破したのは相手に決まっている。しかし自軍が渡っている橋を爆破する馬鹿がどこにいるだろうか。いや、もしかすると無人車を使った囮かもしれない……。

 それに先に運ばれてきた腹を刺された丹生谷の高官も気になる。

 上野原もなぜ、だれが刺したのかはわからないと言っていた。もしかすると内部分裂が起こっているのだろうか。

 わからないことだらけである。しかし確実なのは一つ、攻撃をしてくる者がいること、それは敵であり、敵は丹生谷しかありえないということであった。

 ならば、より一層慎重に軍を進める必要があったのだ。

 無線はさらに前線の状況を伝えてくる。

『敵は対戦車ロケット弾を持っています! 攻撃を受けつつあり!』

「攻撃を許可する! 我々も前進し援護に回る」

 奈良井は無線に向かって叫んでいた。

 雨音をかき消すような、短い射撃音が聞こえる。次いでさらに大きな発砲音。迫撃砲が撃たれているのだろうか?

「ちょっと大丈夫なのでしょうか、大砲なんて」金城さんが言った「この先にはダムがあります、万が一当たったら……」

「うちの部隊の練度が低いとでもいうんですか?」奈良井が言う「砲撃の腕前なら自衛隊は天下一ですよ。ダムになんて当てるわけない」

 もちろん心配しないわけではない。万が一、ダムに砲弾を命中させそれがダムの決壊を引き起こしたとすれば、自衛隊の存続にかかわるレベルの大失態なのである。だからこそ、彼は自分の部下の腕前を信じることしかできなかった。

 和田は別のことを考えていた。額に汗を浮かべている。まずい、このままでは丹生谷は全滅する。そうすれば彼の命は、南朝はどうなるのか? だが下手な動きはできない、どうすれば……

 そうだ、と和田は思い当たった。こんな時のための彼女らではないか!

 和田はこっそりと式神の人形を取り出す。そしてそっと触れると、たちまちそれは姿を消した。彼のその行動に気づいたものはいなかったのである。

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