第140話 邂逅
車は雨の中を駆けていく。大粒の雨がフロントガラスをたたきワイパーがひっきりなしに左右に動いても視界は乏しい。先行する車が下り坂で時折見せるブレーキランプが頼りである。
「本当に大丈夫なんでしょうか、あの道で」
私は不安であった。ああ言って作戦を立て殿を務めることになったものの、自衛隊の目を欺くなど、本当に可能か自信などなかったのだ。
「安心してください。自衛隊の地図はGo〇gle社製です」
みどりさんはそう返す。
そう言えばそうであった。自衛隊はかつてG〇ogle mapをもとにレーダー建設計画を立てたことがある。それに記載されていないような道ならないものとして扱うだろう。
「な、ならひとまずは安心ですね……」
そう言った瞬間であった。後ろから爆音がした。
私は後ろを振り返ることはなかった。「敵の砲撃ですか?」
「いえ、違います」みどりさんは後ろを見て、そして向き直った「違います。敵の砲撃ではありません……」
そう言って涙ぐんだ。それですべてを悟った。
「必ず我々は逃げましょう。必ず」
私は二度、強調するように必ず、と言った。彼女は涙をぬぐいながら答えた。
「ええ、そうです。その通りです」
彼女はそう言って前へと向き直った。
「必ず逃げましょう。弟と、私と、そして、あなたの兄弟と!」
彼女はそう言った。私はうんと頷いて、さらにハンドルを強く握るのであった。
***
捕虜を後方に護送して時間がたっていた。すでに本営は丹生谷に降伏勧告を発していた。命令の変更がないところからして、丹生谷側は降伏勧告を黙殺したのであろう。そう安西は思っていた。
車の中はじめじめしていた。暑くて今にも死にそうだという風な顔で旭美幌が座っている。隣では金城香子が涼しそうな顔をしている。沖縄人なら暑さなどものともしないということだろうか。
かえって気になるのが和田である。じつにそわそわしている。そればかりかなぜか二体の式神まで飛び出してきてお手玉遊びを始めていた。奈良井一等陸佐はそれを見て目を丸くしたが、しかしもう突っ込む気力もないようだった。
保護した2名の脱出者――双方とも宮内省の諜報員である――は端に座っている。一方の女医は後方に移りたがっていたが、まだ命令は出ていなかった。
そして安西に気がかりだったのが、彼女らが運んできた腹を刺された女と、もう一人の女性。腹を刺された女性は丹生谷の高官である。ではもう一人は? 尋問のためと言って後方に送られたが、仔細は聞けなかった。
いや、そういろいろ悩んでどうする。今は総攻撃前だ。そう思いながら気合を入れようと両頬を叩いた。その時であった。
「旅団長!」
運転席から声が飛んだ。
「前からだれか歩いてきます!」
奈良井連隊長は前に乗り出す。安西も誰だと前に向かった。
指揮車の前には山車があった。その前から誰かが歩いてくる。
かむろ姿の童子であった。
「少女……いや、少年か?」
奈良井はそう呟く。しかし安西は正体を理解していた。すぐさま外に飛び出す。
和田も気付いたらしい。二体の精霊を引き連れて、外に乗り出す。宮内省の二人も飛び出した。上野原先生は優しいことに傘を卜部りんにかざしてあげた。
「ご主人様」瑠璃が後ろに手を回し武器を取り出しながら言った「あの子、なんかやばいよ」
「なんかそう思う」珊瑚も言う。
和田はわかっていた。相手は尋常ではない。それは周りで見ている普通の兵士にもわかることであった。
それはかむろであり水干を着ている。
それももちろん異形であるが、さらに妙なこともある。
彼の周りが濡れていないのである。
あれはもしや、と和田が思ったとき、後ろでべちゃりと音がした。
雨の中である。
上野原と、卜部りんが土下座していた。泥の中だ。
「え‥‥‥」
和田が驚いている中、前から、かむろの少年が近づく。
少年は、口を開いた。
「そこをどけ、下郎よ」彼は二人の精霊を睨んで言った「汝らのいるところではない」
その言葉に二人はたじろぐ。和田の後ろに下がった。
「ほお、そんなものか。余の期待外れじゃ。そういやのう」
そういって山車をつついた。
「これを準備したのは誰か?」
誰も答えない。怖くて答えられないのだ。
「余の質問が答えられぬのか?」
すっと、安西が手を上げた。だらだら汗を流している。
「おお、汝か」
少年――崇徳院は言っていた。
「中には刀もあるようじゃな。刀も」
「左様にございます」
安西は雨の中平伏して言った。和田も驚く、自身も平伏すべきか?
「ほお、子を倒せば親も倒せると思うたか」
くっくっく、と崇徳院は笑った。顔を上げると、院は空中に浮いていた。
「無駄なことじゃ。せいぜい抗うがいい」
そう言って姿がすっと消える。
一同唖然とする。うつつか、まことか、今の姿は。
そう考えながら互いの顔を見回すうちに、事件は起こる。
銃声である。
ターンという銃声が鳴り響いた。
それは一発である、しかしそれは充分であった。
丹生谷の渓谷に閉じ込められた、二軍数千の力を放つには、十分であったのである。




