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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第12日 8月14日
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第138話 取り調べ

 松代葵と千曲流子は鷲敷の本営近くに設けられた取調室にいた。昨日、2体の精霊をここまで送りと届けたところで、捕縛されたのである。

 取り調べには雪村警視正があたっていた。昨日の取り調べで丹生谷政権と上諏訪解放戦線の関係について尋問を受けたが、しかし二人は答えなかった。本日になって、取り調べが再開された。それにも黙秘を貫いていた。昼過ぎになって、雪村警視正が退室する。そして待たされること1時間、部屋の扉が開いた。

 まず入ってきたのは雪村警視正である。続いて入ってきた人物を見て二人はあっと声を上げた。それは小泉榛名であったのである。

「彼女が自白(ゲロ)ってくれた」雪村は言った「君らが皇居前のテロの下手人を東京から連れ出したと。それにしても、まさか幹部自ら乗り込んでいたとは……」

 松代さんと千曲さんはがっくりと肩を落とした。自分らが耐え忍んできたのに、この口の軽い記者がこうも簡単に吐くとは! 彼女は二人を見るなりびくっとした。

 しかし、待て、彼女だけということは……

「残念ながらその手下人はまだ捕らえられていないのだがね」

 雪村が続けて言う。

「さて、君らも話すか? それとも黙秘を続けるか? 徐々に君らに不利になるぞ。彼女は取引に乗った」

「取引とはなんだ!」千曲さんが叫んだ「まさか、裏切ったのか!」

「違うのです、これは仕方ないのです!」

「落ち着けよ」松代さんが言う。そして雪村警視正と小泉さんの方を見た「一体取引ってなんなんだい」

「司法取引だ。彼女は情報をくれる代わりに、彼女とその弟の罪を問わないことにした」

「じゃあ私たちは……」

「中にいる工作員について話してくれればいい」

「そんなこと出来るわけがない!」千曲さんが叫んだ。

「どうだろうな」雪村は言う「このままではまもなく丹生谷は堕ち、君らの味方も捕らえられる。これは君らが言わなくても、だ。もちろん君らが話してくれた方がスムーズだろうが。いずれにせよ結果は同じだ。なら、少しでもこちらに協力して罪を軽くした方がいいのではないか?」

「そうなのです! そうした方がいいのです!」

「黙りなさい!」

「そっちこそ静かに!」雪村が言った「取り調べ中だ」

 そして今度は松代さんの方を見た。彼女は腕を組んで目を閉じている。

 そして。

「……青柳茅野」

 彼女はぽつりとつぶやいた。

「ちょっと葵、何言っているの!?」

「青柳茅野。それが中にいる工作員の名前だよ」

「信じられない!」千曲さんは叫ぶように言った「裏切りよ!」

 しかし、雪村は、信じられないという顔をしている。小泉さんもである。

「あ、青柳茅野って、あの……」

「信じられない、上諏訪解放戦線の幹部ではないですか!」

「へえ、ジャーナリストも知っているんだ、我々のボスを」

 もちろん広く知られるわけではない。表には出ず、公安内部や一部ジャーナリストしか知らない内容である。指名手配されているわけでもない。しかし、数々の事件の黒幕の名前として浮上していたのである。エアオオサカ8080便爆破未遂事件、大摂津銀行爆破事件などなど……。

「流子、君も強情っぱるのは辞めた方がいいよ」松代さんは言った「もう隠し立てしてもいいことはないよ」

「……と言っても、これ以上丹生谷と私たちについて話すことはないわよ」

「問題ない。君には後で上諏訪解放戦線について話してもらおう」

 くっ、と千曲さんはほぞをかんだ。

「さて、やや意外ながら、工作員の正体はわかったわけだが」雪村は小泉さんに目線を向けた「今度は君や君の弟に聞かねばならぬことがある……」

 そう言ったときドアをノックする音がした。

「連れてきました。徳島駅前で確保しました」

 そう言って警官が一人の少年を連れて入ってくる。小泉さんは声を上げた。

「さっくん!」

「姉さん!」

 小泉佐久も声を上げた。

同時に榛名さんは佐久を抱きしめた。

「元気でよかったのです!」

「は、放して! 恥ずかしい!」

「しかしなぜ来たのです? 家で隠れていれば……」

「姉さんが心配だったんだよ。姉さん、おっちょこちょいだから……」

 それを聞いて小泉さんは目に涙を浮かべた。

「さっくん、私のために……」

 抱きしめる腕に力が入る。

「痛い、痛い……!」

「ごめんなのです」

「でもどういうことだよ。徳島駅に着くなり、警察に捕まって……」

 そこで雪村警視正が割って入った。

「さて感動のきょうだい対面かもしれないが」そう言って雪村は小泉佐久を引きはがした。そして椅子に座らせる。

「さて、小泉佐久君、だね」

 雪村が言った。

「はい」佐久君は返事をする。

「教えてほしい。君は防衛省のデータを見た。クーデターの計画書だ。それを持っているか?」

「持ってはいない。データは……」

「データは?」

「例の二人に渡したあとPCからは消した」

 はあ、雪村はため息をついた。

「断片的にでも覚えていないか? 日付とか……」

「日付はたしか8月15日、目標は首相官邸、国会議事堂、NHK……たしか第一師団がどうのこうのとか」

「第一師団だと!」雪村は叫んだ。その第一師団であるが、本日奇妙な動きをしているのは読者諸氏もご存じの通りである。雪村は最悪の可能性を考えた。まさか第一師団が……? いや、あのとき反乱を起こそうと動いたのも第一師団所属ではなかったか……?

 そんなことを悩んでいる場合ではなかった。

「いや、ご苦労だった。必要があればまた尋問する」

 そして雪村は見張りを部下に託し、部屋を立ち去った。

 すぐに東京に報告しなくてはならない、雪村は考えを巡らしていた。丹生谷には爆弾魔がいて何をしでかすかわからない。東京では第一師団が不穏な動きを見せており、どうやら明日がクーデターの決起日である。

 時間はもうなかった。前線部隊の奮闘を祈りつつ、東京の政変の首謀者を探すしかない。右手を電話に伸ばしながら、そう思うのであった。

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