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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第12日 8月14日
138/151

第135話 長い日のはじまり

 東京は混乱の中にあった。

 練馬の第一師団と木更津の第一ヘリコプター団に出動命令が下っていた。東京都内で丹生谷派によるテロが起こると予告があったらしく、その警戒のため出動命令が下ったということであった。

 しかし不思議なことが分かった。首相も、防衛大臣も、そのような命令を下した事実はなかったのである。

 都道府県からの要請で災害や治安維持のため自衛隊が出ることもある。政府は都に確認した。しかし、都もそのような要請行っていないという。

 部隊は所定の配置についていた。ヘリコプターは都内上空を旋回していた。

 防衛省はすぐに部隊を原隊に戻るよう命令すればよかった。しかし、事実関係の確認に手間取っている間に、事件が起こった。

 予告にあったとある山手線の駅のゴミ箱から、爆弾が見つかったのである。

 首相も防衛大臣も都知事も、そして警視庁も狼狽えた。防衛大臣は首相に掛け合い、首相はなんと自衛隊の出動を追認したのである。

 かくして「テロ目標」とされた宮城、首相官邸、国会議事堂、NHKなどに部隊が配置された。

 ――結局、当初の命令の出どころはわからずじまいであった。しかし晴れて正規の命令となったのである。当初は戸惑っていた自衛隊員も、都内の人々も、納得した。

 そしてそれを見てほくそ笑む顔があった。

……そう、すべては予定通り、予定通り進んでいるのである。まもなくだ、まもなく日本は再生する。戦後80年のくびきを断ち切る時が来るのである。

 彼は指令室で静かに笑い声をあげた。それを聞いている者は、だれもいなかった。



***



 丹生谷派遣部隊の本営も混乱していた。

 戦況は思ったより芳しくなかった。東から突入した本隊(甲部隊)は日野谷発電所をほぼ無抵抗で占領できたという知らせが入っている。しかし、北から侵入する乙部隊はまだ早雲トンネルを抜けたところであるという。もともと北から丹生谷に入る193号線は崖に張り付き山肌を縫うような狭路が連続する道である。一部はすでに丹生谷側により破壊されており、突破に時間がかかっていたのだ。

 さらに虎の子の第一空挺団と連絡が取れない。突入後、どうなっているかが一切わからないのだ。

 さらに193号線を南から北上する部隊(丙部隊)に至っては、動きがみられない。再三の進撃命令にもかかわらず、何かと言い訳を言って進軍しないのである。

「塩山二佐、これはどういうことですか」幕僚団の逸見陸将が言う「予定より遅れが出ていますよ」

 塩山二等陸佐は答えた。

「恐れ入ります。しかし、雨足も強く……」

「そういうことを聞いているのではありません。天気が急に変わることもある。それを踏まえての作戦ではないのですか?」

「ええ、もちろん対策は打っております。丙部隊には伝令を先ほど送りました。乙部隊は、施設課の増援を追加で送りました。まもなく突破できるでしょう……」

「相手の呪力も弱まっているようです。これなら前回のような苦戦を強いられることはないでしょう」

 陰陽寮第二部部長代行、土御門智明が言った。陰陽頭は別のテントで祭壇を組んで祈祷を続けているためこの場にはいない。

 その時、新しい連絡が入った。第50普通科連隊からである。

――物部村の戦線が総崩れを起こしている。すでに部隊は県境近くまで突破した。

そして、さらに、県境の四つ足峠の向こうに、第一空挺団と思われる信号弾を確認したということである。

「でかした!」

 逸見陸将が言った。

「引き続き状況をすすめてください」

 その時、指令室のドアがノックされた。入ってきたのは、雪村警視正であった。

「戦況はどうですか」

「おおむね順調ですよ」逸見陸将は言った「ところで、なにか新しい情報は得られましたか」

 雪村警視正は捕虜とした上諏訪解放戦線のメンバーを尋問していたのだ。上諏訪解放戦線が何らかの形で丹生谷とかかわりがあるらしい、ということは浮き彫りになっていた。しかし、具体的にどういう協力関係にあるのか、彼女らは頑として口を割らない。ただ、精霊の二人を運んできただけだというのである。

「いえ、有意義な情報はほとんど」

「まあいいでしょう。どうせ、まもなく丹生谷も落ちるのですから」

 そういう目の前で、地図の上の駒が進められた。

 自衛隊側は丹生谷を完全に包囲していた。長安口ダムの東およそ4キロ、西は3キロ、北は黒瀧寺の北10キロ圏内まで迫っている。南も動いてはいないが、包囲体制は確立していた。

「陸将、そろそろです」

 塩山の言葉に、逸見陸将は頷いた。

「所定の位置まで進出したら、予定に従い、進撃をやめるように伝えてください。最後通牒を伝えます。それでもなおも降伏しない場合は……」

 逸見は一瞬言いよどんだ。だれしも同じ国民を攻撃する命令を下すのはつらい。しかし今ここでやり遂げるべきことは決まっていた。

「総攻撃です。丹生谷を、徹底的に蹂躙するのです」

 逸見は言った。周囲は頷いた。

 ――丹生谷にとっても、日本にとっても、14日はまだ始まったばかりであった。そしてそれが両者にとって、一番長い一日となるるのである。

 雨脚はさらに強まる。約80年前のその日の天気とは裏腹に、空模様はさらに悪化するのであった。

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