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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第12日 8月14日
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第131話 鬼切

 旭美幌は座っていた。戦闘指揮車の中にいた。車体の外を雨がバタバタと音を立てて打っている。前では和田が無線を片手にしきりに指示を飛ばしている。後ろからは社を荷台に取り付けたピックアップトラックが追随している。スーパーシャーマンである。

 車の中には、和田の他に安西、金城さん、そして観戦武官のホーガン中佐がいた。腹をくくったのか、奈良井一等陸佐もいる。東京からの幕僚団や師団長は、鷲敷に残り全体の指揮を執っている。ホーガン中佐は、ぜひとも前線で見たいと言って同行したのである。

 国道がある程度までは通行可能であること、旧道がいくつか迂回路として使えそうなことは先の2回の攻撃で判明していた。行けるところまでは車で潜り込む予定なのである。

「はて、弱ったね……」和田が呟いた「第一空挺との連絡が途絶えたらしい。確かに降りたらしいんだけれど」

「第一空挺団ですよ。万に一つもミスするなんてあり得ないのではないですか」安西が言う。

「それが、突入の際同伴した祈祷師は、怖くて降りれなかったらしい。通信機には護符を貼っているから大丈夫だと思うが、『会敵』したとの報告を最後に、通信が途絶えたとか」

「無線封鎖じゃないんでしょうか」金城さんが言った。

「ならいいのだがな」奈良井一佐が言った「第一空挺が精鋭無比であることを否定するものなど自衛隊にはいない。しかし、相手は今まで2度にわたり自衛隊の攻撃を跳ねのけてきた奴らだ。もし万が一のことがあったなら、この突入も、先の2回と同じ運命をたどるのではないだろうか。それなら、一度戻って、状況がはっきりするのを待つ方がいいのではないだろうか」

 奈良井は部下を失っていたこともあり、弱弱しい声で言った。それを叱責するように安西が叫んだ。

「連隊長ともあろう方が、なにを弱気なんですか。第一空挺と言う高価な囮は着々と役割を果たしてくれています。レイテ沖海戦で、瑞鶴率いる機動部隊はその囮の役割をしっかりと果しました。しかし、栗田艦隊はレイテ湾への突入を行なわなかったのです。そのためマッカーサーを取り逃がした。我々はその轍を踏んではいけない」

『ちょっと、なに話しているんですか』ホーガン中佐が隣に座っていた金城さんに尋ねた。『なんかマッカーサーって聞こえましたけど』

『ええと、そう、マッカーサー将軍を見習って、果敢に進むべきだと言っているんです』

 沖縄生まれで英語にも堪能な金城さんはそう答えた。レイテ沖海戦の教訓を放しているなんて言えるはずがない。ましてやマッカーサーを叩きのめすなどと。

『そうですか、いや、同盟国とて誇り高い』

 ホーガン中佐はそう頷いた。金城さんは胸をなでおろした。

 その時車ががたんと止まった。和田が振り返って言う。

「車ではここまでのようです。道路が崩落しています」

 旭さんは降りたくはなかった。道は水たまりばかりである。雨合羽を渡された彼女はため息をつく。

降りてみる。長靴はなく、水が靴に浸透してくる。気持ち悪い。

国道は半ばあたりから谷に向けて崩落している。霧はすでに抜けているようだが、いかんせん雨が強い。

「どうでしょう、車一台くらいの幅はないですかね」

 安西が言った。前衛の歩兵が前に出る。たしかに幅からすればギリギリ通れそうである。地盤もなんとかなりそうだ。

 旭さんはほっとした。雨の中歩くなんて苦行以外の何物でもないからだ。

 ぴちゃ、ぴちゃと音が鳴る。

 戦闘に歩兵が出る。その後ろに霊柩車みたいなスーパーシャーマンが続く。その後ろをそろそろと装甲車が続く。

 山の両脇から音が鳴る。低い音が腹に響く。

「ひいっ!」旭さんは言った「なんですかこれは」

「怨霊のうめき声です」金城さんが言った。

 うめき声は両岸から響いた。恨めしそうな、そんな声。旭さんは、縮こまる。

「これをどうぞ」

 ポンチョが渡された。もうびしょ濡れだ、遅いぞと思った。表には般若心経が書かれていた。

「これなら平家の怨霊にも効果があるはずです」

 昔話か、と思った。耳なし芳一である。

 だんだんと周囲の山から響くうめき声が強くなる。

「天陰り雨湿うとき、声啾啾(しゅうしゅう)たり」

 後ろから声がした。安西だった。周囲が見つめたが、彼は素知らぬ顔をした。

「周囲には平家の怨霊が満ちていますね」

 旭さんはぎょっとした。すると、前回と同じではないのか。

平家の怨霊に部隊が襲撃されている。同じことに、自分たちもなるのだろうと心配になる。

「大丈夫ですよ」

 安西が言った。そして先行したシャーマン戦車を指さした。

「あそこには、国宝を搭載しています。まったく、陰陽寮のおかげです」

「国宝、というのは、例の義経公お召しの鎧ですか?」

 金城さんがいう。しかし、安西は首を振った。そして、後ろを見た。

 それだけではない。同意を求めるように、はるか後方の、土御門親子を見ていた。

「それよりもですよ」安西はは言った「大山祇神社以外にも、国宝を借りてきています」

「いったいそれは」

「妖怪退治の刀ですよ」

 安西はそう言った。旭さんあ理解できないでいたが、しかし、金城さんは察しがついた。

「もしかして……上野からあれを持ってきたんですか」

「そうです」安西は言った「鬼を切った刀です。童子切安綱!」

 童子切安綱!

旭さんもその名は知っていた。平安時代、源頼光が大江山の鬼、酒呑童子を切った刀である。確かに、鬼を倒す刀としては申し分ない。しかし……

「国宝のこれを持ち出すのが不満ですか」

「いや、そういうことでは」

「これは、陰陽寮の、文化庁の決定でもあるのです」

 安西が言った。一同は顔を上げた。

「陰陽寮の令によって、これらの刀をやっと実戦使用できるようになりました。そのため、前線に置いているのです」

 安西がほほ笑んだ。同時に、和田がほぞをかんだ。

 すべてはこれまで以上にうまくいっている。旭さんは思った。しかし何だろう、この一抹の不安感は!

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