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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第12日 8月14日
133/151

第130話 脱出

 我々は濡れた身体を引きずるようにして診療所へと戻った。唖然としている上野原先生と卜部りんの横を通り過ぎてタオルを求めて中に入る。するとちょうど、小泉さんがカメラを片手に階段をかけ降ってきた。見通しのきく二階の病室から撮影していたのだ。

「これを見てください!」

 彼女は私たちにデジカメの画面を見せた。

「何も映っていないのです!」

「そりゃそうでしょう。悪霊が簡単にカメラに映るもんですか」

「でも心霊写真は映るのです」

「あんなの錯視です」

 そうみどりさんは言って、棚からバスタオルを取り出して頭を拭いた。それを私と坂本太夫に投げてよこした。

 そして玄関を振り返って言った。

「上野原先生、患者の避難は?」

「え、ええ」上野原先生ははっとして言った「このバンで最後です」

「ではここを放棄します」みどりさんは言った「第一空挺団は精鋭かつ屈強です。あれごときで侵入をあきらめるわけがありません。ここに火を放ち、爆薬を仕掛け、撤退します」

 みどりさんの言葉は正しかった。第一空挺はと、パラシュート故障で降下したり、10メートルから生身で飛び降りたりしても、笑顔を絶やさずその後敵の射線に立って対戦車砲をぶっ放せる狂人である。悪霊ごときであきらめるわけがない。

 すぐさま我々は診療所や周囲の建物に爆薬を仕掛け、その場を立ち去った。上野原先生と、坂本太夫、そして卜部りんを乗せたバンが先を走り、そのあとを我々の車が追った。後ろから追いかけてくる者はいなかった。

 25分後、雨の中。我々は長安口ダム湖にかかる出合橋をわたる。直後、後方で爆音が響いた。橋を爆破して落としたのであった。

 車はその後、北へと方向を変えた。雨の降りしきる中、さらに15分後、黒瀧宮にたどり着いていた。

 黒瀧宮で車を降りた時、真っ先に私に駆け寄ってきたのは、千歌であった。

「お兄様! お久しぶりです!」

 わが妹は、私の胸に飛び込んできた。

「ご無事でよかったのですわ!」千歌は叫んだ「よくぞお戻りで!」

「ああ、千歌、悪かったね」

 私は千歌の頭をなでた。

「お兄様、主上は今も横になったままなのですわ。私は一体どうすれば」

「いいんだ、君は任務を成し遂げている」

 うしろで、こほんと咳払いが音がした。

「千歌さん、そこまででいいですか」

「なんですか! わたしはお兄様の妹なんですよ! もう少し一緒にいてもいいでしょう」

「千歌さん、私はあなたの姉みたいなものなのですよ」

「姉?」千歌は言った「どういう意味です、お兄様、この女と一体何が」

「姉と呼ばれるならうちの方が突き合い長いんちゃうか」

 後ろから声がした。声紋を考えるまでもない。美嘉である。話をさらにややこしくする。

「あなたのどこが姉なものですか! お兄様をたぶらかして!」

 千歌は叫んだ。私はなだめようとしたが、みどりさんがそれにかぶせてくる。

「そうです、私以外の女など……」

「うちをなんやと思っているんや」

 周囲で修羅場が展開される。こうなると男は無力である。暴風にあらがってはならない。そう聞き流そうとした次の瞬間、私の顔面にげんこつが叩き込まれた。

 やめて、眼鏡がゆがむから。

「あなたはそうやって私をはぐらかす!」みどりさんが叫んでいた「いい加減はっきりさせてください!」

「なにをですか」

「私はあなたを愛しています! あなたはどうなんですか!」

 私は衝撃を受けた。いや、いままで衝撃を避けていたというべきか。横を見ると、千歌と美嘉があんぐりと口を開けていた。

「な、なんですか……」みどりさんは言った「何か変なことでも言いましたか」

「いや」美嘉は言った「いやでも、正直に言うもんやな」

「全くなのですわ」千歌も言った。

 私はみどりさんの方を見た。彼女は顔を真っ赤にしていた。

「みどりさん、ええと、その」

 私はみどりさんの肩をつかんだ。直後、みどりさんに顔をビンダされた。

「この女たらし!」

 彼女はそう言って黒瀧寺の本堂の方に駆けていった。私は、頬を撫でながら雨の中、立っていた。

「嫌われたかな、それとも、愛情かいな」

 美嘉は言った。千歌は、その美嘉の方を睨んでいた。

 美嘉は言った。

「ともかく、いろいろめんどくさいことは確かや。まあ、この人がプレイボーイなんは確かやから、いろいろあきらめんといかんかな」

「そんなことはありえません」

 千歌は言った。

「私はお兄様を理解しております。その分析では、私のことが大好きなのですわ」

「いや、その……」

「お兄様の意気地なし!!!」

 千歌もそう言って本堂の方にかけて言った。美嘉も、最後に、私を見つめているだけであった。

「ミスったかな」

「たぶんね」

 美嘉はそう言って、建物に下がった。俺も同じだった。雨に打たれながら、本堂へと向かったのであった。

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