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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第12日 8月14日
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第129話 大魔縁

 診療所の前ではバンを玄関に横付けし、上野原先生が医薬品とカルテを積み込んでいた。他にも車を周囲に集めており、看護師や保健師が患者を乗せ換えている。

「上野原先生」車から滑り降りたみどりさんは雨に濡れるのもいとわず駆け寄った「ここはまだ無事でしたか」

「ええ、なんとか。中で祈ってくれている彼のおかげです」

「彼?」

 みどりさんと私は診療所の中に入った。診察室の一角に祭壇が築かれ、右腕を三角巾で吊った坂本太夫が呪文を唱えている。

 そして後ろを見た。そしてぎょっとした。後ろには、後ろ手に縛られ、口に猿轡を噛まされ、目隠しをされた卜部りん(初対面であり名前は後から知った)が椅子に座らされている。足にギブスをまいている。

「ああ、内務省の捕虜です。敵を導かれては困るということで、縛っているんですよ」

 建物の中にもどってきた上野原先生が言った。

「すぐに護送しなかったんですか」私は尋ねた。

「怪我のせいもあるので、すぐには動かせなかったんです」

「にしてもこれは……」

 なにかをそそる格好である。彼女は実際結構美人なのである。いや、そんなことを考えている場合ではない。

「彼女も移送しないといけませんね……これを上野原先生と手負いの彼にさせるのはよくありません」

 みどりさんが言う。全く同感である。

 その時である。窓の外が一瞬明るく光った。

 そして数秒後、爆音のような音。巨大な雷の音であった。

 私とみどりさんは診療所の外に出た。雨の中でも、西の方から煙が上がっているのが分かった。

「あれはいったい……」

 そう思いながらよく観察しようと傘をさして国道まで出た。おそらく煙が上がっているのは西に1.5キロほど行ったところにあるトンネルのあたりであろう。

 そのときであった。雨の中、国道をこちらに向かっている影を見た。

 それはおかっぱ姿の童子に見えた。水干を着ているようにも見える。

 そしてさらに気になることがあった。その黒髪も、服も、一切濡れているようには見えなかったのである。

 嫌な予感がした。それはみどりさんも同様である。私の相合傘の下で、腰に佩いた剣に手をかけていた。

 そして、その顔がよく見えるまで近づいた。

「そちら、その手はなんじゃ。余に手をかける気か」

 その声は確かに子供の声であるが、威厳がある。

「なんだかよくない気がします」みどりさんは言った「いやな気を、感じます」

 相手は我々を睨むように眺めた。

「ほお、そちら、もしや……」

 その時坂本太夫が診療所から走り出てきた。雨に濡れるのも構わない。

「ちょっと待って二人とも、外で妙な強い気が……」

 そう言った次の瞬間、彼は童子を視認した。そして悲鳴に似た叫び声を上げた。

「あ、あんたは!」

「ああ、あの時の少年か。しかしあんた呼ばわりとは不遜な奴め」

 そう言って童子は右手を構えた。

 とっさにみどりさんは傘から飛び差す。そしてすかさず抜刀して坂本太夫の前に立つ。

 直後、みどりさんと坂本太夫の周りで水しぶきが上がった。そして煙が立ち上る。

 煙が消えると、刀を構えたみどりさんがびしょ濡れで立っており、後ろでは坂本太夫が尻もちをついていた。服に傷がついているが、血などは出ていない。

「さすがにやるようじゃな」

「もちろんです。降魔の心得くらいあります」みどりさんは肩で息をしながら言った「あなた怨霊でしょう、そうでしょう」

「その通りじゃ」童子はにやりと笑った「余は、日本国の大魔縁じゃ。讃岐に流されてからというもの、復讐の機会を待ち続けておった」

「すると、あなたはやはり……」

「そうじゃ、余は、おぬしらが呼ぶところの、『崇徳院』じゃ」

「それがなぜこんなところに」

「そこに転がっている少年には話したぞ、ああ、あのときは気絶しておったか」

 みどりさんは後ろの坂本太夫をちらりと見る。それは一瞬だった。すぐに前に向き直る。

「――誰かがあなたを解放した?」みどりさんは言った。

「鋭いのう、そうじゃ、勅使が余を白峰より解き放ったのじゃ」

 白峰は香川県にある崇徳院の御陵である。

「おぬしらをつぶせと、言うてな」

「それでこうやって攻撃を?」

「今のはただの挨拶に過ぎん」崇徳院は言った「余を裏切った朝廷の命令を聞くと言うのも癪に障る。しかし、おぬしらを攻撃する気も、そうはおきん」

「どういうことです?」

「おぬし、武蔵に出向いた際、神田明神と湯島の天神を参拝したそうじゃな」

「ええ、それが……まさか」

 みどりさんは驚愕したような顔をした。

「少しは手加減をしてやれと、2人に言われたのでな。まったく、かつて帝であった余に言葉するとは不遜な奴らじゃが、聞かぬわけにもいくまい」

 二人、とはもちろん崇徳院と並んで強大な怨霊である将門公と、そして天満大自在天神――すなわち道真公のことである。

「先ほどの雷は、もしや」

「そうじゃ。道真め、余の助けをせよと言えば大げさにもあんな雷を落とした。すこし驚かせる程度でもよかったじゃろうに」

「自衛隊を攻撃したんですか!」みどりさんは叫んだ。

「余を誰と勘違いしたのかは知らぬ。ちょっとからかってやろう、余が助けて益あるほどの兵か確かめようと思うてな、すこしちょっかいを出したのじゃ。するとあやつら、余に鉄の筒を向けよった。許されざる行いじゃ。それで身の程を知らせてやったわけじゃ」

 みどりさんはぷるぷると震えていた。

「電気とやらで動く機械は全滅じゃな。木も山も崩れている。今頃、山の獣たちが奴らのところに向かっておるはずじゃ」

 そして、かっかっか、と笑った。

「あなたは、あなたは呪で縛られていないのですか。東京政府は、あなたに首輪もつけず解き放った、と」

 みどりさんは目を見開いていた。恐ろしいことが起こったのだと確信した。

「余は帝であった身じゃ。誰の指図も受け付けん。誰も余を縛ることなどできんのじゃ」

 そう言うと崇徳院はふわりと浮き上がった。そして、ぼうっと光ったかと思うと我々の目の前から姿を消した。

 状況が十分に理解できない我々はしばらく立ちすくんでいた。そしてそれよりさらに衝撃を受けている者たちもいた。

 診療所の玄関から、上野原先生と、そして卜部りんは一部始終を見ていた。そして悟ったのである。自分たちが、どれほどの過ちを犯してしまったのかということを。

 そして二人の衝撃の意味について私が知るのは、もっと後になってからのことであった。

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