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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第10-11日 8月12日-13日
128/151

第125話 幕僚会議

 旭美幌はテントの端っこでうずくまっていた。うずくまっていても誰も何も言わなかった。誰も呼びに来なかった。もはや仕事がないからだ。

 12日の午前まで、昨日の戦闘の後処理に部隊は悩殺された。しかし旭さんはなにも仕事がなかった。役に立たない自分を責めていた。

 そんなとき彼女のテントに入ってくるものがあった。その影は旭さんにコップを渡した。

「副隊長補佐、そんなところで何をしておいでですか」

 それは金城香子であった。

「金城さぁ~ん」

 旭美幌は金城さんに泣きついた。金城さんはびくっとしたが、顔を赤らめながら(旭さんからは見えていない)、

旭さんの頭をなでなでした。

「金城さん、わたしどうすればいいんでしょう。役立たずなんですよ」

「副隊長補佐はそのままでいいんです」

「そのままでいいって、それは」

 涙で濡れた顔を旭さんは上げた。金城さんはドキッとしたが、しかし表情は変えない。

「いいんです、そのままで。それがいちばんです」

 そう言った時だった。今度は安西が入ってきた。

「お二人とも、ここでなにを」

「いえ、副隊長補佐を呼びに来て……、副隊長補佐、青葉陸将(中部方面総監)、毒島陸将(第三師団長)、大井陸将補(第14旅団長)との会議があります。副隊長補佐にもとりあえず出席していただく無くては」

「いえ、それだけではありませんよ。東京から幕僚団が乗り込んできました」

「幕僚団、ですか……」金城さんは言った「聞いてはいませんが」

「防衛大臣の命令だそうです。団長は逸見副統幕長、団長付きの首席幕僚は塩山二等陸佐。それに特別公安課長と、陰陽頭も乗り込んでくるようで……」

「土御門氏が!」金城さんは大声を上げた。

「ええ、こちらへ」

 安西に連れられ二人は天幕を後にする。司令部の天幕には、一同がそろっていた。

「抜刀隊副隊長と副隊長補佐、お連れしました」

旭さんと金城さんは末席に座った。

「さて、一同はそろいましたか」逸見陸将は言った。

「いえ、陰陽頭がまだです」和田が答える。

「私がおりますので大丈夫です」土御門智明が言った。逸見陸将はそれを聞いて頷くと、会議を始めるように言った。

「さて、塩山二佐、説明を」

「はい」

 塩山が答えると、スクリーンに徳島県の地図が映写された。

「反乱軍が占拠している地域はここ。旧丹生谷村の3分の2と、旧物部村の一部です。しかし反乱軍はその前線に兵力を張り付けるのにいっぱいであり、内部に兵力は配備していないものと判断されます」

 スライドが切り替わった。

「そのため、旧丹生谷村の奥に部隊を送り込みます。第一空挺団を徳島県と高知県の県境である四つ足峠に降下させ、ここを橋頭保とします。これにより丹生谷と物部村を分断します。これの対応のために反乱軍は前線から兵を割かざるを得ない。ここで、4方向から攻勢をかけます」

 次いで部隊の編成が出る。損害を出した第14旅団に代わり、第3師団が編成の要となっていた。

「いずれの部隊にも祈祷師小隊を配し、これが先陣を切ることとなるでしょう。ただ、この祈祷師小隊についていくつか注意すべき点がありまして。それでは土御門代行どの、説明を願います」

「はい」土御門は言った「先2回の攻撃において祈祷師部隊は、内務省特別公安課および鹿島教導隊の混合部隊でありました。『抜刀隊』を称しておりますが、完全なるにわか作りの部隊であることは否定できません。それがこの度作戦の失敗につながった可能性があると考えています」

 そして祈祷師部隊の編成表を映し出す。

「そこで統合部隊としての抜刀隊はいったん解散とし、特公は特公だけの、鹿島教導隊は鹿島教導隊だけの出身者からなる部隊を再編することが指揮系統上よいかと思われます。どのみち部隊の消耗が前回の戦闘で激しく、再編は必要でありましょう。その上で全部隊はわれわれ幕僚団の指揮下に置かれるものとします」

「そうするとなにかな、僕ら内務省の人間も、逸見さんの指揮下に入るということですか」

 和田が言った。

「その通りです」

「法的根拠は?」和田が問う。

「法的根拠?」

「そうです。自衛隊が内務省の部隊――広義で言えば警察を、その指揮下に置く法令などあったでしょうか」

「しかし現に特公は第14旅団とともに――」

「あれはあくまで自衛隊と警察の協力のつもりだったんですが。防衛庁長官と国家公安委員長の間での協定。あれにそって行動していたつもりなんですが」

「和田君!」雪村課長が言った。「今は有事で……」

「有事だからこそ、法律を守らなくてはなりません。それに内務省は、法律を守らせるのが仕事ではないですか、違いますか」

 塩山も雪村も押し黙った。たしかに言う通りなのである。

「まあそれは言い方の問題でしょう」逸見陸将は言った「雪村特別公安課長が我々と協力して作戦の指揮を執る、内務省の部隊には、雪村課長があなたを通じて命令を出す、そういういい方ならどうでしょうか」

「それならいいかと思いますね」和田は言った「法律上も問題ないですね」

 雪村は胸をなでおろした。上司であるが、この男に対し強く出ることが出来ないのだ。

「ありがとうございます。部隊の再編、補給を行い、明後日の朝、第3次攻撃としたいかと思います」

 逸見陸将がそう言い、解散を宣言しようとした瞬間であった。

 天幕に、一つの影が飛び込んでくる。それは着物を着た老人であった。

「土御門長官!」

 和田が叫んだ。入ってきたのは、陰陽頭・土御門貴明その人だったのである。

「遅れて申し訳ない。会議はまだ続いていますか?」

「いえ、今終わろうとしたところです」塩山が言った。

「そうですか。しかし、一言、あなたの作戦に申し上げたいことがあります」

「なんでしょうか」

「徳島の地図を映してください」

 土御門貴明はそういうと、スクリーンの方に歩みを進めた。通り過ぎざまに、彼の息子、土御門智明の肩をぽんぽんと叩いた。

 陰陽頭は、地図を前に説明を始めた。

「まずこの丹生谷という地を見てください。ここ、黒瀧山が丹生谷の本拠地です。北には剣山、南には太平洋、東に向かっては那賀川、西に向かっては国道195号線があります。まさしく四神相応の土地です。これが丹生谷が霊的に強く、陰陽寮の精鋭らをもってしてもその攻略を難しいものとした理由の一つです」

 一同がざわついた。

「そしてさらにそれを強化しているものがあります。そしてその(うしとら)の方角にあるのがここ、すぐそこにそびえたつ太龍寺山にある太龍寺。そして(ひつじさる)の方角には、室戸岬の御厨人窟があります。前者は弘法大師が空の字を、後者は海の字を感得した場所。すなわち鬼門と裏鬼門を聖地が守護しているのです。部隊を送ってこの2か所を占領し結界を張り、また龍脈にくさびを打ち込むことで、気の流れを断つという風水上の戦略が、丹生谷攻略の上では欠かせないと思っております」

「し、しかし、風水など……」

「使えるものは何でも使うべきであると私は考えております。陰陽寮はすでに各地の寺社に戦勝祈願を依頼し、東寺には大元帥法を修することを命じました」

 大元帥法は外患からの防衛や逆賊の調伏に用いられる真言密教の秘法である。高野山金剛峯寺にも依頼していたが、これは断られていた。紀伊半島南部は南朝勢や丹生谷に同情する勢力もあり、前者は熊野や吉野、後者は高野山がその代表であったのだ。これは、みどりさんが決起に先立ち紀伊半島で修業を重ねたことが理由の一つであった。

「どうぞ私の意をくんでいただくことを期待します」

 そう言って陰陽頭は自分の名札のおかれた席に腰を下ろした。

 結果として作戦が一部加筆されて採択された。祈祷師の中から、戦闘にはおよそ向かないだろうと思われる人物ら――おもに高齢の神官や僧侶であるが――を選別して、太龍寺と室戸岬に向かわせた。ここをぐるりと結界で囲んでしまう。そして龍脈が通っていると思われる地点も作戦の対象となった。これはもっと簡単であった。爆薬で地面を掘り返したのである。

 かくして丹生谷の霊的防衛ラインは切り崩されつつあった。8月14日の総攻撃に向けて、各部隊は準備を進めたのであった。

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