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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第10-11日 8月12日-13日
126/151

第123話 市ヶ谷

 8月12日のことである。

 昨日の乾門におけるテロについて、どこも犯行声明を出していないものの、ニュースを聞いたすべての人間が丹生谷政権によるものだと疑っていた。みどりさんが東京駅で目撃されたという噂が広まると、それは確信に変わった。都内には続くテロへの警戒のため機動隊が出動し、各地で検問が行われていた。政府はさらに第一師団を出して治安維持にあたらせるという噂もあった。

 浮足立つのは防衛省である。第14旅団がきちんと反乱を初期で鎮圧出来ていたらこんなことにはならなかったのに、しかも内務省の介入を許している。沽券にかかわる事態である。

 そんな中、統合幕僚監部運用局に所属する塩山二等陸佐は突然、吉見防衛大臣の呼び出しを受けたのである。

 統合幕僚監部は諸外国で言うところの総参謀本部であり、陸海空三軍の共同運用の作戦を立案し統括するために作られた機関である。運用局はその作戦運用の全般において取り仕切る。塩山二佐は、作戦立案に参画している人物であった。

 運用部長や統合幕僚長ならともかく、防衛大臣とは。何事かと急いだ彼は、ドアの前で汗をぬぐうと、扉をノックした。

「塩山二等陸佐、入ります」

 扉を開けると彼は驚愕した。いたのは防衛大臣だけではなかった。統合幕僚長も同席している。それともう一人自衛官――階級章からは1佐だとわかった――と、スーツの壮年男性、そして着物を着た若者がいた。

 塩山は防衛大臣に敬礼した。

「ああ、きみが塩山くんかね」

 防衛大臣は覇気のない声で言った。昨日からほとんど眠れておらず家にも帰っていないのかもしれない、ワイシャツのしわが気になる。

「そうです、大臣、お呼びでしょうか」

「君の作戦立案を見たんだよ。たしかに君の言う通り、我々は、はじめ思い切って部隊を動かせなかった。だから戦力の逐次投入となってしまい、昨日の悲劇を招いた。それに対し君は陸海空の戦力を投入し一気に鎮圧せよという。これは一考に値する」

「恐縮です」

「それでどうだろう、ちょっと行ってきて、部隊を指揮してきてくれないか」

 そんな無茶な、と塩山は思った。

「小官が、ですか」

「そうだ」

「いえ、小官が指揮など……」

「日露戦争の時、乃木将軍が旅順を落としかねている時、児玉源太郎は出向いて行って203高地を落とした。そういう風にできないかね」

「いえ、小官は2等陸佐です。第14旅団長とは2つも、そして昨日徳島に入った第3師団長とも、中部方面総監とも、3つも階級が違います。乃木将軍も児玉将軍もどちらも大将でした。それとはわけが違います」

「なら陸将を派遣しよう」藤見統幕長がそこで口を開いた「貴官はその下で存分に腕を振るいたまえ」

 すなわちお飾りの司令官を置くから、それを陰で操れというのである。

 もちろんこういうことが前例がないわけではない。たとえば第一次世界大戦東部戦線におけるタンネンベルクの戦いでドイツ第6軍を指揮したのはルーデンドルフであったが、彼はこの時少将であり軍司令官となる資格はなかった。そこで代わりに退役していたヒンデンブルク大将を現役復帰させお飾りの司令官としたのである。この戦いでドイツ軍はロシア軍の戦線を押し戻すことに成功した。

「逸見陸将を派遣しようと思う」

 逸見陸将とは副統幕長である。運用部長も中将相当であるがしかし彼は海将であった。地上部隊がメインである以上、陸自出身者を差し向けるのが良いと思われたのである。

「そういうことでしたら謹んでお受けいたします」

「では午後には出発してもらう。そして彼らとともに作戦を詰めてもらいたい」

 そう言って真っ先に反応したのは、一等陸佐であった。彼は敬礼すると官姓名を名乗った。

「鹿島教導隊隊長、鹿島駐屯地指令、橘一等陸佐です」

 塩山は敬礼を返しつつ思っていた。鹿島教導隊だって。あの時代錯誤でうさん臭い研究をしている連中じゃないか。

 すると今度は青年が頭を下げた。

「陰陽寮第二部部長代行、土御門智明です」

 塩山はひっくり返りそうになった。陰陽寮だって? 次いでスーツの中年の男性が答える。

「内務省警察庁警備局特別公安課長、雪村警視長です」

 やはり内務省か、と思った。

「では、よろしくたのむよ」大臣は言った。

「あの、伺ってもよろしいでしょうか」

「なにかね」

「このご三方と一緒にということですが、いったいどういう関連が……」

「この三人は、貴官の先輩にあたる」

「ええと、確かに、橘一佐は先輩ですが」

「そういう意味ではない」統幕長は言った「彼らの部下が、先に徳島入りしているのだ」

「えっ」

 とすれば噂は本当であったのが。反乱軍には信じられないことだが、呪術師がいるという。それに対して政府も呪術合戦を繰り広げているというのである。

「では会議室を用意しているので」

 統幕長にそう言われ、塩山は退室した。残り三人とともに別室に移る。

「うちの部下がふがいないせいで、申し訳ない」

 開口一番に橘一佐が頭を下げたので、塩山は慌てた。

「いえ、一佐、そんなことはやめてください」

「安西の馬鹿がきちんとしていれば」

「それはうちも同じです」雪村警視長が言った「和田がきちんとしていれば」

「それは私から謝罪します」土御門氏が頭を下げた「あんなのを特公に出して」

「いや、事態が呑み込めないのですが、ええと、すれば内務省と自衛隊の共同戦線、そして呪術部隊は本当にあるのですか」

 塩山がそう言ったのに対して、橘は答えた。

「それは本当だ。信じたくもないものだが、今、徳島では自衛隊・内務省の部隊と反乱軍が呪術合戦をしている」

 橘はそう言って黙った。他二人も押し黙ったままだ。

 塩山は思った。ああ、これは落とせないわけだ。内務省も、文科省もそう言っている。事態の打開を図るのは、容易いことではないのだろうと、そう思うのであった。

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