第121話 出迎え
我々は車を政庁の駐車場に停めた。ほうほうの体でたどり着いた我々を出迎えたのが、美嘉であった。
「よう無事でいてはったな」
彼女はそう言った。いつもの似非京都人らしい厭味ったらしい言い方であったが、しかし目にはうっすらと涙が浮かんでおり、おそらく本心から出たものであろう。
しかしみどりさんはもちろん元から美嘉のことを好いていないせいなのか、涙に気が付かなかったのか、それを皮肉と受け取っているようだった。
「何が無事なものですか。こっちは死にかけましたよ。さっきも検問所の兵士に撃たれたんです」
「それは災難でしたな」
「とんだことです」みどりさんは不満そうに言った。
「で、そっちが協力者いうわけか」
美嘉は我々の後ろにいる、車酔いでグロッキーになっている小泉さんを指さした。
「ええ、そうです。彼女のおかげでいろいろ助かりました」
「小泉さん、いわはりましたかな」美嘉は小泉さんに話しかけた「協力に感謝させてもらいます」
「ええ、ありがとうございます……」小泉さんは青ざめた声で答えた「あの、どこかで横になりたいのです」
「なら役場の中にベッドがあります。中入って言うてもろたら案内してもらえますわ」
「そうさせてもらうのです‥‥‥」
小泉さんはそう言って政庁の中へとふらふらと入っていった。
「さて、それでやけれど」美嘉は我々の方に向き直った。「例のモンは……」
「もちろん持って帰ってきています」
みどりさんは車から木箱を取り出した。両手で抱えている。美嘉はそれを恭しく受け取った。そしてふたを開けて中身を確認した。
「間違いない。草薙剣や。よう取り戻してくれはった」
そう言って美嘉は頭を下げた。そんなことを美嘉にされるとは思っていなかったみどりさんは驚いた。
「そ、そんな頭を下げることは……」
「いえいえ、では早速これを黒瀧の行宮に運びます」
「そうしてください。その、弟は……主上はいかがですか」
「息災や」
美嘉は短くそう答えたが、しかしその声色がやや震えていた。
「本当にですか」みどりさんは聞き返す「本当に何もないんですね」
美嘉は答えない。みどりさんは美嘉を睨むようにして言った。
「何かあったんですね」
「……これは公表されてないことやけれども、3日前から主上は寝込んではる。襲われてから……」
「襲われた? 誰に?」みどりさんが悲鳴に似た声を上げた。
「崇徳院の怨霊や。東京の政府は、そんなもんまで持ち出しよった。それに主上が襲われはって……」
次の瞬間であった。みどりさんが美嘉につかみかかっていた。
「みどりさん!」
私は彼女を制止しようとしたが、しかし武術は彼女の方が上である。すぐ後ろに突き飛ばされた。
「それもこれも、全部あなたのせいではないですか」みどりさんは叫んだ「あなたが、弟に安徳天皇の霊なんて下ろしたから狙われているんです。あの子は何も悪くないのに!」
「それは仕方なかったいう話はしたやろ。それでなかったら誰が即位するんや」
「霊を下ろすこのに何の意味があったんですか!」
「ウチらだけでやっとったんでは、安徳帝の御霊も浮かばれへん。招くんが道理ちゃうんか」
「でも、でも……」
みどりさんは泣いていた。そして膝をつくようにゆっくり崩れ落ちた。
「弟しかもう身内はいないんです。それが、それが……」
「みどりさん、大丈夫です、きっと」
起き上がった私は後ろから彼女を抱きしめた。普段なら嫌がるそぶりを見せるだろうが、このとき彼女はそんなことはなかった。私の腕に身体を預けていた。
美嘉はその時何を思ったかはわからない。が、しかし剣を持っていくように言おうと顔を上げた時、その顔がひどく曇っていたのを覚えている。
「……ほなうちは行かせてもらいます」
美嘉はそう言って立ち去った。みどりさんが我を取り戻し、私に支えられながらゆっくりと立ち上がってその場を後にしたのは、さらに数分後のことであった。




