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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第10-11日 8月12日-13日
122/151

第119話 和歌山

 私とみどりさん、それから小泉さんは白衣(びゃくえ)に菅傘、輪袈裟、そして金剛杖という姿になる。どこからどう見ても巡礼者である。

 それに加え、みどりさんは細長い桐箱を抱えていた。かつて剣山でみどりさんが抱えていたものと似ている。

「それは?」

 私が尋ねるとみどりさんはこともなげに答えた「軸のケースです。宝剣を隠すために買いました」

 なるほど、たとえば納経軸を高野山までもってきて表装してもらうというのはよく聞く話である。白衣の遍路装束を着てそれを背負っていれば巡礼者にしか見えない。これで相手の目を欺くことができる。なんという冷静で的確な判断力であることか。

 だが問題がある。

「その髪の色では目立ちませんか?」

 そう、ご存じの通り、みどりさんは東京に潜入した時に変装と称して髪をブロンドに染めてしまっていたのである。

「それも何も問題ありません。そもそも若い女性が髪を染めているくらいよくあることでは?」

「そ、そうですが……」

「どうしてもというならヘアカラースプレーで染めます。というより、南朝勢は私ではなくあなたに用があるので、むしろあなたが変装した方が」

「なんにせよするなら急いで」千曲さんが言った「早くここを出た方がいいわ。さっきから、怪しい視線が時々あるわ」

「吉野方の間諜ですか?」

「わからないわ。でも、ばれるのも時間の問題でしょうね」

「なら仕方ありません」みどりさんは言った「もうこのまま出発します。我々はバスで高野山駅に移動した後、ケーブルカーで極楽橋まで下ります。そこから南海電車で橋本に出て、そこからJRで和歌山に出ます。千曲さんと松代さんは、なんとかして大阪方面に逃げてください」

 二人は頷いた。

「武運を祈ります」みどりさんは言った。

 我々は中の橋のバス停からケーブルカーの駅行のバスに乗り込んだ。中は巡礼者や観光客でいっぱいである。ほどなくバスは駅に着いた。

 極楽橋までケーブルカーで下り、そこから南海電車の各駅停車に乗り込んだ。電車は森の中を抜けていく。そしてやっと拓けたところが九度山である。列車は紀の川を左に見ながら進み、紀の川を渡ったところが橋本であった。

 列車はこのまま北上して終点難波へと向かうわけであるが、しかし我々はここで降りた。先にも書いたようにここから和歌山線で和歌山へと向かうのである。

 ただしこれは一般的な経路ではない。和歌山に向かうのならこのまま南海高野線で堺あたりまで出て、そこから和歌山へと南下するのが安いチケットがある。それにこれに徳島にわたる南海フェリーの代金を合わせるとお得なチケットが出ているのである。

 だが、そうだからこそ我々は南海とJRを乗り継ぐ経路を取ったのである。

 30分ほどするとJRの電車が現れた。和歌山行の各駅停車である。我々はそれに乗り込んだ。列車は最新型の227系1000番台、ローカル線にも関わらず、クロスシートではなくロングシート構成である。

 我々は並んで腰を下ろした。列車はすぐに発車する。

「ひとまず脱出はできましたが、まだ油断はできません」

 みどりさんは仕込み刀の杖を握る手に力を込めた。

「まあ、しかし相手もこんなところでは大捕り物なんてできないでしょう」

 私が言うとみどりさんは、ふうとため息をついた。

「わかりませんよ。場合によっては電車を襲撃してでも取りに来るかも」

「そんなアクション映画みたいな」

「いまさら何を言っているんですか」

 みどりさんはそう言うと、じぶんでもおかしかったのか、ふふ、っと笑った。

 さらにその向こうを見ると、小泉さんが寝息を立てていた。無理もない、昨日から一睡もせずにここまで来ているのである。私も眠りたかったが、しかしそういうわけにはいかなかった。警戒を怠るわけにはいかなかったのだ。

 1時間程度の旅だった。電車は終点和歌山駅にたどり着いた。小泉さんを揺り起こし、電車を降りた。

 もう時間は昼前であった。朝もまともに食べていないため腹が減っていた。われわれはとりあえず駅前にあった牛丼屋に入った。小泉さんはかたくなにチーズ牛丼を食べるべきだと主張していたが、そんなことにかまわず私はカルビ丼、みどりさんは牛丼を食べていた。

 その後バスで和歌山港まで移動した。13時過ぎ、我々はフェリーに乗り込んだ。

 13時40分、フェリーは港を離れた。昔の記憶に反して、船は揺れが多かった。テレビを見ると、台風が南の海上にいるらしい。数日のうちに本土へ到来するという。

 2時間ほどうとうとするうちに船は徳島港に着いた。降りた我々は、旅立った数日前とは異なったピリピリした空気を感じた。

 戦争の空気だった。徳島はもはや、緊急事態宣言の下にあった。阿波踊りのシーズンだというのに、人々は活気がない。

 我々はバスに乗って徳島駅に向かった。大きな駅ビルと椰子の木、そして百貨店を失い活気をなくした駅前が、我々を出迎えたのであった。

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