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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第10-11日 8月12日-13日
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第117話 逃走

 私が先の様に南朝の遺臣らに取り囲まれていたころ、みどりさんたちは別室に軟禁されていた。

「うう、申し訳ないのであります、小生が捕まってしまったばかりに」

 小泉さんが泣きそうな声で言う。一方みどりさんはかりかりと苛立っていた。武器も、宝剣の入ったケースも奪われていたからだ。

「いったいこれでは意味がないではないですか。我々が必死の思いで取り戻した宝剣を、あろうことか奪われるとは」

「まあ彼に期待しようよ」松代さんが言った。彼女は畳の上に横になっていた。「その口で説得してくれるかも」

「期待などできるもんですか。彼の舌なんて飾りです」

「こんな目に合うなら関わらなければよかったわ」千曲さんがぼやいた。「なんとかして抜け出す手段はないのかしら」

「武器をすべて取り上げられたのではどうしようもありません。たとえばなにか刃物であれば話は別ですが……」

「あら、刃物があればいいのかな?」松代さんがむっくりと起き上がった「じゃあ何とかしよう」

 彼女はスカートの中に手を突っ込んだ。そしてややあって、親指ほどの大きさの濡れた小さなカプセルが出てきた。

 中を開けると、そこにはカッターナイフの刃を折ったものや、マッチなどが入っている。

「ちょ、ちょっとそんなものどこに隠していたのよ」

 千曲さんが訊ねると、松代さんはにやりと笑った。

「全裸道時代に培った技術だよ。人間には、全裸であっても物を隠すことができるスペースがある。女ならもう一つ多い」

 千曲さんは開いた口がふさがらなかった。みどりさんと小泉さんは顔を真っ赤にした。

「警察なんかに捕まる可能性もある以上、全裸道は競技中にこういった小道具を用意しておいた方が安全なんだ。さあ、刃物だけれど、これをどう使うのかな」

 みどりさんはそのカッターナイフの刃の破片を恐る恐る摘まみ上げた。いぶかしそうに見つめる。たしかにそれはカッターナイフの刃には違いなかった。

 みどりさんはその破片を2つ、両手で包んで印を結んだ。そして不動明王の真言を唱えた。

 みどりさんはすっくと立ちあがると、襖に近づいた。

「瑠璃、珊瑚、話したいことがあります」

 襖の外で、4人の監視を任されていた二人の式神に呼びかける。

 すうっ、と襖が開いた。

「どうしたのかな」「ついに降参する気になったのかな」

 二人の姿が見え、彼女らがそう言った時である。

 みどりさんは二つの破片を即座に二人に向けて投げつけた。直後、二人は強い重力に惹かれたように崩れ落ち、床に張り付けられたように這いつくばった。そして再び印を結んで真言を唱える。

「ノウマクサンマンダ・バザラダセンダ・マカラシャダ・ソワタヤ・ウンタラタ・カンマン!」

 カッターナイフの刃を真言により一時的に破邪の剣とし、式神を拘束したのである。不動金縛り術の変法であった。

「な、なにこれ」「体が動かないよ!」

「悪く思わないでください」みどりさんは言いながら部屋を飛び出す。同時に瑠璃の手から鎌を奪い取っていた。小泉さんらもその後ろに続いた。

「何の騒ぎだ!」

 物音を聞いて男がやってきた。すかさずみどりさんはその喉元に鎌を突きつけた。

「私たちの荷物を置いているところまで案内してください」みどりさんは言った「この鎌が見えるでしょう」

 男は脂汗を流していた。横目で見れば、頼みの綱であったはずの式神が打ち倒されている。

「さあ、どうなんですか」みどりさんは鎌を握る手に力を込めた。

「は、はい、わかりました!」

 男に、ほかの選択肢はなかったのである。


***


 私は、そのときなおも則房卿や楠翁と相対していた。彼らは私をなんとか翻意させ皇位を宣言させようと急き立ててくる。

 ふいにどたどたと部屋の外が騒がしくなる。なんだと思った次の瞬間、部屋の電気が消えた。

 闇の中で何かが倒れるドン、という音。叫ぶ声。そして私は不意に腕を引かれていた。

 誰かがライトをつける。

 私の隣にはみどりさんが立っていた。みどりさんが部屋の襖を土足で蹴破り入って来ていたのだ。手には、仕込み刀の杖を持っている。

「準備できているよ!」外から声がした。松代さんの声であった。

「走って!」

 みどりさんは私の腕を引く。そしてそのまま縁側から外へと飛び出した。みどりさんは靴を履いていたが、私は素足である。外で待機していた松代さんが靴を投げてよこしてくれたが、履いている暇などはない。そのままエンジンをかけているハイエースに飛び乗った。

 ハイエースの中では千曲さんと小泉さんが待っていた。千曲さんがハンドルを握っている。小泉さんは後部座席で、宝剣の入ったギターケースを抱えていた。私とみどりさんが飛び乗った後、松代さんが滑り込むと、扉が閉まるより先に、車は走り出した。

「いったいどうやって?」私は尋ねた「どうやって抜け出したんですか」

「話は後、落ち着いてからです」みどりさんは言った「追ってきます」

 後ろを見ると、南朝派の人々も車を繰り出してこのハイエースを追いかけてきている。

「今どっちに向かって走っているんですか?」私は尋ねた。

「ええと……」松代さんがスマホを見て言った「南だね」

 そしてその画面をボクに見せた。国道168号線を南へと走っていた。

「それじゃあ徳島からは遠ざかる一方じゃないか、これを走っても新宮に抜けるだけだ」

「どこかで西に折れればいいのね」千曲さんが言う。

「そうです……あっ、ここなんてどうですか」

 私が地図をスクロールして一つの道を指さした。それを見たみどりさんも、松代さんも頷いた。

「次の角で右に鋭角に切り返して!」

 松代さんが叫ぶ。千曲さんがハンドルを切った。

「次を左!」

 松代さんが再び叫ぶ。私は後ろを見た。もはや追ってくる車は見えなかった。

 空が白み始めていた。車は国道から県道へ、そして林道へと入っていた。

 1台ばかりのみが抜けられる幅の道を走ること1時間、やっと開けたところが見えてきた。左手に大きな駐車場が見えたので、車はそこへと入った。

「あ、あの、もしかしてここって……」小泉さんが恐る恐る呟くように尋ねた。

 朝日が駐車場と道路を挟んで反対側にある巨大な灯篭と石柱を映し出す。石柱にはこう掘られていた。『南無大師遍照金剛』と。

「そう、そのもしかしてです」みどりさんは言った「私も何度も訪れた場所。まさかこのような形で来ることになるとは思いもしませんでしたが」

 私も深々と頭を下げていた。追っ手をまき、ここまで来れたのは、まさしくこの場所のもつ力と福徳によるものだと思ったのである。

 我々は奈良県五條市賀名生から、南へ、西へと山道を抜けた。そして、県境を越えていた。

 そしてそれは吉野や熊野にも勝るとも劣らない霊界であった。

 我々が今いるこの場所こそ、真言密教の総本山にして生と死の交差する場所、高野山奥の院であったのである。

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