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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第10-11日 8月12日-13日
119/151

第116話 賀名生

タイトル2文字縛りをやめました。

 私たちを乗せた車は山の中を走り続けた。おそらくもう日付が変わっているころであろうが、どこであるかは見当もつかない。窓からは真っ暗な外しか見えないのだ。

 あの時私は楠翁の「帝たれ」の発言を拒絶した。同時に何者かが首筋に手刀を入れた。気が付いたときには、縛られて車に揺られていた。

「陛下、ご無礼をお許しください」運転席から声がした「こうするより他ないのです」

 私は何か言おうとしたが、猿轡の様にタオルを口に噛まされていた。周りを見るとみどりさんたちも縛られて乗せられているようだった。

 どれほど時間がたっただろうか、闇の中で車が止まった。

「つきました」運転手が言った。

 そして横のドアが開いた。私は言われるままに降りた。猿轡を外される。

「ここはどこだ」私は聞いた。

賀名生(あのう)にございます、陛下」楠翁が闇の中から答えた「南朝の皇居にございます」

 皇居、と呼んだが目の前にあったのはヘッドライトに照らされた古民家である。導かれるままに家へと上がる。みどりさんたちは別の棟に連れて行かれた。

 通された和室の奥まったところに上座があった。私はそこに座るように言われた。

 我々を連行した人々が居並ぶ。そして一斉に平伏した。

 私が戸惑っていると、一番近い右端にいた老人が顔を上げてこちらにいざり寄った。髪の毛がふさふさであった。

「わたくしは北畠則房と申します。ここ、賀名生の朝廷では大納言と呼ばれております。まずは、手荒な真似をいたしましたことをお詫び申し上げます」

「お詫びなどはいりません。とにかく私たちを解放してください」私は言った「我々は徳島に戻らなくてはならないのです」

「それはできません」則房卿は言った「あなた様は今や南朝の帝としてここに戻られたのです。宝剣を手にされて。ならば、あなた様が南朝の皇位につかれなくてはならないのです」

「もう南朝は滅んだのです!」

「いえ、正当なるは南朝にございます。そして今ここに、小倉宮家のご子孫がおられます。ならば、どうして滅んでおりましょうか」

「……熊野別当から聞いたんですか」

「その通りでございます」

 やはりか、この事実を知るものはあの場所にいた者だけだ。しかし、となると……

「丹生谷から逃げ出した熊野別当が、情報を伝えた、と」

「左様にございます」

 やはりか、と思った。戦闘のこともそうだが、熊野別当が逃げ出したことも自分たちは聞かされていなかった。おそらくこちらを動揺させないため、また通話を傍受されないために無線封鎖をしていたわけであるが、しかし疎外されている感はある。

 だが、仲間は仲間である。それごときで寝返るわけはない。

 すう、と息を吸い込むと言った。

「私は自分が南朝皇族小倉宮の子孫であることも知っています。そして南朝復興を掲げる勢力がいまだ健在であったことも熊野別当から聞きました。しかし私は彼にもきっぱり言ったんです。自分は天皇になる気などない、と」

「畏れながら申し上げます」楠翁が言った「それは陛下のわがままにございます」

「なんですと?」

「南朝復興は我ら皆の悲願。そして南朝の、大覚寺統の子孫であらせられる限り、帝となる義務があるのです!」

「そんな勝手な!」

「ですがそうなのです。陛下がいらっしゃる限り、我々は立つより他はないのです」

「そうなれば、天下は3つに……」

「そうです。天下は3つに割れ、八州は疲弊します。まさしく危急存亡の(とき)です。そのような時だからこそ、君臣ともに身も心も一つとして、戦いに臨まなければなりません。我々はその覚悟があります」

「私はそんな器ではない」

「卑下なさいますな。それに、我々が命を懸けようとしているのは、陛下、あなた様によるものではないのです。ひとえに、陛下が後醍醐天皇の血筋を引いており、偉大なる帝に報いんとするからです。緒将は準備ができております。陛下が命令くだされば、すぐにでも兵を起こします。そしてその働きが足りぬとあらば、臣をお切りください。ですが、後醍醐帝の遺志をないがしろにされますな!」

 楠翁はそう言って頭を下げた。私は面食らっていた。その迫力に、言葉も出なかった。

 なんとかしてここを脱出し、みどりさんたちと徳島に戻るしかない。そう脂汗を流しながら思うのであった。

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