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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第9日 8月11日
116/151

第113話 敗戦

 奈良井連隊長は狼狽していた。失神せんばかりであった。

 那賀戦闘団が敗北した。そればかりではない。殉職者も出たというのである。戦闘中の殉職者は自衛隊設立以来初であった。

 殉職者3名、重傷者53名、戦闘中行方不明者36名。その他軽傷者は数えられず。

 これが那賀戦闘団の被った損害であった。

 衛生科が展開させた病院天幕と野外手術システムはフル稼働していたが、これは初期治療のためのものである。集中治療が必要な人間はより後方に送られる。初療を終えた自衛官らは、オスプレイに乗せられ世田谷の自衛隊中央病院へと運ばれていく。三角巾で骨折した左腕を吊るした自衛官が敬礼してそれを見送っていた。

 抜刀隊の状況は様々だった。初療は自衛隊の医官により行われたが、へリコプターで一部は大阪の警察病院へと搬送された。また重傷者の一部は小松島市にある日赤病院へと陸路搬送された。

 奈良井連隊長は和田に食って掛かった。

「なんだこれは、敗北ではないか」彼は叫んだ「勝算は強いと言ったのは、どこの誰だ」

「戦闘に損害はつきものですよ。我々も痛手を負いました」

「にしてもなんということだ、私は……」奈良井連隊長は頭を抱えた「自衛隊初の戦死者を出してしまった……」

「もとより覚悟できていたでしょう」安西は言った「少なくとも我々はできています」

「我々は祖国を守る組織です! 日本人同士殺しあうのは、我々の職務ではありません」

「国家の安定を守ることには変わりません」

 連隊長はしかし、狼狽えているわけにはいけなかった。被害報告を上げないわけにはいかなかった。部下のメンタルケアも必要である。実際、死者を出した中隊の中隊長が自殺未遂を犯していたのである。

 安西は別のことを考えていた。幸いにして鹿島教導隊からも、特別公安部からも死者は出ていない。だが抜刀隊も第14旅団も壊滅状態である。とすれば別の部隊が送り込まれてくるだろう。鹿島教導隊も、特別公安部もこの反乱の鎮圧に成功できていないわけであるから、もちろん発言権も主導権も失う。それは実験的に作られたこれら2部隊の運命を左右することでもあるのだ。

 和田も同様に考えていたが、しかしもともと文官であった彼は別の思いもあった。

 ここまで手ひどく部隊を退けられ、死者まで出たのだ。内閣が吹き飛んでもおかしくない。それに東京には丹生谷から水澤肇と浅葱みどりが潜伏している。何か動きがあるはずだ、と思っていたとき、胸騒ぎに似た感覚が彼を襲った。瑠璃と珊瑚が何かをしているようだ――そう思った直後であった。彼の天幕に金城香子が飛び込んできた。

「大変です、東京で事件です」

「事件?」

 彼は振り向いた。金城さんは息を切らせて言うのだった。

「ええ、皇居乾門前で、宝剣が奪取されたようです!」

 

***


 岸倍内閣総理大臣は皇居への参内を終えて首相官邸に戻ると、すぐに防衛大臣に連絡を取った。殉職者が出たことはまだ公表すべきでないこと、新たな攻勢に向けてほかの部隊を送ることなどを相談した。そして内務大臣と警視総監に乾門の事件についての捜査状況の報告を求めた。そしてまだ犯人が確保できていないことを知ると、さらなる強権発動を要すると考えたのである。

 決断は早かった。ネット上で乾門事件について様々な憶測やデマが広まる中、8月11日夜、首相は緊急事態宣言を発動する予定だと速報が流れた。場所は首都圏1都3県、および徳島県と高知県。状況に応じて地域は追加されるとされた。

 そして伊丹の第3師団、習志野の第一空挺団が移動を始めたという情報が伝わると、政府は自衛隊を動かして戒厳令を敷くつもりではといった情報が流布した。もちろんこれは誤りであり、二つとも丹生谷鎮圧への増援であった。だがデマを信じた多数の国民は、スーパーやドラッグストアに殺到した。一瞬にしてトイレットペーパーやコメが店頭から消えた。

 8月11日夜、第3師団が阿南に入り、第一空挺団は徳島空港に待機した。

 徳島市内も緊張感に満ちていた。

 例年、8月12日から15日の間、徳島市では阿波踊りが行われる。これは徳島県最大の観光収入であり、貴重なイベントである。しかし丹生谷の反乱が始まって以降、ツアー客のキャンセルが相次いでいた。そして8月11日夜、政府から連絡を受けた徳島市と徳島県は、阿波踊りの中止を発表した。

 もちろん市民や商工会はこれに猛反発した。是が非でも敢行するという声明を実行委員会が出すが、県は警察を繰り出してこれを実力をもって排除すると発表した。かくして翌8月12日、市民と警察の衝突が生じることとなるが、それはまた別の話であるのでここでは詳細には書かない。

 かくして事態は新たな局面に至りつつあった。私がまだ山梨県の山奥にいるうちに、状況は刻々と変化を遂げていたのであった。


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