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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第9日 8月11日
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第106話 放流

「どういうことですか」旭さんは叫んだ「ダムは占領できたはずでは……それに仲間も巻き添えに、ってあれ?」

 旭さんは重要なことに気づいた。そう、先ほどまでいた敵船がいなくなっていたのだ。他の隊員も気づいている。

「まさか幻術……!?」

「いいえ、妖気の類は一切感じられません」安西は言う。

「あれを見てください」金城さんが空を指さす。皆が空を見上げた。

 一機のドローンが飛んでいる。双眼鏡で安西が見上げる。それにはプロジェクターがぶら下げられている。

「しまった、プロジェクションマッピングか!」安西は言った。丹生谷は霧に映像を投影していたのである。「やられました……」

「中隊長、そんなこと言っている場合ですか! 流れと水かさが……」

「たしかに」安西は言った。開いた水門からは次々と水が流れ出し、大きなしぶきをあげて視界をかき消す。最大で放水量は毎秒5000トンに及んだという。船は勢いで大きく揺れる。

「船を岸に寄せてください、降りて戦闘を……」

 そう言った瞬間、船の左右で水しぶきが立つ。

「両岸から撃たれています!」金城さんが叫ぶ。

「言われなくてもわかっています! 各員、自己の判断で撃ってよし!」

 機銃を岸の上に向ける。左岸(船から見れば右)に連射すれば、崖の上で誰かが倒れ、右舷からの射撃は弱くなる。かわりに左舷側からの射撃は苛烈さを増す。しかし距離があるので当たらない。

 船はなんとか左岸に着岸した。武器を抱えて船を降りる。直後、船が流された。傾きながら下流の岩に乗り上げる。

「被害状況は……」

「船はあそこに流されました。人的被害はありません」分隊長が言う。

「金城さん、奈良井連隊長に連絡を。押し流される危険性があります」

「ただちに」

 金城さんは即座に式を打ったが、しかし、それが飛び立った直後、空中で爆ぜた。

「狙撃ですか!?」

「いえ、あれは普通の弾では落とせません。落とせるなら、破魔矢か、または銀の弾丸……」

 金城さんはそう言いながら双眼鏡で両岸を眺めた。崖の上に、巫女服を着た女性を認める。手には弓を持っていた。

「旭さん、あの崖の上の人を弓で射てください」金城さんは言った。

「わ、わたしがですか」

「他に誰がいるんですか。さあ、早く」

「銃の方がいいじゃ」

「銃で撃ったら即死するかもしれません。あれは幹部です、生け捕りにしたい。それに相手が呪術を使うのであれば、破魔矢かなにかでなくては」

 旭さんはそれ以上質問をしなかった。彼女は矢をつがえ弓を引き絞る。狙いを定めてひょうと射る。

 矢はひゅんとまっすぐ目標に飛ぶかに見えた。しかし哀れなるかな、ダムの放水の風圧で矢は流される。

「ちょっとどこ狙って撃ってるんですか」金城さんは言う。

「ごめんなさい、でも……」

「皆さん、口げんかしている暇はありませんよ」安西が言った「水かさが増してきます。和田くんが何かをしくじったのは明らか。幸いにしてダムは目の前です。いまからここを這いあがって占領に行くのです」

「本気ですか!」

「いたって本気」

 見れば目の前に作業用の道と思われる細い道が河原から崖の上の国道へと延びている。そこを駆け上がるよう安西は命令を出した。もちろん封鎖されているが、分隊長が号令を出しライフルで守備兵2人を打ち倒す。

 するとその道をふさぐように、中型トラックが一台突っ込んできた。坂に停車する。後ろの荷台から影がすっと車の前に飛び出す。

それは一瞬だった。軍服を着て、片眼鏡(モノクル)の女だ。そう機銃手が気づいたとき、彼はすでに小野塚優花里によって打ち倒されていた。

「まさか」安西は開いた口が塞がらない「弾の雨の中を抜けてくるとは」

 だが呆けているわけにはいかない。安西はすぐ抜刀し迎撃姿勢をとる。間合いを詰めてきた相手に対し刀を振り下ろした。

 瞬間、天地が反転した。背中から河原の砂利の上に叩きつけられる。首元に刀が突きつけられる。小野塚さんは、刀を振り上げる。

 その時だった。ひゅん、と彼女の耳元を何かが飛び去った。とんできた方を見る。

 旭美幌が、弓を構えていた。

「手を離しなさい!」彼女は肩で呼吸をしながら言った「次は当てますよ!」

 そして金城香子がじりじりと歩み寄る。彼女が武器として持っていたのはテインベーローチンである。亀の甲羅の盾と短槍を持っていた。他の隊員もライフルを構える。

「そうされては仕方ないですね」小野塚さんは刀を捨てるようなそぶりを見せる……見せたのであったが。

 直後、ライフルを構えた一人の方に刀を投げていた。

 隊員はそれをライフルの先で払い落とす。そして再び構えなおそうとしたときには小野塚さんは間合いに入っていた。そのまま担ぎ上げられ、投げられ、銃を奪われる。

「撃て!」

 分隊長は残りの隊員に言ったが、しかし弾は当たらない。弾雨の中を突っ込んできたかと思うと、瞬く間に銃床で殴られ昏倒する人間が3人。

 合気道の開祖である植芝盛平は満州で馬賊に撃たれた際、弾丸を避けることが出来たという。それに彼女の専門である心理歴史学を組み合わせれば、自ずと相手がどこを撃つか、そして弾がどうとんでくるか予想できるのである。まことに武術の極意と現代科学の織り成す技である。

 3人目を打ち倒し、体勢を立て直そうとした瞬間、小野塚さんの目と鼻の先を槍がかすめた。見れば金城さんの短槍が目の前に突き出されている。銃床で殴りかかろうとしたのを盾で受け止める。また槍を突き出したが、小野塚さんはそれを受け流した。

 安西は、その間に起き上がり刀を拾い上げていた。金城さんに加勢しようと刀を構えた次の瞬間、足元に矢が刺さった。

 旭美幌も同様だった。なんとか加勢しようと矢をつがえた瞬間、矢がすぐわきに打ち込まれたのだ。

「そこまでや」

 坂の上の方から声がした。見れば弓を持った巫女服の女性が立っている。

 斎部美嘉であった。

「武器をすてなはれ。降伏するんやったらこれ以上殺傷はせえへん」

 彼女は呼びかける。

「どっちのセリフだか」安西は言った「反乱軍はあなた方ですよ」

「あんたがたの作戦は失敗しとる。奇襲も失敗や、これ見てみい」

 そう言って美嘉は坂の上に一人の少女を連れ出してきた。彼女は、胴をむしろで巻かれ、右足を引きずっていた。後ろからは銃を突きつけられている。

「卜部りん!」安西が叫んだ。

「すいません、隊長、捕まってしまいました!」卜部りんは叫んだ。

「まさかあなた方、彼女をこの濁流の中に……」

「人聞き悪いな。そんなことせえへんわ」美嘉は言った「やけど、あんたらがまだ抵抗するようやったら、あんあたらには容赦できまへんな。まあ、どっちみち水かさがもうすぐ増して来たら、そこも沈むんやけれど」

「神祇伯、加勢は無用です」小野塚さんが言った「3人くらい、私一人で相手できます」

「それはそれは、ではやってもらいましょうか。降伏する意思はなさそうやし」

「あなたなどに命令されなくても」

 そう言いながら彼女はライフルに着剣する。

 その時であった。岩場の方からざぶりと音がした。何かが打ち上げられたのだろうかと思うと、濁った水の中から男が姿を現した。

 彼は水を吐いた。そして、それから顔を上げて周りを見回した。

「あれ、これどういう状況かな? もしかして間が悪い?」

 ダムの放流で水かさと流れのスピードが増した川から現れた男――和田博行はそう呟くのであった。

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