第105話 反撃
船の舳先に据え付けられたのは年代物の62式機関銃であった。鹿島教導隊が持ってきたものである。
鹿島教導隊も刀や護符以外の武器を持たぬわけにはいかない。その設立の際に火器を新規に調達しようとしたところ、財務省から横やりが入り、ほかの部隊が武器の入れ替えを口実に廃棄しようとしていたこの銃を引き受けることになったのである。
財務省曰くまだ使えるとのことだが、そんなもの言いはもとから使えるものに対して成り立つのであって、62式はとにかく使い勝手の悪い銃で有名であった。すぐジャムを起こすので単発機関銃と呼ばれたり、かと思えば暴発したりトリガーから指を離しても発砲が止まらなかったりする言うこと機関銃などと呼ばれていた。
それが抜刀隊の有する機関銃であったのである。
「中隊長、本当に撃っていいんですね」分隊長が確認した。
「そうです」安西は言った「敵は反乱軍です。ただしまずは当てないように。いきなり殺したとなっては世論が何か言うかもしれません。あとは状況次第です」
その下知を聞いて、分隊長は言った「機銃、目標前方の敵船やや手前、連射。撃て!」
直後、シュパパパパという射撃音。カラカラと船底に薬莢が落ちる音がする。同時に遠くでパシュパシュパシュと素早い水音が立った。
相手は霧の中へと退いていく。
「撃ち方やめ」分隊長は言った。
「船を前へ」安西は命じた。操舵手が船を前に進め、さらに霧の中を進んでいく。
両岸からの砲火はない。水位も変わらない。
丹生谷側も船を下ろしているということは、敵が水門を開き自分たちを押し流そうとする可能性は低いように思われた。それに霧が濃い。両岸から砲撃などしては、友軍誤射のリスクもある。
そんな時である。霧の向こうから何かが飛んでくる。
「鳩……?」旭美幌は呟いた。確かにそれは鳩であった。
鳩は、安西の肩に停まった。鳩の足に結びつけられた手紙を安西は読んだ。
「金城さん、式を飛ばしてください」安西は言った。
「式ですか」
金城さんはユタであるから陰陽師が使う式神の使役は本職ではない。といっても、陰陽寮では全員が通信手段として必ず身につけなければならないのである。
「ええ。和田君からの連絡です。障害はクリアー。後続の部隊を前進させてよいだろうと」
金城さんはそれを式に込めると、後方へと放つ。式神はやはり伝書鳩に化けて遠ざかる。
伝書鳩は霧と結界を抜け、後方の第2祈祷師小隊へと届いた。それはすぐに奈良井連隊長の下に届く。彼は抜刀隊と第14旅団を統括する那賀戦闘団の司令官となっていた。
奈良井一佐は前線からの連絡をまずは信じられずにいた。相手はすでに2度の攻撃を跳ねのけているのである。こんなあっさりいくものか。
慎重を期してまだ軍を進めない旨を伝えると、第2、第3祈祷師団から意見が上がった。安西一等陸尉が嘘を伝えてくるとは信じがたい。妨害に合わず式を打てたということは、橋頭保が確保されたようなものである。それに、ここで軍を進めなければ分断される恐れもある。
奈良井一佐は渋ったが、再度障害がないことを伝える連絡が霧の向こうから届いたとき、彼は意を決した。
第2、第3祈祷師小隊、それに続いて普通科連隊に前進を命じたのである。
祈祷師小隊は船の上に山車を乗せていた。もともとは陸路で侵入するときのために作られた山車であるが、船で侵入するため船上に据え付けているのである。中からは絶えず読経の声が聞こえてくる。船尾には誘導灯を取り付け後続する部隊の道案内をしている。祈祷師戦車の改良型、シャーマン・ファイアフライであった。
第2祈祷師小隊は式を打ち返し、部隊が前進を始めたことを前線に伝えた。
「慎重なのも困りものですよね」安西は奈良井を評して言った「まあでも進んでくれたのです。相手を追撃して遡上しつつ、もうすぐダムを抑えるでしょう和田君と合流しましょう。進路ヨーソロー」
「ヨーソロー」操舵手が答える。
「陸自もその号令使うんですか」旭さんは尋ねた。
「一度言ってみたかったんですよ」
霧がまた濃くなる。霧の奥に再び丹生谷側の船影が見えた。
分隊長が双眼鏡で相手を目視する。
「中隊長、敵は目前です。撃ちますか?」
「もっと奥までナビしてもらいましょう。霧の中です。あれを追っていけば、ダムまでたどり着けます。そうすれば和田君と挟撃ができます」
そう言った時であった。船は突然として霧を抜ける。
目の前に突如としてダムの堤体が現れた。堤高85メートル、貯水量約五千万平方メートルを誇る丹生谷ダムである。徳島県下最大の、重力式コンクリートダムだった。
そうそうたるダムの登場に旭さんは感動していたが、しかし任務を忘れるわけにはいかない。
「ええと、このまま」
「むろんです」安西が言い返した「進んで開放するしか道は……」
その時であった。ゴーっという音が響き始めた。
丹生谷ダムの放流だった。丹生谷を攻める部隊に対する、反撃が始まったのだった。




