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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第9日 8月11日
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第102話 月下

 背後では湯の滝が音を立てて流れ落ちている。湯気が湯面から立ち上り、月に暈がかかったように見える。しかしその光はあたりの状況を照らすにはほどよく、あたりの様子はおぼろげながらわかる。

 そう、逆に言うとおぼろげにしかわからない。おぼろげではなくはっきりとわかっていたら大変なことになっていたに違いない。

なぜなら私は今、4人の女性とともに、混浴露天風呂に入っているからである。

「ねえ、もうちょっとこっちに寄りなよ」

 湯気の向こうから松代さんが声をかける。シルエットのみ見える。

私は4人とは離れたところで湯に身体を浸していた。そうれもそうである。近づいて女性の裸体など見えた日には私のあれがああなってしまうかもしれないのである。そうなっては、おそらくみどりさんに切り殺される。彼女は防犯だと言って自身の刀と宝剣の入った楽器ケースを温泉のすぐそばまでもってきていたのだ。

「いや、僕はこっちでいいですよ」

 私はそう答えた。

 そう言って岩に身体を持たれかけていると、向こうから誰かが近づいてきた。

 松代さんの実力行使だろうか、そう思っていたが、違った。

 近づいてくる影は、月明かりでも顔を判別できる程度になる。それはみどりさんだった。湯から肩から上を出している。顔はなんだかか赤かった。

「みどりさん!?」

「そ、その、こっちの方がなんだか落ち着くような気がしましたから……」

 彼女はそう言って私の隣で身を岩にもたれかからせた。

 これはまずい、じつにまずい。

 湯は透明である。月明かりでもわずかに彼女の体のシルエットはわかる。

 とにかく耐えるしかなかった。別のことを考えて、彼女の身体に気を取られないようにしなくてはならない。そんなことであれがああなっては一巻の終わりだ。

「ねえ、ふたり、仲いいねえ」松代さんが言った「もうヤったの?」

「!?」私とみどりさんに衝撃が走る。

「ああ、それは小生も本当に気になるのであります。あのラブホテルで本当は何が行われていたのか……」

みどりさんは真っ赤になりながらざばっと立ち上がった。

「何も行われてはいません! わたしと肇さんはそんな関係ではありません!」

「そうです、そんな関係では‥‥‥」

 私もそう言ったとき、ごくんとつばを飲んだ。

 そこにはみどりさんの裸体があった。濡れた身体が月光を受けて明るくなる。

 彼女のそれにすぐ気づいたらしい。

「きゃっ!」

 と叫ぶと、両腕で胸を隠して、湯に潜った。

「おーっと、必死だねえ、ますます怪しい」

「ちょっと葵、それ以上はセクハラよ」

 いや、これでも十分セクハラだろうが。私は言った。

「そもそも、まだ出会って日が浅いんです。そんな関係になるような時間は」

「そ、そうです」みどりさんも言った「ええと、出会ってから、今夜で……」

 彼女はこちらを振り返った。

「今夜で……何日でしたっけ」

日日並(かがな)べて夜には九夜(ここのよ)」私は答えた。「日には、明日で十日です」

 ほお、と感心したようにみどりさんは頷いた。

「案外優秀ですね。政権奪取ののちには東国造に任命します」

「つつしんでいただきます」

 それを聞いていた松代さんは爆笑した。

「ははは、そうだね、そう、確かにその会話はカップルじゃない」松代さんは言った「カップルじゃないけど、でも、その仲はたった10日のものとも思えないね」

「何度も死線をくぐった仲なのであります。小生はそう聞きました」

 確かにそれはそうである。2日目から式神に殺されかけたり、ヘリで山へと飛んだり、また官軍への攻撃に参加したりした。そして皇居前でのあの宝剣強奪である。吊り橋効果で距離はぐっと近くなる。というかここ数日ずっと一緒にいる。仲良くならない方がおかしい。

「ま、まあ、仲良くしてあげていることは否定しませんけれど」

 みどりさんがそう言った。すこし私はむっとした。

「なんですか、その『仲良くしてあげている』って」

「命令で一緒にいるんです。そうでなくてはこんな性欲モンスターと……」

「誰が性欲モンスターですか!」がばっと私は立ち上がった「一体いつ僕が何を……」

 そこではっとした。

 ちょうど彼女の顔のあたりに私の腰があった。彼女の目の前に、私のアレがぶらんぶらんとゆれることになる。

 彼女は固まった。そして、

「きゃあっ!!!」

悲鳴を上げると同時に、私に平手打ちを食らわせた。私は湯の中に打倒されて、しぶきをあげたのであった。


***************


 風呂から上がると、服を着て車に戻った。そしてあらかじめ買ってきてくれていたコンビニのおにぎりなどで夕食をとる。携帯用ガスコンロもあったため、お湯も沸かせたので、カップ麺も作った。

 私はカップ麺とおにぎりを受け取ると、もともと駐車場であったと思われる広場の一角に落ちていた丸太の上に腰を下ろした。温泉で温まった身体に、夜風が心地よい。

 麺をすすっていると、車の方からみどりさんが歩いてきた。

「となり、座ってもいいですか?」

 彼女は言った。

「えっと、もちろん、いいですけれど」

 私が答えると、彼女も丸太の上に腰を下ろす。彼女はパンを持っていた。

「さっきはごめんなさい。つい殴ってしまいました……あの二人にもちょっと怒られました」

 彼女はしゅんとして言った。

「いいですよ、気にしていませんから」

 私は言った。たしかにひりひりするが、それはそれで心地よい。

「それにしても、よくここまで来れましたよね。一時はどうなることかと」

「ええ、本当に。私一人ではどうにもならなかったでしょう。本当に、感謝しています」

「いいえ、そんな感謝されるほどのことは。足手まといにならないだけで精一杯で」

「いいえ、本当に感謝しています」

 彼女はそう言って空を見上げた。私も空を見上げる。

 月は山の端にかかりつつあった。

「月がきれいですね」

 みどりさんは言った。

「ええ、本当に」私は答えた。「月がきれいですね……月がきれい……あっ」

 私がそう繰り返して呟いたとき、みどりさんも私と同時に悟ったらしい。顔を赤くして、両手をぶんぶんと否定するように振る。

「ち、違うんです。その、月がきれいですね、というのは、月がきれいだな、とおもったということで、月がきれいと言うことなんです!」

 彼女はそう言う。もちろんおそらく他意なく発せられた言葉であろうから、もしここで私が「死んでもいいわ」などと言ったなら、彼女はさらに恥ずかしさに狼狽えながら「なら死ね!」と切りかかるかもしれない。私もそう言うことはよくわかっている。

「そうですよね、月が、きれいですからね」

 私はそう呟くのにとどめたのであった。


 さて、食事を終えて車に戻ると、シートが倒され、寝袋が用意されてい。明日は夜明けよりも早くここを出て、状況を確認しつつ甲府もしくは塩尻まで送るとのことであった。

 標高も高い山の中であるためかそこまで蒸し暑いことはなかった。昼間の仕事で疲れていた私は、目を閉じると瞬く間に眠りに落ちたのである。


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