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丹生谷王朝興亡記  作者: 淡嶺雲
第9日 8月11日
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第99話 逃走

 丸の内北口から東京駅へと駆け込んだ我々は、改札を通ると、お盆の帰省ラッシュでごったがえしている人混みをかき分けながら、1番線へと階段を駆け上がった。

 逃走経路は先に美嘉から送ってもらったメールで決めていた。おそらく目立ち警備も厳重となるだろう東海道ではなく、甲州街道を経由して甲府そして信州から名古屋に抜けるのである。

 ホームにはちょうど高尾行きの中央特快が停まっている。

「これです、これに乗りましょう」

 みどりさんはそう言うと電車に飛び込む。もちろん私もそれに続く。

 空いている席がないか探していたところ、発車ベルが鳴った。そこへ、

「ま、待つのであります!」

 と叫びながら息を切らせて小泉さんが飛び乗ってきたので我々は驚いた。なぜか右耳にだけイヤホンをつけている。

 彼女の後ろでドアがぷしゅーと閉まり、電車は発車した。

「小泉さん、いったい……」

「一体も何もないのであります、小生を置いていくとは、けしからんのであります。それに、これに乗るとは、あまりに軽率な行動ではないですか」

「どういうことでしょう、これは十分に考えていて……」

 私がそう言おうとしたとき、彼女は近く寄るように仕草をした。

 耳を彼女の顔に寄せる。

「これを聞くのであります」

 そう言うと、彼女は自分のイヤホンを私の耳に入れる。中から聞こえてくるのは雑音ばかり。みどりさんにも聞かせる。

「これは?」

「警察無線なのです。ザーッという音が増えていますし、隣の所轄から流れてくる電波も通信量が増えているのです」

「つまり?」

「おそらく事件発生として動員がかかっているのです。中野や、八王子方面からの周波数でも通信量が増えているので、高尾に着いた瞬間お縄かもしれないのです」

「それはまずい」

 確かにそれはそうである。もちろん我々の仕業であるとすぐにばれるわけではないが、しかし丹生谷の勢力が都内に入っていることは当局も承知しているのだ。ならば西へ逃げるはずだとして、東海道方面はもちろん、東京西部でも検問を強化するだろう。

 だが、どうして鉄道も警備が強化されたと分かるのだろうか?

「鉄道警察隊の周波数でも通信が増えているのです……あっ、JRの鉄道無線が入りました……これも通信量が多いですね」

「じつにまずい」

 なお解説しておけば警察無線はデジタルであり、傍受できても復元はできず内容を知ることはできない。復元したりしようとすれば犯罪である。しかし周波数はわかっているので、通信の有無は知ることができる。これを応用したのが車載のネズミ捕り警報器である。またそれを聞けば雑音の音の大きさなどで、どれくらい通信で会話がなされているかわかり、会話が多ければ多いほど大事件だと推察できる。

 なお鉄道無線は西日本ではアナログのところも多いが、東京ではデジタルに置換されており、こちらも内容の傍受は困難である。

 そしてなぜ小泉さんがこんなものを持っていたかと言うと、彼女が言うにはジャーナリスト魂のなせる業だという。いち早く事件を察知して現場に駆け付け取材するのだという気持ちが彼女を無線好きとしたらしい。なお役に立ったことは一度もないらしいが。

「結論としてどうしましょう、このまま乗っていて、鉄道の警備が薄いことにかけるか、それとも……」

 それをみどりさんはさえぎって言う。

「高尾まで行くというのはリスキーです。なんとかほかの手段で甲府へ出れませんか?」

「そんな無茶な、ほかに道なんて……」

 そう言ったとき私のスマホが震えた。美嘉からのSMSであった。

『えらいことになっとるな』

 どうやら彼女も事件の発生を知ったらしい。ツイッターで多くの人がツイートしているしテレビで速報も流れたようだ。

 そして何より、さる筋から情報が入ったという――みどりさんはある程度顔が割れている。東京駅で我々を見て、それと気づいた誰かが、中央線のホームへ向かっていたと通報したのだ。そう言えば確かに変装用のサングラスはしていなかった。髪を染めていてもわかる時はわかるのであろう。

 これは一大事である。このままJRに乗っていたのでは危険なのだ。そして我々が立川や高尾方面へ向かっているのはバレバレである。

『いまどのあたりや?』

 美嘉からさらにメッセージが来る。

『四ツ谷を過ぎたところ』

 私は返した。

『なら新宿でJRを降りたらええ。中央線はあかん』

 そして走り書きされた新しい逃走経路が出てくる。

 それはこういうものだ。新宿で西武新宿線に乗り換える。小平で乗り換え(時間によっては直通もあるが)、これでJR中央線を経由せず立川の西にある拝島まで行ける。だが拝島は中央線の路線ではない。立川で南の八王子方面と北の青梅方面に路線が分かれ、その路線と北から下ってきた八高線が交わるところが拝島なのである。そしてここからさらにJRに乗り換えて、八高線で南へと向かうのではなく、なんと青梅線で奥多摩を目指せというのだ。奥多摩につけば、協力者が出迎えてくれるという。

「なかなか無茶苦茶な乗り換えですね……」

「だがこれが安全なのでしょう」

 みどりさんがそう言ったと同時に電車は新宿駅に着く。電車を降りて西武鉄道の乗り換え口へと向かう。みどりさんはいつの間にかマスクをつけてサングラスを装着していた。

「そういえば」私は振り向いて言った「小泉さん、どうするんですか、このまま……」

「逃避行を取材できるチャンスなんてないのです」彼女は言う「ついて行くのであります」

「でも佐久君はどうするんです?」

「あれはあれでいてしっかりしているのです、お姉ちゃんがいなくても大丈夫なのです……大丈夫? なのですか?」

「いきなり気弱にならないでください。そうですね……うん、保護を頼めそうな人ならいますけど」

 ああ、とみどりさんが頷いた。

「千秋さんですね」

「そう」

「誰なのですか、それは」

「この人の元カノの姉です」

「だから元カノじゃないって言ってるでしょう……連絡、後で入れておきますから」

 そんな会話をしているうちに西武新宿駅の改札をくぐっていた。目の前に頭端式ホームが現れる。ちょうど拝島行きが停車していた。

 それに乗り込み、空いている席を探す。声がした。

「お兄さん、ここ、空いているよ」

 聞いたことある声だった。見ればいたのはゴスロリ服の少女二人組。瑠璃と珊瑚である。

 ロングシートに腰かけ、隣の空いているスペースを指さしていた。

「お兄さんたち、ひどいよ。私たちのこと置いて行っちゃうんだから」

 そういえばそうである。いや、私としてはしっかりみどりさんが回収したものだと思っていた。二人は車のドライバーと、そしてそれにはねられた哀れな少女役をこなしてくれたのである。まさか使い捨てのように取り残すわけもない。

 わけもないのであるが。

 みどりさんは二人を見るなり、ぎょっとした顔になっている。

「まさか捨ててくるつもりだったの、お姉さん」

「私たちがホテルで邪魔したこと、根に持ってるの?」

「ちょっとその話を詳しく」小泉さんがずい、っと身を乗り出す。

「そ、そんなことはどうでもいいんです。ま、まさか仲間を捨ててくるわけないではないですか」

 みどりさんが言う。若干声が裏返っているような気がするがきっと気のせいであろう。

「まあでも、二人も追いついてくれてよかった。いなくなったとなっては、貸してくれた彼に申し訳が立たないし。本当にありがとう」

 私はそう言って二人をねぎらおうとする。二人はにこにこしながら手を差し出した。

「ねえ、仕事のご褒美に、お小遣いちょうだい」

「『ありがとう』ではご飯は食べれないんだよ?」

 前言撤回。とんだ銭ゲバメスガキどもである。しかたないので5円玉を差し出す。式神も神の一種なら、お賽銭は5円と決まっている。

「ふざけているの?」

「お金くれないと通報しちゃうよ」

 二人は顔を引きつらせてそう迫った。いや、さすがに5円はダメだったか、5円は。

 仕方ないので千円札を1枚づつ二人に渡した。とりあえずはそれで二人は手を打ってくれたらしい。

「まあでも、こうやって私たちがいると目立たないかな?」

「目立つよね」

 お金を懐にしまった二人はそう言う。確かにそのとおりであるのは間違いないので、みどりさんが呪文を唱えると、二人はもとの人形にもどった。

 もちろんすべて電車内の出来事であり、公衆の目につくロングシートでの出来事だ。だが突然二人の姿が消えたことに驚く人物はいなかった。おそらくは瑠璃と珊瑚はおそらく我々以外には姿を見えないようにしていたのだろうし、我々の会話していることも認識できていたかどうかはわからない。

 さて、そうして乗り継ぎと座席の確保に成功した我々であるが、そこからは本当に奇跡のように警察の影を見ることはなかった。拝島駅でも警察には遭遇せず、そのまま青梅線、奥多摩線と乗り継ぎに成功した。

 そして日が西へと傾き山々の稜線を侵し、空にはピンクやオレンジ色の雲がかかるころ、我々は奥多摩駅へと降り立っていたのである。

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