第98話 襲撃
宝剣奪取については、私個人の働きについて語るより、俯瞰的に語った方が読者の皆さんの理解にはよいだろう。であろうから、いまここではもちろん私の意見も混ぜながらも、できるだけ時系列通りに話を進めたいと思う。
8月11日午後2時5分、書類の予定よりも5分遅れて乾門が開かれた。
中から姿を現したのは某和菓子屋のトラックであった。側面にでかでかと勤皇の言葉が通常は書かれているが、さすがに皇居に搬入するためのトラックはそれを塗りつぶしており、何の変哲もない大型トラックにしか見えない。
警官の誘導により門を出たところを左折しようとしたときである。一台のハイブリッド自動車が代官町通りを猛スピードかつ蛇行運転で突っ込んできた。乾門前のカーブで減速しきれなかった車は、そのままいったん歩道に突っ込んだ。
周囲から悲鳴が上がった。
「子供が轢かれたぞ!」
「赤い服の女の子だ!」
道路わきから声が聞こえてくる。しかし車は止まらなかった。そのままわずかに向きを変えると、はねられた赤いゴスロリ服の少女はそのままに、今度はトラックの側面へと突っ込んだのである。
トラックはさすがに質量差があったので横転はしなかった。しかし弾き飛ばされるように車体は横にスライドし、煙を上げた。停止したトラックからは、即座に運転手が二名降りてきて、車体から上がる煙を見るや、逃げるように遠ざかる。
しかしハイブリッド自動車も猛スピードで突っ込んだはずなのに、大破はしていない。エンジンルームが壊れて、動かなくなっていたものの、ドアは変形しておらず、中の人間に致死的な影響があるようにも思われない。
しかし中からだれも降りてこないのである。
「あの車の運転手は何をしているんだ!」
「降りてこないぞ」
「品川ナンバーだ。上級国民か?」
などといった声が野次馬から飛んでいる。
乾門前の皇宮警察は、まずは宝剣を守るべきであったかもしれない。しかし、目の前でもう一つの事故――赤い服を着た少女がはねられた――があればそちらの救助を優先せざるを得ない。無線で応援を頼むと、すぐに少女の方へ駆け出したのである。
そこでやっとみどりさんと私の出番であった。
物陰に潜んでいた我々は、野次馬に紛れるように近づくと、警察や周囲の視線がはねられた少女の方を傾注している――中にはスマホで写真を撮っている者もいた――ことを確認すると、煙に包まれるトラックへと近づいた。
なお、もちろんこの煙は偽装などではない。本当に火がついて煙が出ていたのである。
本当に大丈夫なのかと念を押した私に、みどりさんは秋葉権現の札を渡してこう言うのだった。
「心頭滅却すれば火もまた涼し」
いや、それは大丈夫ではないだろう。そんな私の反論も聞かず、みどりさんは煙の中へと躍り込む。仕方なしに私も続く。一酸化炭素中毒で倒れないことを祈るばかりである。
煙を抜けた先にあったのは、トラック後方の荷台である。扉は当然のことながら、閉じられている。
みどりさんはその閂にお札を張り付けた。
「これがマスターキーです」
そう言って呪を唱えれば瞬く間に閂は爆ぜ、扉は自動で開いた。
みどりさんは中に飛び込む。私も飛び込もうとしたが、中の光景をみて固まってしまった。
中では、置かれた木箱の蓋が勝手に開いており、一振りの銅剣が――そう、宝剣・草薙剣が――空中に浮かび上がっていたのである。
私は神話を思い出していた。そうだ、あのとき、焼津の野で鞘より自ら抜けた剣、それが草薙剣であるのだ。
剣が何を感じ取ったのか分からないが、しかし、剣は反応していたのだ。
みどりさんも一瞬息をのんだが、しかし冷静であった。剣を手に取ると、布でぐるぐる巻きにする。これは保護のためだ。そして背に抱えるギターケースにそれを入れた。
さて、読者諸氏はギターケースなどで本当にいいのかと思うだろう。しかし案ずるなかれ――我が国の楽器ケースは要人が中に入っていても気づかれないくらいに機密性に優れている。これほどまでに宝剣を入れるのに適した容器はない。
いまここで、突入にはみどりさんだけでよく、お前は、水澤肇は必要ないのではないかという声もあるだろう。しかし私ももちろん裏で仕事はしている。発煙筒をばらまいて、作戦隠蔽のため、とにかくスモークを焚きまくっていたのである。
やがて予定にないオイル漏れが起こって、あたりは火に包まれていた。
みどりさんは、楽器ケースを抱えて出てくる。
「さあ、退出しましょう」
みどりさんはそう言うが、周囲は一面火の海、脱出も困難である。私は半ばわめくようにみどりさんに言うが、しかし彼女は背中に負うギターケースを指して言うのである。
「焼津の野で焼き討ちより守った剣です。我々も守ってくれます」
そう言ってにっこり微笑むと、みどりさんは私の手を引いて駆けだした。私も彼女も念のため摩利支天の真言を唱え続けていた。
我々が煙を抜け、再び雑踏に紛れた直後、トラックが爆発した。やがて遅れて救急車や消防車がやってきた。
しかし振り返る余裕はなかった。我々はそれを見てあっけにとられる一同をよそに、東京駅方面へと駆けだしていたのである。もちろん、途中木陰で服装を変えて、であるが。
さて、ここからは余談ではあるが事故の犯人と犠牲者ははっきりとしなかったということである。
なんでも、結局降りてこなかったハイブリッド自動車の運転手は車の爆発後骨も見つからず、轢かれた少女も、救急車に乗せられた記録まではあるものの、いつも間にか忽然と姿を消していたという。
そして何よりも、トラックの運転手を含め、報告されたけが人は一人としていなかった。
不思議な事件であろうと、世の人々は噂しあったのである。




