第1章 8 不穏
「最近また物騒になりましたね…」
「だなぁ…。特にこの写真とか見てみろよ?ルイズ。このQBなんて内臓空っぽだぞ。」
「…っ!本当ですね。新型でしょうか?」
後日、俺がいつもの通りラビットのロビーに行けばダンが持つ新聞を囲むように主要メンバーが集まっていた。
ルイズが淹れるコーヒーの湯気がその中心でゆらゆらと揺れ、不思議な空間を生み出している。
どこか騒ついているメンバーに不思議に思い俺も近寄った。
俺が近づくと最初に気づいたシリルが駆け寄ってきた。
「リオー!聞いたか?っていうか、見たか!?新型のQB!!」
「新型?」
その単語に眉をひそめる。
新型のQBなど、ここ最近出てきてはない。新型の発見なんてあればすぐにそれに対応すべく研究チームが組まれライオンの調査隊が出向いていそうなものだ。
しかしこちらにはそんな知らせもなければ動きもない。いたって静かでいつもと変わらない日々だ。
QBは主に獣型、蟲型でたまに突然変異したような両種を掛け合わせたような奴がいるくらいだ。
その姿形も元々地球上にいた生物に酷似していることもあり、性格や性質もなんら変わらないという結果がある。
例えば狼と似ているQBがいればそれは群れで行動する、といった感じに。
「隊長ー!その新聞もう一部ないっすかー!」
「おぅ!あんぞ!オラッ」
くるくると弧を描いて丸められた新聞がシリルの手に収まる。
紐を解いてシリルが新聞を広げると一面にその新型(仮)のことが載っていた。
肝心の新型の写真はなかったが、無惨に食い殺されたQBの写真が一面を飾っている。
きれいに皮と骨だけ残して後は食い尽くして、まるで綺麗に魚を食べる人のようだ。
…なんていうか、お行儀がいいというか。食べる、ということに対して他のQBのように食い散らかすということをしていない。
何とも奇妙な写真だった。
しかし、相当腹が減っていたようで、大型の獣型QBをごっそり三頭は食っている。
そのQBには見覚えがあり、ライオンにいたときよく相手にしていた。
そいつを食い殺すなんて…。
「な?やべーだろ?」
「そうだな、こんな奴が新しく本当に出てきたんだとしたら…今のライオンでも相手できるかわからない。」
「げっ!?マジで!?…あの、レイルさんでも難しいのか…。」
それほどの相手だとは思っていなかったのか、俺の言葉に周りが一斉に静まりかえる。
…だが、俺の言葉にもそんなに信憑性はあまりないと言えるだろう。
なぜなら、俺のレイルの記憶は6年前で止まっており、今のレイルの実力はおろか…ライオンの実力さえもあまりわかっていないからだ。
ただ、当時のライオンの実力で考えるとこれほどの相手は難しいということだけはわかる。
シンと静まり帰った部屋にパンっとダンが手を打った。
「まぁ、俺たちは闘うことのない相手だろう。この話は終わりだ。仕事にかかるぞ!」
「ういー…」
ダンの一言でその場がお開きになりそれぞれが持ち場に移動していく。
俺も行こうとしたとき、ダンが俺に声をかけてきた。
普段それほど言葉を交わさないだけあって何となく身構えてしまう。
「リオ、少しいいか?」
「…なんだ?」
そして、一気に小声になりすばやく内容を告げた。
「ライオンのミーヤさんがお前を呼んでいた。このあとすぐに、出頭しろ。」
「!!??」
驚きで固まる俺をよそにダンは気さくに笑う。
そして、口パクで…
復帰かもな
と言った。少しどこか寂しそうで、だけどホッとしたように笑うこいつは本当にいいやつなんだと改めて思った。
「おいっ!リオー!何ぼさっとしてんだよ!仕事いくぞー!!」
「急かすんじゃありませんわ!リオ様を待つことくらいできないんですの!?」
いつものメンバーの声が遠く聞こえる。
その2人にダンが俺は今回は他の仕事に宛てたと説明していた。
そう、むやみやたらにライオンの名前など出せないのだろう。
俺はチームメイトに振り返ることもできないまま、その場を後にした。
ライオン________
俺の過去が一番輝いた時であり、一番落ちぶれた場所。
あれから一切顔を合わしていないが、どうなっているだろうか?
死刑ななりそうだった俺を救おうと奔走した6年前のアイツらの顔がよぎる。
何通かメールが来ていた時もあったが、俺はなぜかそのメールを返信せずに消去した覚えがある。
中身も見ていないから内容もわからない。
ただ、攻められないあたり、そんな重要なことではなかったんだろう。と勝手に位置付けた。
そんな、過去の小さなことをなぜか今さらになって後悔しながらラビットのロビーを後にする。
すぐに出頭といってもこんな端っこの街から王都にまで行くにはどう頑張ったって数日かかる。
早くて3日だろうか。
…街間を移動する手段としてはシュデルという乗り物を使うことが一般的だ。
※シュデルとは決められたレールの上を決められた区画のターミナルに止まりそこで人を乗り降りさせるもので、大衆が長距離移動するときに使われる。
下の街から上の街に行くには検問を通らなければならず、その手続きが面倒でこの上ない。
まあ、コンクエスターの任務とあればそれは必要もないことなのだが。
俺は簡単な荷造りをすべく足早に談話室を後にした。
…その時背中に感じた視線には振り向かなかった________________
※シュデル…簡単にいうと電車です。街の中にも小さなシュデルが走っていてそれはバス的な役割を果たしています。