第1章 7 憧れの的
「まーた、街の警備かよ!ちっくしょォ…なめやがって…」
「ラビットだからな、仕方ないだろ…」
「そうですわっ!諦めなさい、クソうさぎ!!!」
「なんだとッ!?今なんつった!!??」
シリルのぼやきからエリカとシリルがケンカを始める。
いつもの光景。
街中をギャーギャーと騒ぎながら歩く様子は街の市民から見たら滑稽極まりないだろう。シリルの生活に税金が使われていると思うと無性に頭を下げたくなってくる。
別にケンカをすることを悪いと行っているわけではない。
ただ…
「俺を挟んでケンカをするのはやめろ。」
「何だよッ!?リオおまえ、エリカの味方すんのか??!!」
「当然ですわ!リオ様ですもの、話がよくわかっていらっしゃる!!」
「ハァア?勘違いしてんじゃねーよ!!いつリオがお前の味方してるっつった??」
「…」
ため息はもう出切った。
朝から騒がしいラビットは笑えるほど仕事がない。
特にラビットには遠征なんてコンクエスターらしい仕事など滅多に舞い込んでこないのだから。
自分がライオンにいたときとは随分勝手が違って驚いたものだ。ライオンにいると暇さえあれば3マンセルや隊を組んで少しでも要塞都市、ランシティの回りにいるQBを殺すことが日常だった。
街の警備なんて誰がやっているのかさえわからなかったほどだ。
むしろコンクエスターがやっているとは夢にも思わなかった。人の相手は人が…騎士団もいるんだし適当に警備隊の人間がやってると思っていたのだ。
しかし、警備隊の事情もなかなかで万年人員不足。対処しきれないことから手の空いている下っ端コンクエスターにも警備隊の仕事がこうして回ってくる。
「ちぇっ…たく、つまんねーなー。
…あっ!なぁ、なぁっ!リオっ。外部遠征ってどんな感じなんけ!!??」
街の巡回中、シリルが目を輝かせて俺の顔を覗き込んでくる。
それは純粋な憧れと興味だった。
下っ端のコンクエスターはまず大規模遠征やQBが侵入した際まず戦力外と見なされ一般の市民とともに避難命令が出される。
ラビット以下のコンクエスターはQBと相対じするには力が弱すぎるのだ。
しかし、一般人よりかは確かに怪我の治り方も力も上だ。だから警備隊とともに街の治安維持に貢献しているのだが…
命のやり取りという行為を体験したことのないシリルは遠征という響きになにか魅力を感じているようだ。
いや、シリルだけではない。
大抵の低級コンクエスターはQBと戦うことに憧れを抱いている。
コンクエスターという称号は正義の証。
人間に仇をなすQBに対して唯一対抗できる戦力なのだから…憧れ、実践に出ることを夢見ているコンクエスターは多いだろう。
そんなシリルの隣でエリカは物騒だと肩を震わしている。
まぁ、一般人はこれが相応の反応というものだ。
コンクエスターはデイティーが誇る人間兵器、戦場で死に、命ある限りQBを駆逐するために生かされている存在。
数十年前に『セカンドコンクエスター』と称して生まれ落ちた後、ある程度成長した人間にインセイルを投与してコンクエスターを生み出す技術が実装され割と今では高確率でコンクエスターになれるようにもなった。それでもまだまだ失敗する場合が多くて差し迫った事情や生きていくために自らセカンドコンクエスターになる者が多いが…。
ファーストコンクエスター、俺のような者に比べたらやはりセカンドコンクエスターは力も治癒力も下だ。だからそこ女で、しかもライオンのNo.2に君臨しライオネスとまで呼ばれるミーヤが規格外すぎるのだが…
さっきから騒いでいるこのシリルだってセカンドコンクエスターだ。
ファーストの目から見たらセカンドなど甘ちゃんばかりの、イメージしかないためか同じようにシリルにもそんな目を向けてしまう。
俺たちコンクエスターには理不尽な死という結末しか用意されていない。
それをこの幼馴染はどこまで理解しているのだろう?
命をかけてQBを殺すことに憧れを抱いているこの幼馴染は本物の戦場を知らない。
QB王都侵入事件のこともコイツらは戦力外と見なされ一般の市民とともに早々に避難命令を受けたはずだ。
だから、あの惨劇を体験したこともない。
いわゆる平和ボケしている。
ふと、俺の頭にリィの笑顔がよぎった。
「…。シリル」
「なになに!!」
「軽々しく口にしない方が良い。」
「えっ…ぁ…」
脅したつもりはない。
ただ、現実を言っただけだ。
少し前までは白い高級住宅街、ルリア(白の都)と呼ばれたそこも一瞬で焼け野原と化し、あたりは生き物の焼ける匂いと人々の叫びがこだました。
そんなことも知らないヤツは確かに遠征というと英雄のような甘い響きであこがれを抱かせるのだろう。
「…だ、だよな…ごめん。俺」
「…いい。」
俺の様子を見て少し怯えたシリルが歩調を緩めて俺の背後に下がる。
振り向くとバツが悪そうな顔をしたシリルが申し訳なさそうに顔を下げていた。
…なんだ、俺のが罪悪感を感じる。
「…遠征は、地獄だ。
だが、それは強さで補える」
おずおずとシリルが顔を上げ俺を見返す。
「俺は…あの時…の俺は…弱かった。」
だが、強くなれば関係ない。
弱肉強食。
まさにこの世界はそれそのもの。
強さこそが正義。
今の食物連鎖はQBが頂点に立っているが、俺がその上をいけばいいだけのこと。
簡単な話だ。
「ははっ。リオが弱いんだったら俺はどうなんのよ?…そっか、強さか。俺にはまだまだ先の道のりねぇ…」
少し顔に明るさが戻ったシリルが俺を抜かして先頭を歩く。
その背中をぼんやりと見ていたら俺の服の袖を引っ張られるような感覚がし、振り向くとエリカが心配そうにこちらを見ていた。
ああ、そうか…シリル以前にこのお嬢さんは何も知らない、一般人だ。
エリカにとっては本当に突拍子もない話だっただろう。
ゆっくりとエリカの手をほどいてやり頭を軽くぽんぽんと撫でる。すると少し安心したように息をつき、無言で腰に抱きついてきた。胸下に埋められた頭をゆるゆると撫でてやる。
なぜか、今回ばかりはこの少女を無理やり引っペがす気にはなれなかった。
「おーいっ!リオーっ、エリカー!!さっさと行くぞぉっ」
「あぁ、行くぞ。エリカ」
「はい」
ひときわ一度ギュッと力を込められたかと思うとエリカは走ってシリルの下に行った。
俺もゆっくりとした足取りではあるが、二人の跡を追う。
どうか、もう二度とこんな平凡を失うことがないように。
自分の手のひらを見つめてギュッと力を込めて握った。
ライオンであった自分にできること…
限りになく少ないが何一つないわけでもない。
坂の上で手を振るエリカとじれったそうに待つシリルを見て思った。