第1章 6 日常
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白儀リオの朝は毎日同じだ。
ミネラルウォーターを一気に半分ほどまで飲みほし、コンクエスト=ラビットの幹部専用制服に着替える。
丁寧にワイシャツまできっちりとアイロンまでかけてある。ピシッとシワのないように伸ばされたシャツに腕を通し制服を着こなす。昔から変わらず自分のことは自分でしていたとだけあって家事全般をこの男はできるようになっていた。
黒を基調としたピシッとしている制服。体のラインに合わせて一人一人に幹部には特注で作られる。それは扱う武器によりけりでその人に合った動きやストレッチ性が重視される。
リオはこの制服を好んで着る。単に私服を考えずに済むということもあるのだろうが、この黒がメインに扱われたシンプルな出で立ちか気に入っているのだろう。
制服に着替え終え、洗面所で冷たい水を頭から被る。ポタポタと雫がリオの黒髪をつたい、排水口へと流れていった。それをぼーっと眺めてから正面の鏡を見て寝癖がないか確認する。
豪快に水を被るのは強制的な寝癖直しだ。真冬にこれをやるとなかなか目がさめることもあってリオは好んで水を被る。
適当に水気を取ってその足で玄関に向かった。玄関の戸棚に倒されて置かれている埃を被った白い写真立て、それにふと目をやり向き直った。
「行ってくる。」
誰もいない玄関に自分の声が響く。
伏せてある写真立ては何も返してこないしもちろんその写真が見えることもない。
写真たての中身は前にリィと住んでいた家の前で撮った唯一の家族写真のようなものだ。アルムルクに引っ越して着たときに記念と称して撮ってもらった。
リィの遺影なんてないから毎日このはがきサイズの写真に向かって手を合わせる。
この手を合わせるという行為はおれの祖先、極東に住んでいた種族の祈りの姿勢らしくなんとなく気分でやっていた。
そもそも「苗字」+「名前」という組み合わせ自体俺とリィしか見たことがない。大体は「名前」+「苗字」で、漢字だって今の所俺しか知らない。
そういえば、俺以外にもこんな名前のやつはいるのだろうか?…
そんなことをふと、思い今度調べてみるか、なんて滅多に考えないことをしようとしてみる。
んー、確か…ホースに漢字を使った幹部がいたようないなかったような…
曖昧なライオンの頃の記憶を辿りながら靴を履く。そして扉をあけて自室を出た。
歩き慣れた廊下をロビーに向かって歩く。
ロビーというか談話室のような場所で幹部は毎日そこに集まり、任務が下されれば幹部長が指示を出し、小部隊を作って任務地に派遣する。
控え室?といえば伝わるだろうか。
『おはようございます。声紋確認と網膜スキャンを致しますのでもう一歩前にお進みください。』
「白儀 リオ」
『照合中…確認。おはようございます、白儀リオ様、貴方の帰還をDEITYは歓迎いたします。』
機械のオペレーターの声のあとにスーッと扉が開く。
ロビーに顔を出すとラビットの幹部の面々はもう顔を揃えていた。
珍しい、絶対にシリルあたりは遅れてくると思った。
「お、リオじゃん!はよーっす」
「っ!!リィイイオ様ですってぇェエ!!??」
「………。ハァ」
溜息と同時に来た腹部への衝撃。
ガッチリと腰周りに回された腕。
フワリと舞う淡いピンク色のカールした髪。
そのサイドに飾られている真っ赤なリボン。
「…エリカ…離れろ」
「いやですぅ!!おはようございますです!!リオ様!!今日も一段と麗しゅう!!」
「ハァ…」
エリカこと、エリカ=ファインブルケ=カーナック。
金でラビットの幹部になった。15歳の少女だ。
父親が大手貿易商人で超富豪。
以前俺が任務で市街の見回りをしていたときドリフに襲われており救出。ドリフというのは簡単にいえばコンクエスターの逸れ者だ。
助けたところどうやら懐かれてしまったようで…。
はた迷惑な話だ。
ここは、コンクエスターたちの集う穴ぐら。
命をかけてQBを殲滅する兵器の集い場。
そんなところにそんな勝手な私情を持ち込んで、こられても…困る。
というのは建前で、どう接したらいいのかわからないというのが本音だ。
ラビットのリーダーであるダンになぜ入隊を了承したのかと問いただせば上からの命令で逆らえなかった…と返ってくる始末。
お上の方々も相当カーナック家には頭が上がらないらしい。
「カーナック嬢、ひとまずリオを離してやってはいかがでしょう?ゆっくりとお茶でも飲みながらお話をなさっては?」
「まぁ、ホントっ!!??…さすがルイズね!!気が利くわ!!」
カウンターにいたルイズがティーカップをちらつかせながらエリカに話しかける。
ルイズ=ホーリー。
北の出身のためか肌は色白で繊細な顔つきだ。
ハーフアップにされた肩につく程度のアッシュの髪は綺麗でその所作はどこかの貴族を思わせるほど。
女装したらまず右に出るものはいないだろうというくらいには…それを言うとまず生きて帰れないので口に出すことはないが。
確か前にシリルが女装させようとしてルイズの銃の餌食になりかけたような、なかったような…
ラビットのオペレーターとしても活躍する、コーヒーを淹れさせたら右に出る者はいないお茶マスターだ。
浮き足立ってソファーに座ったエリカを目で追いながら俺はルイズに囁く。
「助かった」
「毎日、お疲れ様ですリオ」
返された言葉に返事はしない。
コイツ確実にこの俺の境遇を楽しんでいる。
ほら見ろ…端正な顔立ちとはいえニヤニヤしてる。俺は女じゃないからそんな美貌には騙されない。ここぞとばかりに睨みつけてやるが凄んだところで自分の顔に迫力があるわけではない。いなされたり、大抵なだめられて終わりだ。
…腹立つ。
「ヒューヒュー!!リオ様ったらァ、相変わらずモテモテねん!!」
「だまれ。クソうさぎ」
「なっ!!??うさぎってなんだ!!しかもクソまでつけやがったな?あ?」
「………。」
「無視すんなぁあああああ!!!!!」
後ろでギャーギャーいう幼馴染は放置して俺はルイズが淹れたコーヒーを口に含む。
相変わらず最高にうまい。
カウンターでティーカップを磨くその姿はもはやカフェのマスターだ。
コーヒーの湯気の間からルイズの顔が垣間見える。…どの角度から見ても整ってるなほんとに…。
「おーい、いい加減にしろよー…お前ら。仕事しろ仕事。今日は―ー―ー――……」
これが毎朝の出来事で…
俺の日常となっているわけだが、正直拍子抜けするものだろう?
人類の危機だっていうのにこんなにもボヤボヤとしているのだから…
だがこれがラビットがラビットたる所以。
下っ端なわけだ。
ある時は町の掃除
ある時は市民の警護
町で起きたトラブルの回収
コンクエスター全員が戦闘要員としているわけではなく町の環境も整えている雑用係がいるのだ。
逆に雑用係がいなければ町の治安は保たれないから重要な役目でもあるのだが、、、