第1章 4 あの日のこと。
宙を舞った俺の体は瓦礫の山に勢いよくつっこみ、口から血が出た。
「ッ!!??」
「リオッ!!??チッ、進化しやがったか!!…」
勢い良く叩き付けられた壁が崩れ落ち、俺の上に降ってくる。
その様子を俺はボーッと眺めては、あ…降ってくる。など達観して身構えることもしなかった。
その時、俺の右腕を誰かが掴み引き寄せる。
「死ぬ気?リオ…」
「…ミーヤ。」
しゃがみ込み俺の体を支えるそいつはミーヤ=モナーク。
紙面上レイルの妹だ。
紙面上というのもミーヤはどっかの廃街からレイルが拾ってきて勝手に家族にしたからで…それはまたよくある複雑な事情が絡んでくるものだ…。拾われてからというものセカンドコンクエスターの代表例として一番に名前が上がる。ライオンのNo.2として君臨する少女が腰回りのポケットを探り小型の注射器をとりだした。
そして手際よく懐のバッグからリセイルを取り出すと俺の腕に勢いよく突き刺した。
注射器から透明の液体が俺の体内に流れ込む。火照っていた体がスッと熱を引いた。
「…兄さんが相手しているQB、あれはお前の?…」
「…。」
「__________そうか。私達が片を付ける。お前はこで休んでいろ、手出しは無用だ。」
近くにあった崩れた壁に俺の背を預けさせミーヤが身を翻して去っていく。
ライオンNO.2の実力を持つだけあってかその背中は小さいはずなのに大きく見えた。
年下の女とは思えない。
俺は足早に去るミーヤの背中に震える腕を伸ばしなんとか引きとめようとした。
でなければ、とめなければ…リィが死ぬ。
預けられた背を無理矢理動かし瓦礫に這いつくばる。
ほふく前進のような情けない格好で止血された傷口など気にもせず地面を這う。道の上によくいる瀕死の芋虫みたいだ。
傷口が地面に擦れて鈍い痛みを放ちじわじわと体力を削っていく。
何となく、寒い。そんな気がした。
「くっ…グゥ…リィ…」
なんとか瓦礫の山を超え飛ばされる前にいた現場に戻ることができた。
「…っ!!!??」
顔を上げてみるとそこには真っ白な獣。狼のような白銀の獣が咆哮を上げてレイルとミーヤに襲いかかっていた。
「ミーヤぁっ!!オレの背中は頼んだぜェ????」
「もとよりそのつもりです。」
ミーヤが囮になりながらレイルが確実に白銀のQBを追い詰めていく。
あれよあれよという間にQBは前足と尻尾を切断され醜くのたうち回っていた。
噴水のようにQBの体から血が吹き出、レイルの体に降りかかる。
普通の人間ならば一瞬でインセイルに侵食されその場で進化してもおかしくないものだが、レイルは笑いながらむしろ、口元についた血を舐め取った。
「あ"あぁ”…さいっこーー」
「兄さん、やめてください。ばっちぃ…」
ミーヤが注意しながらいとも簡単にQBの後ろ足を切り飛ばす。
その細身の体からは想像もできないような力だ。
俺の近くにそのQBの巨大な足がボトリと落ちた。
主を失った足でもまだ、抵抗するかのようにその足は不気味に動く。
「おぉ?まだやんのか?コイツ」
「兄さん。そろそろ片付けますよ。…これ以上リオには…」
「あーーー。そだな。」
ぼそぼそとナニカ二人が話していたがQBの咆哮と周りの喧噪で何を話しているのかわからない。
ただ着々とQBの命が削られていっていることだけはわかった。
ミーヤが薙ぎ倒し、その眼球と舌、喉をバイヨネット(銃剣)で地面に貼り付ける。
QBは残った脊椎をありえない角度に動かしながらなんとか脱出を試みようともがいていた。
そうしているあいだにもQBの破損した部分はゴキゴキっと奇妙な音を立てながら再生し始めている。生物の摂理等無視した再生の仕方だ。
QBは人間の心臓部に当たる核というものを壊さなければ完全には死なない。
極端な話核さえ残っていればQBはいくらでも復活が可能だ。脈打つ核からのエネルギーで復活しようとするQBを忌々しそうにミーヤがバイヨネットで三度刺した。
動けないQBにレイルが飛びかかり、胸部にその巨大な大剣を突き刺した。
そして固く口を閉ざした貝をこじ開けるかのごとく肋骨を無理やり開いた。
「グギャァァアア――――――――っ」
QBはその痛みからか何とも言えない声を上げ必死にもがく。
どうやら命の危機を感じているらしい。
「なっ…!!??」
その時レイルの動きが止まった。
今まで呆然と見ていた俺もその視線の先を追う。
するとそこにはQBの核に取り込まれながらもなお、
人の形、原型をとどめている…リィがいた。
意識などなく完璧にQBに取り込まれ、QBの核とともに脈打つリィが…______
「れ、レイル…。やめろ…レイル…っ、ヤメロぉ!!!!殺すな!!殺すなよ!!??レイルっ!!!!!」
QBの肋骨を切り開いた状態のまま微動だにしないレイルに焦りを感じる。
俺の声は…届いているはずだ。
腹に力を入れすぎたせいかドクドクと血が傷口から溢れる。喉に血液が逆流し口端から一筋、赤い線が伝った。
「―――。」
「!!」
その時、ミーヤがレイルの耳に口を寄せなにか囁いた。
ピクリとレイルの体が動きミーヤはその場を離れる。そして俺の元に来ると俺の襟首を掴み引きずりだした。
「なっ!!??何す…っ!!??」
「……。」
何も答えないミーヤにさらに焦りを感じる。
背後に感じるミーヤの顔を見ようとなんとか首をひねるが。全くその表情は伺えなかった。
嫌な予感がした。
俺は急いでレイルに視線を戻す。
レイルは…まさにリィに向かって大剣を振りかざしていた。
「ヤメロッ!!やめろぉお!!離せっ!離せっ、ミーヤァアアアア!!!!!!!」
「っ」
必死に暴れるも俺のえりを掴んだミーヤの力は弱まらず、さらに力が込められたような気がした。
リィの体を、レイルの刃が…
「やめろぉおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」
貫いた。
***
ピピピピピピピピ…
耳元で響くアラームの音に眉をしかめる。
目元にうっすらと感じた朝日にゆっくりと視界を開き、感じる光に眉をしかめる。
枕元のデジタル時計は午前5時を指していた。
ゆっくりとけだるい体を起こす。
シーツのしわに目をやり、あまりにも鮮烈に見た夢に思いを馳せた。
ずいぶんと、懐かしい夢を…見た。