第1章 10 原点回帰
クレアがスネークの治める街、サーガで降りてから2日あまり、漸くルリアに近づいてきたと車窓から見える街並みを見て思った。
スラムやサーガの一部のように荒廃した街並みが終わり徐々に栄えている商人街のトトリの中腹を超える。
どこかアットホームな雰囲気を持つトトリからまた少しずつ高級で閑静な街並みに変わっていった。途中のターミナルで毎度毎度新聞は買うようにしていたが、内容という内容にあまり変わりはない。
新型と思われるQBの調査隊が派遣されただとか、国王の生誕祭が近いだとか。あと何日でザヴァニス国とすれ違う…などなど。
「次はカラミット、カラミットでございます。お降りの方は降りる準備をしてお待ちください。」
シュデルのアナウンスでカラミットまで着いたことがわかった。
カラミット…ベアランクのコンクエスターの治める高位貴族たちの街だ。国の主要な政治家達も住んでいる。
そういえば、一度だけ会ったことのあるベアのリーダーは元気だろうか?
レイルよりも大きい本当に熊のような男。豪快に笑う姿とレイルと腕相撲して唯一レイルを負かしたことがある…のが印象的だ。
後にも先にもレイルを負かすことができるのは彼しかいないだろう。
ベア自体どこか暖かな雰囲気を持つからか…あそこは騒がしいがとても賑やかなイメージが強い。
過ぎ行くカラミットの街並みを眺めながら同業者に想いを寄せた。
シュデルに乗ってから2日目________。
時折休み休みではあるがゆっくりと近づいてくるルリアに緊張を覚えた。
今カラミットとなるとルリアに着くのは約数時間後…4、5時間だろう。
揺られる時間が長いことをいいことに眠りにつきながら到着を待つことにした。
『お兄ちゃん!おかえりなさい!!ケガしてなぁい?』
『…あぁ。平気だ、ただいま。』
『よかったぁ!!あのね!今日はねポトフにしたの!外、寒かったでしょ?だから、早くお風呂はいって温まってポトフ食べよ!!』
『わかったから、そう焦るな。』
俺の手を引いて早く早くとせがむリィ。
ああ、この温もりはいつぶりか…。
暖色の証明にパチパチと火が優しく燃えている暖炉、命のやり取りを終えたあとの安心感と絶対的な幸せ。
温かい光のある、家。
寒い日にはこうして温かい料理を、暑い日には窓を開けて換気をしさっぱりとした料理を…。
リィは家と俺に全身全霊を掛けて支えてくれた。
唯一の血の繋がりがあった、たった1人の家族。
『お兄ちゃん席に着いたら待っててね〜。』
ゆっくりとエプロンをしたリィが振り返る。
久しぶりにその声と顔を見たような気がし________。
ガタン
大きな揺れと共に目が覚める。
「お疲れさまでした。終点、ルリアでございます。長い旅路お疲れさまでした。またのご利用お待ちしております。」
どうやら、寝ている間にルリアに着いてしまったらしい。
…何か夢を見ていた気がするが、思い出せない。
ただ、何となくこの心に残る温もりと安堵感はきっと悪いものではない。
久しぶりに目覚めがいいからか車窓から見たルリアの景色もリィとの思い出が真っ先に浮かんで素直に懐かしいと思った。
来るときよりも随分と軽くなった足で荷物をまとめる。
簡単な鞄を肩にかけ、コートを翻した。
シュデルから出てライオンのターミナルに足を下ろす。
「…変わらないな。」
目に飛び込んでくるきらびやかな装飾、豪華絢爛。富と権力を形にしたような荘厳な街並み。それを彩る華やかに着飾った人、人、人。
そんな空間に俺は異物のように浮いている。
ラビットの制服を黒いロングコートの下に着て、履き慣れて少し煤けたブーツを履いて歩く。
周りからのジロジロと眺める、刺すような視線にため息が出そうになるが、それも仕方のないことだと割りきった。
それにしても、ライオンが今さら俺に何のようだというのか。
もう6年も関わっていないに等しいというのに…。
目を瞑ると6年前の懐かしい日々がよみがえってくる。
レイルが仕事をやらなさすぎてミーヤに怒られたり、アルムルクがミーヤを意識しすぎて挙動不審になったり、…
俺がライオンにいた時は偵察や夜戦、特攻をメインとした襲撃が得意だった。
その俺が抜けて、誰が後釜になったのか…とか、色々ルリアに着いてみると疑問が湧いて出てくる。
「たまには…来てみるのもいいのかもな。」
誰に言うでもなく、そう呟いた言葉は街の喧騒に消え、場違いになびく薄いコートの裾だけが目立っていた。
歩きだしてからしばらく、ブティックや高級レストラン街を抜けてようやく人通りが少なめの通りに出た。さすがに6年も経っていると街の雰囲気も変わっていて気をつけないと危うく迷ってしまいそうになる。
この通りをまっすぐ行けばライオンの本部だ。
コンクエスター達の本部とも言える。だから人通りが少ない。絢爛豪華な街並みにはそぐわない荘厳で堅牢な見た目の建物が現れるからだ。ここだけどこか殺伐としていて人を寄せ付けない何かがある。
栄えて輝く王都の中心街から離れ木枯らしが木々の間をすり抜けた。寂しげに鳴く鳥の声が響く。
「…はぁ」
少し息を吐きじわじわと強張ってきた四肢に力を入れてまっすぐに伸びる道を歩いた。
こんなにも緊張するものだっただろうか?
あんまりにもラビットというぬるま湯に浸かりすぎたのか。命のやり取りを毎日している集団の中に行くことに場違いな気もする自分に苦笑した。
いや、もしかしたら6年も経っているから建物も少し年期が出てきたのかもしれない________。
緊張で表情がいつもより固まるのを自覚しながらライオンの大門をくぐった。




