有能な魔王の副官 -魔王は暇を持て余す-(短編)
「あー暇だ。」
「いかがされました?魔王様」
有能な副官である魔族の男はそう答えた。
「計画はどうなっている。」
わざと重々しい声でたずねると副官は即座に答えた。
「順調でございます。進行具合は7・8割かと」
そう、魔王軍による全世界の掌握は順調に進み、手が届くとこまで来ているのだ。
手が届くと言っても、後数百年はかかるだろうが、そんなものは一瞬に過ぎない。
この計画が始まったのはこんな事があったからだ。
かなり前に気まぐれで会議など開き、魔王軍の幹部から末端までの意見を聞いてみたところ、衝撃的な意見が出てきた。その時は数十人の部隊を率いていたにすぎなかった魔族の男の発言……今の魔王の副官である。
-------------------< 数千年前 >-------------------
「魔王様。恐れながら申し上げます。」
今まで実力はあるが武功を上げるタイミングが無いため部隊長を務めていた魔族は声を上げた。
「そう畏まる必要は無い、気まぐれに皆の意見を聞こうと言うのだ、遠慮なく言ってみろ。」
そもそも、広く意見を聞いてみたいと思いたち始めた会議なのだ。遠慮する事などない。
「では…。魔王様はどのくらいの期間の内に世界を手に入れようとお考えですか?」
「何?期間…できるだけ早く?かな。」
特にきめていなかった…。
「魔王様の寿命は長く、永遠ともいえるほどです。魔族の寿命はそれほどではありませんが、それでも数千年から長いもので数万年です。それほど急ぐ必要がありますでしょうか?」
幹部連中から「うむ」や「なるほど」との声が聞こえた。
「人間の寿命は短い、長いもので60~70年です。」
「そうだな。」
「勇者が現れたとしても、極端に言えばほおっておけばすぐす死にます。」
「……。」
身も蓋も無さ過ぎて絶句してしまった。
「計画の長期化で行うべき作戦があります。」
「…面白い、やってみるがいい。」
「ありがとうございます。」
あの会議の後、計画が進められた。
「まず何を始める?」
「はい。まず魔族の精鋭部隊を使って、人間の民を虐げている王族、貴族を全員殺します。殺した王族に魔族入りこみ、民の為の政治を行います。」
「え?」
「良い政治を行っている王族は残します。」
「はい?」
「人間同士で戦争が起こったら、どちらの軍もぶっ殺します。」
「おいおい!」
「基本最初にこれをやろうかと。」
「やってる事は過激だが、人間の為になってるんじゃ?」
「魔王軍の存在を知らせるためと、悪い事すると魔王軍にぶっ殺されるとうのを周知させます。」
「何か裏があると思われないか?」
「はい。当然そうなるでしょうね。ただ数百年続いたらどうでしょうか?」
「それが自然になる。というわけか。」
「そうして大きい影響力を持ちつつ、武力の支配はしないのです。」
「人間を食べる魔物はどうする?」
「調べてみましたが、肉食というだけで人間でなければ駄目というわけでは無いようです。嗜好品という感覚の様です。犯罪者や山賊や海賊でも狩らせれば良いかと思います。」
「吸血や吸精する物はどうする?」
「そもそも死ぬほど吸う必要はないので、快楽を与える代わりに少量の吸血・吸精を貰えば良いでしょう。」
「力ずくで支配とかはしないのだな。」
「魔王様が人間程度を支配しても得られるものは少ないでしょう。」
「人間の為にやるのかと思ったが、少しイメージが違うのだな。」
「私は効率重視、損得のみ重要と考えています。魔王様が人間を含む世界を掌握するというのは、神への対策、勇者への対策の為ですよね?」
「そうだ、神によって力を与えられた勇者という存在は我々にとって邪魔な存在なのだ。また、人間どもは自分の所の経済が疲弊して行き詰まると、打開策として魔王領に攻めてくることがある。そんなものは蹴散らすがな!」
「そこです!」
「なに?」
「人間の国の経済が順調なら無理して戦争など起こす必要が無い、魔族による生命の危機が無いのなら勇者の必要も無いのです。」
「何という逆転の発想…。たしかに我が魔王軍が追い詰めるがゆえに、起死回生の策として勇者を生み出すというわけか。」
「さらに、経済に関しても我々が手を貸すことによって流通など改善するでしょう。武器や防具の必要性が低くなり日常生活が便利になる製品の開発も進むかもしれません。人間の文化が栄える事によって我々魔族の暮らしも良くなっていくでしょう。」
「そうか」
「はい。」
「よし!本格的に進めるがいい。魔王軍の総力を持って支援しよう。」
「この大役承りました。」
最初の頃は時間がかかった、貴族や王族を狙っていたので当然だ。
しかし、狙われているのが悪政の王や重税を課したり民を気まぐれに殺すような悪徳貴族だけだとわかると、本人たち以外からの反発が無くなってきた、「どうぞどうぞ」と言わんばかりに通されたりもした。
何事も反発があった、魔族が急に友好的になっても当然疑うだろう、何事も時間が解決した。何百年も被害が出なければ当然である。
魔王の影響力は絶対で魔族は一切問題を起こさなかった。
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「長かったな。」
「いえ、悠久の時を生きる魔王様にとっては大した時間では無いでしょう。」
「数千年たって住みやすくなったものだな。魔族も人間もな。」
「はい、今では魔王様が命令すれば命をかけるという人間の国が8割、そこまで行かないまでも全ての国で友好な関係を築いています。悪の統治者に代わって治めているいる魔族も民から慕われているようですね。人間を狩るという欲求があるものもおりますが、犯罪者などは狩りますが、市民には手を出さないため信頼されているようです。魔王様の指導の賜物ですね。」
「うむ、今信頼を損なったら世界制覇の妨げになるからな。」
「今では人間の母親が子供に『悪い事すると魔王様が見てるよ』と躾けるそうですよ。」
「むずがゆいものだな。」
計画が順調に進むにつれて魔王の仕事は少なくなり、幸か不幸か暇になってきたのだ。
こうして、魔王によって完全に支配され魔王の意思に背くものは生きていけない、『魔王に支配された時代』が始まるのだった…
「それで魔王様。」
「なんだ?」
「最近、辺境の迷宮の最深部で異世界へと通じるゲートが発見されました。」
「ほう?お前の事だ下調べは付いているのだろう?」
魔王はニヤリと信頼する副官を見た
「もちろんです。ゲートを抜けた先は、以前の私たちの様に魔王が人間を虐げ、勇者が魔王を討つというサイクルを続けているようなんです。」
「ほう、ならそちらの魔王にも教えてやらなければならんな。」
「そうですね。我々の行ってきたノウハウを異世界の魔王に売りましょう。実例があるので乗ってくると思いますよ。」
「この世界の支配も進み、私も暇になってきた所だ。私も行くぞ。」
「わかりました。」
異世界の支配……か、また忙しくなりそうだ。