第7話 観光ガイド、ガイドする
企画したツアーの当日。
パルコムの中心市街、市場の立つ広場。
耳心地のよい柔らかな声が、雑踏に負けずに響いていた。
「こんにちはーっ、異世界ツアーはこちらでーすっ!」
旗をぱたぱた。
スカーフをひらひら。
正装に身を包んだクロは、かわいい系から驚きの変化をしていた。
白い清潔感のあるブラウスに、薄手のジャケット。
フォーマルな膝丈のタイトスカート。
丸い紺色の帽子を頭に乗せ、いかにも「キレイなお姉さん」という装い。
これは俺たちが所属していた旅行会社の制服を再現させたもの。
こっちの世界にはないデザインは人目を引き、宣伝も兼ねている。
「よしはる、これでいいかい?」
「お、完璧」
慣れない服装に戸惑いながら、エルが制服を着て姿を見せた。
基本はクロの制服とほぼ同じ。しかし護衛の都合上、動きにくい飾りをとってキュロットをはいてもらっている。
元が美人なだけあって制服姿も様になっていた。
「機嫌。こういう服もたまには良いものだ」
「ああ。気分が引き締まるだろ?」
「そうだね。今日も頑張ってモンスターを斬り刻ーー」
「違う違うっ!」
「冗談。今日の仕事は万が一のための護衛だろう?」
「心臓に悪い冗談言うなよ……」
時々ヒヤっとする会話を続けていると、制服姿のクロが歩み寄ってきた。
「せんぱいっ、ご予約のお客様全員到着されましたっ!」
「オッケー。お、早いな」
今回のお客様は20人。
定時10分前だが全員到着か。
特に時間に縛りのない日帰りツアーだから、もう始めて大丈夫だろう。
「おし、じゃあ全員集合!」
「はいっ!」
「いるよ」
「てやんでいっ!」
俺、クロ、エル、ロキシー。
そして神殿で待つフードピクシー。
役者は揃っている。
準備もリハも万全。
この2週間。
できる努力はすべて尽くした。
あとは話術。
これに関しては心配ない。
自信と実績がある。
仕事でお客様を退屈させたことは、神に誓って1度もない。
「みんな初仕事だ、頼むぞ!」
全員が定位置に着いたのを確認して。
俺は、幌馬車の中に飛び込んだ。
★★★★★★★★★★
「みなさん、こんにちはーっ!」
バッとお客様が俺に注目した。
イメージはヒーローショーの司会。
やり過ぎかもしれないが、思いっきりやった方がウケがいいのだ。
「本日はレッシュ観光社のツアーへのご参加ありがとうございます!
ガイドを務めますハルキです。よろしくお願いいたしますっ!
それでは早速、馬車、動けっ!」
ほら。
オーバーリアクションに釣られて、お客様がちょっと笑った。
控えめだけどパラパラと拍手もある。
あまり気負いすぎる必要はなさそうだ。
元の世界でだって、最初はこんな感じだから……。
「間も無く城壁から外に出ます。後ろにご注目ください」
その言葉を合図に、エルが幌の後ろを広げてめくった。
カラカラと幌馬車が進んでいき……
城壁と門番たちの姿が見え始めた。
「では観光を無事に終えられることを願って! 行ってきまーすっ!」
俺が無愛想な門番に手を振ると、クロが白いハンカチを出してヒラヒラと振り始める。
クロに釣られてお客様の半分くらいが城壁に向かって手を振った。
ホント、クロのノリの良さと対応力にはいつも助けられている。
そしてその瞬間。
バサッ!
「「「おおおっ⁉︎」」」
エルが幌の布をすべてめくった。
後ろだけでなく側面にも外の世界が広がる。
大半のお客様がが初めて目にするだろう、城壁外の大自然。
新鮮なリアクションがお客様たちの一体感を高めていく。
驚きの声が収まるのを少し待って、次はスタッフの紹介。
クロとエルを呼んで自己紹介してもらった。
「アシスタントの白鳥クロエですっ! 楽しい思い出を作りましょうねっ!」
「護衛を担当する、エルカナ・シャーネリー。よろしく」
いつも通りにこやかな笑顔でファンを獲得するクロ。
アブない本性を凛々しさの仮面に隠して微笑むエル。
ロキシーは手が離せないため、名前だけの紹介となった。
道中の景色をガイドしていると。
「いよいよ見えてきました! 左奥に見えますのが、今回の目的地であるマーリット神殿です。あと5分ほどで到着しますので、馬車にお忘れ物なきようご確認ください」
その姿がだんだん大きく見えてくるにつれ、お客様も興味を引かれたように景色を見つめていた。
それからきっかり5分で幌馬車ストップ。
エルに安全確認をさせてから、お客様を神殿の中に誘導した。
「すげぇ、こんなものがあったとは……」
「全然知らなかったわ。すごいわね」
反応は上々。
このレベルになるまで2週間使って必死に掃除と補修をしたんだけど。
ま、そういうエンターテイメントにならない話は言わぬが華。
司祭席に近い最前列の席座ってもらい、じっくり見学できる時間を取る。
物珍しさに目を輝かせるお客さんが落ち着くのを待って、俺はガイドを始めた。
「この神殿は250年前、マーリット伯爵の寄付によって立った教会です」
言っておくと、この知識はウソでもごまかしでもない。
《ガイディング》は物・場所に対し、簡易的な《鑑定スキル》にもなるのだ。
顕現した地図をペラっとめくり、詳細情報をサーチすると……
★★★★★
名称 マーリット神殿
建造 250年前
所有 (過去)マーリット伯爵 (現在)なし
備考 ダンジョン化解除済み
逸話 人徳あるマーリット伯爵が農民のために建てた神殿で……
★★★★★
こんな風に情報が出てくる。
この《スキル》がある限り、ガイドにはまったく困らない。
「伯爵は人徳ある方で近くの農民が気軽に寄れるよう農地の近くに立てたそうです。それでは前方先に見えます司祭席をご覧ください」
通常、司祭が説教をする講演台は宗派によって左右どちらかに偏る。
しかしマーリット神殿の説教台は中央だ。
聴衆が近い距離で集中して説教を聞くための工夫らしい。
こういうところにもマーリット伯爵の人徳がうかがえる。
「ちなみに、みなさまが座っておられる席は司祭席が最も近いため、特別ゲストのみが座れる席だったそうです。ーーああ、ご心配なく。お客様たちは私たちにとって特別ゲストですので掛けたままでどうぞ」
そう言って席を進めると、お客さんは愉快そうに笑いながら長椅子に座った。
俺が昔からよく使っている鉄板ネタだ。
しばらくガイドを続けながら本堂全体を周り、例の隠し階段の前で止まる。
「ここから先は地下です。足元に気をつけてお降りください」
言いながら、俺は少し緊張していた。
ここまでの雰囲気作りは上々。
あとは……次の仕掛けがうまくいくかどうか。
お客様が降りたその先に、レッシュ観光社の将来がかかっているーー。
エル、お客様、クロ、俺の順で地下へ。
階段を降りると待っていたのはジメジメした石畳の地下迷宮……
ではなく。
今ツアー最大の目玉。
「わぁぁ……きれいですっ!」
俺より1つ前に降りたクロの声が、すべてを物語る。
色・形さまざまに微笑みかける花。
緑の垣が作り出す複雑な迷路。
芽吹きの予感を感じる爽やかな空気。
自然豊かな迷宮が、俺たちを歓迎した。
「お、おい! どうなってんだ⁉︎」
「ここ……地下よね? なんでこんな……」
「理屈はわからんけど……すげぇなぁ」
ミスマッチがお客様の心に最高のインパクトを残す。
しかしもちろん、ダンジョン化を解いただけでここまで劇的に変化はしない。
「クロ。後でピクシーに『最高だ』って言っておいて」
「了解ですっ」
そう、すべてはフードピクシーの作り出した幻だった。
今日この日のために相当力を蓄えていたらしく、景色の完成度と雰囲気はリハよりずっとイイ。
「迷宮のゴールまで、この素晴らしい景色を堪能しましょう!」
《ガイディング》で道案内をしながら、緑の迷宮を散策。
やがて迷宮のゴールが近づいてきた。
それにつれて、ゴール直前で俺たちを待っている影が見えてくる。
お客さんの誰かがそれに気づき「ひっ」と声を出した。
それは今ツアーにおけるもう1匹のスタッフ。
フードピクシーの姿。
少し外見を良く見えるよう繕ってみたが、フードピクシーはまだ不気味だ。
俺はお客さんがパニックになる前にフォローを入れる。
「実を言いますとこの絶景は、ここに住むフードピクシーのおかげで見ることができます。彼はとても大人しいですからご心配なく」
「ほら、この通り全然危なくないんですよっ!」
俺が説明する間にクロがフードピクシーに駆け寄り握手した。
クロとフードピクシーが笑い合い、ピリッとした空気が少し緩和する。
「それでは最後に、フードピクシーからみなさんへプレゼントだそうですっ!」
クロを通訳を介して俺たちに言葉が伝わった瞬間ーー
優しい風が迷宮を吹いた。
春の優しい香りが、柔らかな風に乗る。
緑の垣と鮮やかな花を揺らす春の風。
そして一瞬遅れて舞い上がる花吹雪。
目の前を通り過ぎる花びらが、お客様の目を奪った。
忘れない。
忘れられるワケがない光景が通り過ぎていく。
いつまでもそれは俺たちの心に残るのだろう。
だってそれが、旅の思い出ってもんだからーー。
「これにてツアーは終了です。こちらから地上に出られますので、安全を確認しながら幌馬車へお乗りください」
こうして。
「本日はありがとうございました。またのお越しをお待ちしています!」
第1回、又吉春樹の手がける観光ツアーは、大成功に終わった。
★★★★★★★★★★
そして、無事に帰り着いた後、宿の部屋。
俺は上げたガッツポーズを下ろせずにいた。
「できたよな? ツアー」
夢が叶った。
まったく開拓されていない観光地を行く、観光ツアー。
心を満たす充足感から深く息を吐く。
しかしこの2週間ぶっ通しで仕事をしていたので。
「つ、疲れたぁ……」
さすがに眠気を退けられない。
窓の外に目をやるとまだ夕日が輝いている時間。
もう寝てしまおうか。
でも今寝たら明日まで泥みたいに寝る自信があるからなぁ……
と。
とんとんとん。
「はい、どちらさん?」
「せんぱい、クロですっ!」
「ああ、今開けるから」
クロの訪問。
招き入れると「疲れましたねー」と言いながらソファに腰掛けた。
普段ならとてもじゃないが相手をしてられないんだが……
今日はちょうどいい。
クロと話しておきたいことがあったから。
「クロ、大事な話があるんだ」
「式は神前式がいいです」
「何と勘違いしたかは知らんが、仕事の話だからな」
こほんと咳払いをして、話を始める。
今日1日、ずっと考えていたことをーー
「俺、しばらくこっちに残ろうと思う」
「はい」
クロはさほど意外そうでもなく自然に頷いた。
だから俺も自然に話を続ける。
この3週間、身に染みてわかったことがある。
元の世界のガイドがとても恵まれていたってことに。
過去に誰かが見つけてくれた、最高の観光地があって。
過去に誰かが人生をつぎ込んで調べた、歴史があって。
過去に誰かが寝る間も惜しんで改良した、ツアーがある。
それが悪いとは言わないけれど。
俺は、知ってしまった。
1から始める喜びを。
観光地を自力で見つける感動を。
ツアーのプランを自分で練る苦しみを。
一言一句をも精錬した最高のガイドを。
きっともう、抜け出すことはできないのだ。
元の世界に戻ってレールの敷かれたガイドで満足できない。
この世界ーーパルコムの旅行業界をゼロから開拓したい。
そんな思いは今日、抑えきれないほどに強く開花した。
だからごめん。
俺は、クロと一緒に帰れなーー
「じゃあクロもご一緒しますねっ!」
「へ⁉︎」
ヤブから棒に。
俺の情感たっぷりな語りを打ち破るように、クロはハッキリと言った。
『クロの答えは最初から決まってますよ?』という表情で。
そんなクロに一気にペースを握られていく。
「今日のせんぱい、とっても楽しそうでした」
「まあ楽しかったよ」
「いつもお仕事中は楽しそうですけれど、今日は特にキラキラしてました」
「キラキラは言い過ぎなんじゃ……」
「そんなせんぱいのこと、クロはすっごく尊敬してますっ!」
「お、おう……」
そこにいるのは、飾らない、純粋な笑顔のかわいい女の子。
モンスターと意志を通わせる、頼りがいあるパートナー。
そして……俺を全肯定してくれる最高の「こうはい」。
ああ。
だから俺、クロには劇弱なんだよなぁ……。
「わかったよ」
言いながら、俺はクロの金髪頭をぽんぽん叩く。
これからもよろしく、の意味を込めて。
右も左もわからない異世界初心者の2人だけれど。
力を合わせてやってみるか。
「こっちの世界でも、ガイド頑張ろうな」
「クロの一生、すべてせんぱいにお捧げしますっ!」
「重い重い⁉︎」