第5話 観光ガイド、覚醒する
ちょっとしたことで、世界の見え方は大きく変わる。
旅先で感動する景色を見た。
旅行中に一生の友を見つけた。
1人旅で新しい自分と出会った。
サンプルが全部旅行関係になっているのは職業病なのでさておき。
とにかく、些細な変化で何かが大きく変わるって言いたいのだ。
前フリ終わって本題。
今回の俺の場合。
具体的に言うと、ミノタウルスに追われる俺に突如起きた些細な変化は。
俺の目の前に現れた1冊の本だった。
「あ、あれ?」
「せんぱい、それなんですか⁉︎」
適当にバッとページを開く。
白紙、だった。
しかし。
サラ、サラサラサラサラーー
と。
複雑な点画で何かが描き記されていく。
それはみるみるうちに線を伸ばし、広がり、つながり……
「これ……地図だ!」
気付いたと同時に俺とクロのアイコンが地図に浮かぶ。
少し離れてエルのアイコンも。
俺たちが移動するとアイコンも動く。
右を向くと右を向く。
くるっと回ると1回転。
まるでナビゲーションだ。
つまりこのポイントが現在位置で……
と。
いろいろ試しているとクロが俺の腕を引っ張った。
「と、とにかくこっち! 逃げてから確認しましょっ!」
「いや、そっちは……ダメだ!」
「ひゃんっ!」
俺は慌てて手を引っ張り返す。
そして反射的にーー地図を眺めていた。
右から順に1、3、4、5、行き止まり。
2番目の道だけその先が続いている。
「こっちだな」
単なる偶然かもしれない。
幻が見えているだけかもしれない。
でももし万が一、この地図が正しければ……
その先にあるのは十字路のハズ。
「……よっしゃ!」
2つの通路が交差して4つの道ができていた。
再び地図を眺める。
右、行き止まり。
左、行き止まり。
まっすぐ、道が続いている。
迷うことなく俺は直進を選んだ。
行き止まることなく次の入り組んだ区画へ。
間違いない。
この地図、ホンモノだ。
確信すると同時に新たなアイデアが浮かぶ。
「クロ、ちょっと待ってて!」
「せんぱい⁉︎ そっちはーー」
「わかってる!」
説明する時間ももったいなくて、俺はすぐさま引き返す。
もちろんその先にいるのは……
「エル!」
「よしはる⁉︎ 早く先へ!」
「むぅぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
エルとミノタウルス。
本格的な戦闘はしていないらしくケガはない。
注意を無視して俺はエルの腕を掴んだ。
「逃げよう! こっちだ!」
「しかしこのままではーー」
「いいから!」
十字路を駆け抜け、クロと合流。
クロとエルの手を繋がせて全速力で迷宮の中を駆けた。
「ガンガン曲がるから転ぶなよ!」
言いながら、地図に全神経を傾ける。
より複雑で入り組んだ道を求めてーー。
ミノタウルスの視界から消えるため素早く石壁をターン。
左、右、右、左、右。
通路を曲がる度に恐ろしい声がどんどん遠くなる。
いける。
確実にミノタウルスを引き離してる!
そしてーー。
「はぁ……はぁ……こ、ここまでくれば安全だろ……うえぇ」
分岐点をさらに5つ通り抜けた時にはもう、完全にまいていた。
少し安心して走るペースを緩めた瞬間疲れがどっと来てへたりこむ。
吹き出した汗が背中に張り付いて気持ち悪い。
と。
「はぁ……せんぱい……どうしたん……ですか?」
「同意。よしはる、何が起きたんだい?」
2人が同時に話しかけてきた。
息を切らしているが一応は元気そうなクロ。
息1つ乱さず日頃の鍛錬のほどを窺わせるエル。
2人ともケガはないらしく、俺より元気そうだ。
いや俺が疲れすぎなのか。
息が整うのを待って質問に答える。
「俺にもよくわからん……けど」
「けど?」
「コレが……」
俺は突然現れた不思議な地図を差し出す。
そして起きたことを説明するとエルが目を見開いた。
「《ガイディング》だね。よしはるらしい《スキル》だ」
「すごいのか?」
「無論。最上級の1つだよ」
それは、周囲の地形や状態を完璧に把握する《スキル》。
この地図は《ガイディング》が物体として顕現した形らしい。
旅先で一度も迷ったことがない俺らしい《スキル》だな。
ていうかこれ、ガイドとして無敵なんじゃ……。
「せんぱいすごいです! シビれて憧れちゃいますっ!」
「あ、ありがたいんだけど今ちょっと静かにして……」
普段は耳に心地いいクロの声が、酸欠の頭にガンガン響く。
あと嬉しさ余って俺の体ゆっさゆっさするのも止めて吐きそう。
しばらく休憩した後、俺が体を起こすとエルが話を始めた。
「提案。あのミノタウルスを退治しようと思う」
「で、できるんですか⁉︎」
「勿論。ただし刀を振れるくらい広い道があれば……の話だけれど」
『あれば……』のところで俺に意味深な視線を送るエル。
俺はすぐに地図を開いて確認。
すると地図は各通路の道幅をメートル単位で表示した。
便利すぎるだろこの《スキル》。
「1番広い道は……ココだ」
「良案。連れて行ってくれるかい?」
「ああ」
ミノタウルスの位置に注意しながら先頭に立って道を示した。
10分後。
迷宮上最も広い道にたどり着く。
エルは刀を物差しにして道幅を測り、こくりと頷いた。
「上々。ここなら問題なく戦えそうだ」
「ミノタウルスの位置はどうですか?」
「実は結構近い。壁叩いたら寄って来るかもしれない距離だ」
「感謝。2人とも、私の後ろに下がって」
エルが石壁をドン! と蹴った。
瞬間、地図上の赤い点が反応を始めてこちらに向かってくる。
そして赤い点が正面の曲がり角に差し掛かる。
ぬうぅっと。
ミノタウロスは再び姿を現した。
息を荒くし、筋肉を盛り上げ、俺たちを目に捉える。
離れているとはいえ、その迫力に後ずさってしまう俺とクロ。
「やれやれ。随分手間を取らせてくれたものだ」
一方真正面から向かい合ったエルは、牛頭の巨漢に臆せず刀を構える。
「せんぱい、エルちゃん大丈夫でしょうか?」
「問題ない、と思う」
狭い通路でのハンデ戦も無傷で乗り切ったのだ。
しかもここはエルの力を100パーセント出し切れる広さの通路。
本気のエルならきっと危なげなく勝てーー
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
危なげなく勝てそうだけど、本人がアブなくなっていた。
やだ、三つ編み逆立ってる。
「え、エル?」
「エルちゃん?」
俺たちでも気安く声をかけられない凄絶さがエルの背中ににじむ。
不意にかちん、とエルの刀から軽い音が響いた。
瞬間。
ズバババババババババッ!
ミノタウルスの足元と周囲の壁に深いキズが刻まれた。
「は、はは…………アハハハハハハハハッ!」
突然すぎる変貌に、俺たちの方が息を呑む。
その姿に『このエルカナが「守る」と言ったからには守るのさ』とキメたエルの面影はない。
それはもう迷宮の亡霊が憑依したと言われても信じられるくらいで……。
「いいねぇ。ゾクゾクしてきたよ…………はは、アハハハハハハハ!」
そのまま叫ぶような笑い声で、エルは斬りかかった。
勢いに押されて横っ飛びで避けるミノタウルス。
瞬き一つの間にエルが刀を斬り返す。
ミノタウルス、防戦一方。
惨劇の匂い。
狂気の笑顔。
地下通路の中、場違いな笑い声がよ響くーー。
「え、エルちゃん……」
「クロ……見るな」
クロの目と耳を塞ぐが、今更遅い。
俺たちの中でエルのイメージが激動していく。
戦うことに快楽を見出す戦闘狂。
笑顔がステキな三つ編みサイコパス。
エルカナ・シャーネリー(取扱注意)。
そしてその狂気は止まることを知らずーー。
「むう、う、うぉーんっ! むうぉーん!」
気付くと、ミノタウルスが壁際に追い詰められていた。
命乞いするみたいな叫び声。
しかし意に介さずその巨体ににじり寄るエル。
「あはは、あは……は、もう終わりかい? 残念だなぁ……あはは」
いよいよトドメを刺そうとしているらしかった。
本能的な恐怖を覚えて軽く震えていると……
俺の懐の位置で何かがもぞっと動いた。
「せんぱい……何か言いました?」
クロが。
不思議そうな表情で俺を見上げている。
「いや何も」
「でもハッキリ聞こえましたよ、『助けて』って」
「この状況で俺が『助けて』はおかしいだろう」
俺がミノタウルスの立場だったら絶対そう言うけど。
しかしクロは熱に浮かされたみたいな口調でぼそぼそと呟き続ける。
「『やめてくれ、襲うつもりはないんだ』」
「『出口の場所を教えてやろう。だから刀を収めてくれ』」
「『人間に会うのが久しぶりで興奮しただけで……』」
「…………ちょっと待て」
今……「人間」って。
その言動が当てはるのなんて……1人しか。
1体しかいないじゃないか!
しかし、それに気がついた瞬間。
エルが刀を横に薙ぎはらうっ!
「エル、やめろ!」
俺は反射的にエルの腕に飛びついていた。
ぐっ、と体重をかけるようにして振り抜くエルの腕を逆方向へ引く。
光の速さで動く刀身が、ミノタウルスを切り裂く寸前でピタッと止まる。
あと0.1秒遅かったら危なかったかもしれない。
しかし……納得いかないのはエルだ。
「黙殺。なぜ止める、よしはる」
待て、ギラついた目で俺を見るな。一応仲間だぞ。
余計なことを言おうものなら俺の方が斬られそうだったので、俺はなにも答えずエルを押しのける。
代わりにクロを前に出させた。
クロは胸の前でぎゅっと腕を握る。
ミノタウロスに勇気を振り絞って話しかけた。
「あ、あのっ! クロの言うこと、わかりますかっ⁉︎」
「うおーんっ⁉︎」
今までとはまったく違う反応があった。
ミノタウロスが何を言ったのか俺とエルにはわからない。
でもクロには理解できたみたいだ。
その内に眠る《スキル》の片鱗を呼び起こしながら。
「『どうして、どうしてお前と鳴き声が通じる⁉︎』」
「クロにもよくわからないですけれど……《スキル》かもしれませんっ」
「『夢のようだ、人間と話せるなんて……』」
ミノタウロスは膝の腱を失ったみたいにその場でひざまずいた。
そしてその姿が光りだして……
黒いローブを着た小人のようなシルエットになる。
「フードピクシー。幻覚を見せるモンスターだね」
「じゃあミノタウルスの姿は……幻覚だったのか」
どおりでこっちには危害を加えなかったハズだ。
クロと話している姿を見るに、あまり好戦的でもないらしい。
『夢のようだ、人間と話せるなんて……』なんて言ってたしーー
瞬間、頭の中に電撃が走った。
そして同時に、俺の頭の中に新たなアイデアが浮かぶ。
もしかしてーー
もしかするのか?
「クロ、ちょっといいか」
「通訳してほしいんだけど、できる?」
「はいっ! ピクシーさん。こちらはクロのせんぱいです」
紹介を受けてから前に進み、俺はフードピクシーの目を正面から見た。
「俺は又吉春樹。ピクシー、君は人間が好きなのか?」
「『ああ。よく一緒に遊んだものだ。昔は、な』」
「俺たち3人と会えてどう思った?」
「『見ての通り興奮しすぎてしまった。申し訳ないと思っている』」
「いや、謝らなくていいんだ。そうか、人間好きか。それじゃあ……」
一旦区切って、深呼吸。
自分を落ち着かせて頭の中を整理。
そうせずにはいられなかった。
だって俺の打つこの1手が、問題をすべて解決するかもしれないから。
そのアイデアとは……
「俺たちと協力して、ここに人を大勢呼んでみないか?」
モンスターと、手を組むこと。
次回、ガイド回です。
2016年1月2日夜更新予定