第4話 観光ガイド、追いかけられる
エルの蹴り開けーーというか蹴り飛ばしの是非はさておくとして。
扉がなくなったことによってすぐ目の前は開けた。
眼前に広がるマーリット神殿の内部。
その様子は……
がらん。
巨木の空洞を思わせるほど開けた空間が広がっていた。
ホコリっぽい空気のせいで視界はちょっと悪い。
目が慣れてくると説教台や燭台、長椅子なんかが見えた。
汚れてはいるが掃除をすればそれなりには見えるだろう。
エルが少しだけ肩の力を落とした。
「安心。ダンジョン化はしていないみたいだね」
確認できたことで心に余裕ができたのだろう。
エルは鼻歌でも歌いそうな表情でマーリット神殿内部を見回す。
しかしその一方。
ガイドのプロである俺とクロの総合的な印象は……
「ダンジョン化してないからって、これはちょっとナシだぞ?」
「これ……荒らされてますよね?」
あまり良くなかった。
理由はまあ、クロの言葉に集約されている。
壁に走る荒らされたような痕跡。
人間の手が乱暴に扱ったような傷。
何より不自然なことに、金目の物だけはピンポイントに消えている。
盗賊か何かが関わっていると考えていいだろう。
しかしエルはあまりピンと来ないらしく。
「そうかい? 思ったよりきれいじゃないか」
「まあ長年放置されてきたにしては悪くないけど」
「私の家よりはきれいだよ。住める住める」
「お前やっぱ最大級の危険人物だな⁉︎」
その味わい深い会話を最後に、無言で内部をぐるっと1周。
しかし。
特に目新しい発見はなかった。
クロが拍子抜けしたようにボールペンをカチカチ鳴らす。
「あんまりガイドできそうな物もないですねー」
「だな。少しだけわかったことはあるけど」
「興味。何がわかったんだい?」
「この教会は……金に汚い教会だな」
神殿や教会は大きく分けて2つに分類できる。
1つは純粋な崇拝場所としての教会。
もう1つは財力を見せびらかすためのビジネスの場だ。
外装や規模から判断するにこの教会は後者。
「ただ、これだけじゃインパクトが足りないな……」
城壁の外に神殿の遺跡がある。
これだけではお客様の期待を超えることはできない。
驚きはするが、感動はしないだろう。
そして感動がなければ、お客様は口コミを広げてくれない。
そうなると当然、レッシュ観光社の再建は不可能。
ダンジョン化とか荒らされているとか、それ以上の大問題だった。
うーん……。早速壁にぶち当たってしまった。
「……いや、悩んでても仕方ない」
そうだ。
隠れた名所はそう簡単に見つかるもんじゃない。
地道に情報収集を行い、現地に赴き、さらに情報を得ていく。
それを繰り返してようやく『知る人ぞ知る』観光スポットは見つかるのだ。
だから諦めずにもうひと頑張り! と天井を仰いで立ち上がる。
その、瞬間だった。
ーーピキッ
「…………ん?」
頭の中で響く、ヒビの入ったような音。
その瞬間急に直感が冴えわたる。
そしてーー
「あれって……なんだ?」
ふと目線をやった先にそれはあった。
何の変哲もなさそうな黄ばんだ壁。
音がする前は目に留まりもしなかったそこに、俺の目は釘付けにされた。
「エル、あそこちょっと気になるんだけどさ」
「異論。ただの壁だろう?」
「いや、『何か』あることに間違いはないんだ」
それはまるで、この場所を昔から知っていたかのような。
あるいは、この場所を地図で見たことがあるかのような。
疑いと確信の中間を行く中途半端な自信。
エルに付き添ってもらい、壁を叩いてみる。
ガタガタ、ガタン。
金持ちの宗教施設には似合わない安っぽい板の音が響いた。
その板を押してみると……がこん。
抵抗は一瞬。いとも簡単にその壁は外れた。
そしてその先に現れたのは……
「やっぱりだ」
「驚愕。まさかこんなところに」
「階段、ですか?」
合流したクロの言うとおりだった。
ところどころ苔むした無骨な岩の階段(下り)。
その先は真っ暗だが、湿った空気を流してくる。
マーリット神殿には地下がある、ということだ。
「行こう。もうここしか調べるところないぞ」
「クロちゃん、松明を出してくれないかな?」
「これですか?」
松明を用意して火を点けるエル。
赤々とした炎を頼りに階段を下り始める。
しばらく行くと、ぼうっとした灯りの先に石畳と石壁が浮かび上がった。
まとわりつくような湿気。
急に強くなったカビ臭さ。
コツンコツンと反響する足音。
それだけでも十分不気味な地下通路なのだが……
「静粛。完全に『ダンジョン化』している」
ダンジョン化。
聞いた瞬間、肌で感じられるほどに緊張感が一気に増した。
「あ、あっちに何かいますっ!」
「あれは……ヴァンパイアバットだね」
俺たちを見つめる大量の赤い目。
よく目をこらすと、天井に張り付いているコウモリだった。
常識では考えられないほどの大きさ。
「あれがボスモンスター?」
「否定。コウモリがダンジョン化の影響で巨大化したんだろう」
「じゃああんなんよりずっと恐ろしいモンスターが……」
「い、言わないでくださいよぅ! 怖いですっ!」
「静粛。そんなに大きな声を出すと……あ」
バサバサバサッ!
エルが驚きの声を出した瞬間、赤い光が一斉に飛びかかってきた。
「やれやれ。忠告が遅かったようだ」
「い、いいからエル、後ろ! 来てる!」
「不思議。何を慌てているんだい、よしはる?」
そう言ってエルはーー
肩の高さに上げた手を、流れるような手つきで刀に持っていく。
「ーーこのエルカナが『守る』と言ったからには守るのさ」
しゃきんっ!
聞いただけで切れそうな鋭い音が空気を震わせた。
それはエルが腰元から刀を抜き、振り切った音。
時間も空間もまとめて両断したかのような一閃。
一瞬の沈黙がその場を支配する。
次の瞬間ーー
ヴァンパイアバットの群れは、壊滅した。
エルが刀を振るって、斬り返す。
それだけでヴァンパイアバットが1匹残らず墜落。
時間差で石畳の上に落ちて山となった。
一方斬った側のエルは涼しい横顔で流しながら露払い。
夏風に揺れる風鈴のような音を立て、刀を鞘に収めた。
「確認。怪我はないかい?」
「すげ」
「やだ、かっこいいです……」
思わず拍手を飛ばす俺とクロだった。
当の本人は少し照れたように首を振る。
「提案。少し先まで進んでみよう」
「ああ、わかった」
通路を少し先まで進んでみる。
分かれ道になっていた。
右に進むと行き止まり。
引き返して左に行くと、さらに分かれ道が3つ。
「マーリット神殿の地下は迷路になってるワケか」
しかも海外の遊園地にあるような子供騙しの迷路ではない。
それは、完全にダンジョン化してしまったモンスターの根城ーー。
「決断。思ったより本格的な調査が必要だね。一旦退こう」
「それがいいな。これ以上はマジで迷う」
「そうしましょうよ早く帰りましょうよぅ!」
俺もクロも異論はなく、素直に頷く。
もったいない気はするが出直すのが最善策だ。
俺たちは来た道を引き返そうと振り返った。
ーーその時。
「むぅぉーん、むぅぉーん!」
「下がれ、よしはる!」
2種類の声がまったく同時に響いて。
どちらに反応を返すより先に、エルが先頭に躍り出た。
刀を抜いて、暗闇の先に切っ先を向ける。
その先は俺たちが来た方向、階段がある通路の先。
「エルちゃん……あの声ってもしかして」
「失策。長居しすぎてしまったね」
「ーーえ?」
驚きのあまり、俺は聞き返してしまっていた。
そして怖いもの見たさから思わず松明を暗闇に向ける。
その先に浮かび上がったのは。
松明の光を反射する、浅黒い筋肉。
身長2メートルを超すがっしりした体格。
筋骨隆々の鍛え上げられた身体。
そして、牛の顔。
「確定。ボスモンスターと考えて間違いないだろう。名前は……」
「……ミノタウルス」
地球でもギリシャアテネでお馴染み、迷宮の番人。
ミノタウルスは俺たちの姿を目に捉えて力強く叫んだ。
「むうおおおおおおおおおおんっ!」
「どひゃああああああああああっ!」
クロがエメラルドの瞳を真っ白にしてガクガクと俺を揺さぶる。
「ご、ごごごっ、ゴリマッチョ! 生理的にムリですっ!」
「クロエさん天然自重してもらっていいですか⁉︎」
思わず敬語になりながら一瞬で思考を巡らす。
俺たちと階段までの通路の間にはミノタウルス。
こいつがいる以上、階段から逃げることはできない。
「エル、こいつ倒せる⁉︎」
「可能。しかし通路が狭くて刀がうまく振れない。苦戦は必死だ」
よく見回すと、確かにヴァンパイアバットのいた通路よりも狭い。
長刀を振り回すには向かない地形だ。
そうなれば俺たちの取れる行動はーー1択。
エルがコクリと頷いた。
「クロ、逃げよう!」
「ひゃ、ひゃいっ!」
俺は白目を剥いたクロの手を引いて、松明の火を頼りに先行。
エルを引き離し過ぎないようペースを抑えながら走る。
しんがりのエルは刀でミノタウルスを威嚇しつつ俺たちを追ってきた。
どしん! どしん! むうぉーんっ!
ミノタウロスも追ってきているらしい。
1歩1歩が重く響き、追いかけられる恐怖を倍増させる。
冷や汗が止まらない。
背筋が寒い。
そして……俺たちの進む先に、もっと心を冷やす光景が。
「せ、せんぱい、分かれ道ですっ!」
「ああわかってる!」
松明の光が浮かび上がらせた、数メートル先の分かれ道。
前方が5つもの道に枝分かれしていた。
まずい。
行き止まったら追いつかれる。
どの道を選ぶ?
どっちが正しい?
てか全部行き止まりだったら?
ーーピキッ
そこでまた、あの音が。
階段を見つけた時の奇妙な音が。
頭の中に響く。
ーーピキッ、ピキピキピキピキピキピキ……パリンッ!
そして、何かが目の前に現れた。
真っ青な光に包まれた、1冊の本。
俺の《スキル》は覚醒していた。