000 Lost Memories
──「お、ハルカさん! この前のテストはお疲れ様だったね! ──ささ、お母様も、そちらにお座りください」
──「あ、ありがとうございます。ほらハルカも、そっち座って」
──「うん」
──「わざわざお呼び立てして申し訳ありません。当塾ではテストの結果は全面的に、こうして面談形式でお渡しするルールになっておりまして、本日は最初でしたのでお母様にもいらしていただいたのです。もしこれからも続けて下さるのであれば、これから先はお子様のみになるのですが」
──「あの、娘はこういう学力テスト的なものは受けたことがなかったんですけど、率直に言ってどうでしたか?」
──「それなんですがねー。こちら、ご覧ください。非常に優秀、普段からよく勉強されていますね!」
──「へ、偏差値62ですか⁉」
──「ええ、62です」
──「ねえ、それって高いの?」
──「高いよ! ハルカさん、君はつまり、あと二年間頑張れば、日本でも指折りの優秀な中学に入れるくらいのレベルにあるという事なんだ」
──「ゆうしゅう……」
──「嘘……。信じられない……」
──「特に国語や社会、それに算数の記述問題に強いようです。論理力や思考力が育っている証拠でして、これはとても大きなアドバンテージになりますよ。お母様、ハルカさんの受験というのは、考えた事がありますか?」
──「い、いえ、そんな……。こんなに成績がいいなんて思っていませんでしたし。小学校の通知表もパッとしないし……」
──「ぜひ、お考え頂きたい! いい中学に入るというのは、様々な意味で未来が開けるという意味ですからね。ハルカさんにとっていい結果をもたらすこと、請け合いですよ!」
──「……ハルカ、あんたはやってみたいって思う?」
──「ハルカさん、これは価値ある挑戦だと思うよ。僕たちと一緒に、頑張ってみないか?」
──「んー……。よく分からないけど、やってみようかなぁ。やります、わたし」
──「ちょっと、そんな簡単に決めちゃって……。だいたい、どんな学校がこの子にあっているのかも分からないのに」
──「あの、でしたら簡単ではありますが、僕からの私見を言わせていただいても構いませんか?」
──「私見、ですか?」
──「これでももう、何百人もの子供を見てきたものですから、それなりの見立てをする事はできます。振り分けテストを受けに来た時から今までずっと、感じているものがありましてですね」
──「はぁ……」
──「ハルカさん、君は確か試験前に実施したアンケートの『好きなこと』に、こう書いたよね? 〔夢を見ること〕って」
──「うん、書いた気がする」
──「こら、敬語でしょ! しかもずいぶん妙なこと書いたのね」
──「だって、そうなんだもん」
──「じゃあハルカさんは、どんな夢を見るのかな?」
──「んーと、んーと……。あ、カンペキな人になる夢。何でもできて、誰にでもやさしくできて、みんなから褒められる人になる夢。……です」
──「初耳なんだけど……」
──「あはは。本物の夢を、親や身近な人には話さない子もいますからね」
──「そうなんですか……。あんた、もっとこう何か、普通の夢はないの? パティシエになるとかキャビンアテンダントになるとか、他にも……。そんな変に現実的な夢じゃなくて」
──「だってそんなの、絶対なれないし」
──「…………」
──「そこがこの子の良さだと思うんですよ、お母様。ハルカさんは少々変わっていると思いますが、それは決してよくないタイプの『変わり方』ではありません。ある意味現実的で真面目といいますか、そういった面は生きていく上で大切ですから」
──「それはそうかもしれませんが、もっと子供らしくあってもいいのに……」
──「私立山手女子、という学校をご存知ですか?」
──「知っています。確か、中学受験界ではかなり有名な進学校だとか」
──「大変自由な校風で知られる名門校です。つまり、最低限の約束事さえ守っていられれば、過ごしたいように過ごすことができる学校なんです。ハルカさんにはぜひ、山手女子のような学校をお薦めします」
──「そんな、もったいない……」
──「もったいないなんて事はありませんよ! 自由な校風というのは、個人個人のいいところをうんと伸ばせる場所なんです。他方、普通の学校では往々にして出る杭は打たれ、せっかくのいいところを摘んでしまいがちになるんです。ですから、そういう自由を大切にしてくれる学校をお薦めしているんですよ」
──「……わたし、そんな学校に行ってもいいのかなぁ」
──「そうですよ! こんなボンヤリした子に、受験なんて……」
──「ハルカさん。僕は君には、山手女子生の素質があると思っているよ。君はきちんとした『自分』を持っている子だ。その気になればどんな場所にも目標を見つけ、それを目指してきっとぐんぐん成長を遂げる。そしていつか、夢に描いたように立派な人間にもなれるはずだよ。それは、覚えておくといいと思う」
──「……そうなのか、な……?」
──「お母様、ぜひご一考を!」
──「え、ええ……。帰ったらちょっと、主人と話してみます」
玉川悠香。
それは、ちょっと抜けていて、ちょっと天然で、でも根は真面目な少女。
そんな性格だからこそ、彼女にしか成し得なかった世界がある。そして、未来がある。
ロボットコンテストの勝敗の行方は。
ロボコンの終わった今、『山手女子フェニックス』の向かうべき未来とは。
物理部は。先生たちは。伴に戦い抜いたライバルたちは。
最終章となる第六章、完結済みです!