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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅴ章 ──不死鳥の辞書に不可能の文字はない
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088 残り、四チーム




 いつ、どのチームが駆逐されるのかも分からない、極度の緊張状態の中。

 観客席の片隅で、ついに浅野がその空気に白旗を上げた。


「……すみません、ちょっと外、出ていいですか」

 ほとんど表情を変えずにフィールドを眺めている高梁に、浅野は恐る恐る声をかけた。高梁はきょとんとした様子だったが、すぐに立ち上がる。

「お手洗いですか」

 そう聞かれたので、浅野は適当に頷いておいた。そのままフィールドも高梁も振り返らずに、まっすぐ階段状の観客席を駆け上がり、入口のゲートを抜けて外に出てくる。

「無理よ……」

 柱に手を付き、浅野は項垂れた。この金属の柱がなければ、支えきれなくなって身体が崩れ落ちてしまいそうだった。

「あんな……あんな戦い、見ていられない……」

 息も絶え絶えに浅野は訴えた。

 フェニックスが襲撃を受けたりするそのたびに、浅野はフェニックスのメンバー以上に焦り、恐れ、最悪の事態の想像に慄いた。もう限界だ、これ以上ずっとあんな戦いを見ていたら、頭の線が切れてしまう。そんな危機感が浅野をここまで動かしてきたのだった。

 見る側にはフィールド内以上の心への負担が生じる。いつか陽子が思ったように、自らの意思が作用しない分、傍観者はよりキツいのである。

「……仕方、ないわよ」

 浅野はさらに呟いた。同時に、情けなくなった。生徒は必死に頑張っているのに、顧問の自分は逃げるなんて卑怯だと思った。いや、それでも今は、少しくらいは休憩の時間がほしい……。

 固まった息を吐き出すと、代わりに目元に涙が浮かんできた。こんな自分を見て、周りは何を感じるのだろうか。そんなことを気にする余裕もなくて、浅野は深い深い呼吸を幾度となく繰り返した。


 が。

 運命の神様は悪戯好きだ。すぐに浅野は、『他人の目』を気にせざるを得なくなる。

「あの……」

 やや片言気味の声が、頭上から降ってきたのだ。

 浅野はびくっと顔を上げ、そこに背の高い人影を認めた。彫りが深く、瞳は水色。一目でそれと分かる外国人だ。

「な、なんでしょう?」

 慌てて涙を拭いて向き直ると、浅野は尋ねた。外国人は曖昧に笑って、同じく浅野に質問をする。

「実は、ここのロボコンの本部を訪ねて来たのですが、入口がどこか分からなくなって……」

 ロボコンの本部の入口? 

 どこだったかな。浅野はポケットからパンフレットを取り出し、それを眺めてみる。具体的な場所こそ書いていないが、本部の位置取りからして大体の予測は可能のはずだ。

「あの辺……じゃ、ないでしょうか」

 適当に指差したその先には、『関係者以外立入禁止』という札の掛かったドアがあるのが見えた。

「Oh!  あれですか、ありがとうございます!」

 外国人は目を輝かせて叫んだ。よかった、行く先が見つかって。浅野もつられて微笑んだ。

 その手に、一枚の紙が乗せられる。

「?」

 見上げると、外国人はちょうど財布を仕舞うところだった。「申し遅れました。私はそういう者です。日本ではこういう場面では先ず名刺交換をすべきだと、以前に教わりましたので」

「あ、はあ……」

 何と丁寧な。私も返さなきゃ、と財布の隅々を漁ってみた浅野だったのだが、生憎と一枚も持ち合わせてはいない。

 そうこうしているうちに外国人は、

「本当に、ありがとうございました!」

 その一言を残して、その場を去っていってしまったのだった。


「…………」


 取り残された空気が、まだ生暖かい。

 浅野は名刺に書かれた名前と肩書きを眺めた。『米国航空宇宙局衛星開発部技術主任 Hudson-A-Sagami』──そう書いてある。

「ハドソン……? サガミ……?」

 肩書きがやたらめったら長いが、航空宇宙局ということは所謂NASAか。最近見た名前だなと思った途端、数日前のニュースが浅野の脳に蘇った。

 NASAとJAXAが共同で、無人の大型宇宙船を処女飛行として月面に飛ばす──。そんな話だっただろうか。

 NASA勤めのエンジニアが、このロボコンに何の用だろう。共催団体にはJAXAの名前が挙がっているから、或いはその関連なのかもしれない。何でもいいわ、と浅野は頭の隅にでもそれを流す。

 それより気になるのは、この職業と名前だ。

「……うちのクラスの相模さん、確かお父さんの仕事が技術者だって言ってたな」

 浅野はぼそっと言った。パッと見の年齢はまだそれなりに若そうだったし、年頃の娘がいたとしてもあまり驚きはないはず。

 だとしたら、あれが麗の父親なのか? ならばなぜ観客席ではなく、本部に入ろうとする? 

 浅野には分からない。いや、知らなくてもいい事なのだろう。


 思わぬ訪問者に応対していた間に、いつしか心はようやくの平穏を見つけていた。

「……ロボコンに、戻ろう」

 このままずっと目を離していたら、どんな急展開があるかも分からない。観客席に戻ろうと、浅野は柱にかけていた手を外したのだった。





 事態は再び動き出していた。

 【BREAK】二台の修繕の完了した閏井が、ついに再始動。予定通り『YKSK-Perry』を標的に据え攻撃を開始したのだ。有田と物部の操る【BREAK】は次々に『積み木』を投擲し、その自慢の力を奮おうとした。

 しかし驚いたのは閏井の方であった。『YKSK-Perry』のロボットの回避力は極めて高く、『積み木』をいとも簡単に避けてみせるのだ。

「思い通りの結果なんかにさせるかよ!」

 操縦者(オペレーター)の叫びを浴びながら、有田と物部は珍しく唇を噛んでいた。こちらへの攻撃こそして来ないが、ハンマーをぐるぐる振り回す『YKSK-Perry』の攻撃ロボットは、近寄ったら如何にも危険そうだ。しかもそれがずっと、塔の周りを回っている。


「道理で防御力が高い訳だ……」

 無線で連絡を受けた川内は、どうする、とばかりに陣内の二人を振り返った。【BREAK】の投擲力はそこまで膨大ではないから、ある程度の距離まで近づかなければ塔も崩せないというのに。

「矛先を変えよう」

 十勝が提案する。「他にもチームはいるし、なにも『YKSK-Perry』にこだわる理由はないだろ」

「でも、残ってるチームって言ったら……」

 川内も奥入瀬も、すぐにはうんと頷けなかった。フィールド内に残存するチームはこことYKSK-Perry、茨城県立土浦工科高校『土浦ロボティクス』、そしてあの『山手女子フェニックス』だ。狙える先は、自ずと限られてしまう。

「まあ待てよ、まだ続きがある」

 十勝はにやりと笑った。

「ここで仮に俺たちがロボティクスを狙うような素振りを見せたら、『YKSK-Perry』はどうするだろうな?」




 二分後。十勝の目論見は見事に当たることになった。

 閏井はロボティクスへと矛先を変えたような動きを見せ、今こそとばかりに『YKSK-Perry』は積み上げ作業を急いだ。警戒が手薄になった、その時。

 ガツンッ!

 高速で接近してきていた【BREAK】が、『積み木』を投げ付けたのだ! 

 『YKSK-Perry』の攻撃ロボットが鈍足である事を活かした攻撃だった。塔こそ崩れなかったものの、二台の輸送・積み上げロボットは見事に大破してしまった。

 さらに具合の悪い事には……。


「何⁉」

 YKSK-Perryリーダーの四万十(しまんと)(つばさ)は、修理担当のメンバーに向かって大声で尋ね返していた。

「マジだよ!」

 彼もまた叫び返す。「使えそうな部品がもうほとんど残ってない! 何とかするにはかなり時間を食うから、その間にそいつが壊れたら、おしまいだぞ!」

 四万十はぎりりと歯を噛んだ。輸送ロボット【ポーハタン】と積み上げロボット【フィルモア】は、共に当分動けなくなってしまったのだ。残るはただ一台、手元にある攻撃ロボット【サスケハナ】のみ……。

──ここでは、まずい。閏井(あいつら)から近すぎる。

 四万十は確信すると、【サスケハナ】をとある方向に発進させた。とにかく少しでも時間を稼いで、反撃のチャンスを窺わなければ……。





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