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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅴ章 ──不死鳥の辞書に不可能の文字はない
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084 無敵艦隊の爆走





 ざわめきの鳴り止まぬ会場の両サイドに設置された巨大ディスプレイが、何度も何度も同じ映像を流している。

《ただ今画面にて再度お送りしていますのは、無敵と思われたArmada閏井の塔が崩れた瞬間です!》

《安治さん、もしやこれは今日のこの試合において、大きな転換点になるのではないですかね》

《ほう、その心は何でしょうか?》

《ご覧ください、フィールド内に残存しているチームは僅か六だけです。現在のところ山手女子フェニックスを除く多くが中央付近に布陣していますが、これだけの広さがあるのに散らばらない手はありません。やがて各チームが独立した勢力圏(テリトリー)を持ち、真の塔の積み上げ合戦に移行する可能性があります。過去大会でも似たような事例がありましたからね》

《なるほど……! となると目下のところ、かなりの高さまで積み上げている山手女子フェニックスは有利と言えるでしょうか?》

《いえ、まだ閏井は有利だと思います。輸送用にも使える多機能ロボットが、二台ありますから》

《それもそうでしたね! さあ、いよいよ競技も佳境です! どのチームが生き残り、五メートルの高みへと塔を積み上げられるのでしょうか!》





 陽子の奇襲攻撃が始まって以来、ずっと張り詰めていた物理部の応援団の空気は、実況が止んだ瞬間の北上の嘆息によってようやく破られた。

「……やるわね、あの子たち。私の見込んだ通りだ」

 ある意味、自信に満ち溢れたその台詞に、残りの面々は苦笑いする。ただ一人長良だけは、真顔のままだ。

「……あの、北上さん」

「ん?」

「本当に、実況の言うみたいに推移すると思いますか」

 北上はすっと呆けたように遠くを見たが、すぐに返した。「思わない、かな」

「それはどうして?」

 友弥がその理由を尋ねると、北上は答えを口にする。

「密集してる方が、攻撃には都合がいいじゃない。さっきから見てると、閏井の攻撃のタイミングは塔の崩壊直後と、ある程度まで育った時なんだよね」

 そこで言葉は切られたが、残りの五人にはその続きが容易に想像できた。実況があんなことを言ってしまった以上、閏井がこの機を逃すはずはなかろう。

 と。

「こんな時こそ、フェニックスの出番だね」

 一番端の席から、そんな声がした。誰かと思えば冬樹だ。

 意外なその発言に、友弥が思わず聞き返した。「出番だね、って?」

 五人には訳が分からないのだ。フェニックスの行動とこの状況と、何の関係があるだろう。

「俺がもうひとつの切り札として、あの【ドレーク】なるロボットに搭載した兵器をお忘れかな?」

「何だっけ」

「お前くらいは覚えててくれよユウヤ……。虚しくなるじゃんか」

「『ロボット破壊装置』……だったっけか」

 そうそう、と冬樹は親指を立てる。

 そうは言うけどな、と友弥は困った顔を向けた。友弥は名前だけは知っているが、その機能までは知らされていないのだ。無論、装置そのものすら知らなかった物理部にとっては、もう完全に外部の会話である。

「あれはな……」

 説明を始めようとした冬樹は、いや、と言い淀んで打ち切った。

「見れば分かるさ。あの子たちなら、きっと使うはずだぜ」

「…………?」

 お互いの顔を見合う事しかできない、友弥たちであった。




 果たして。

 北上の読みは的中していた。


「やば、閏井だ!」

 叫ぶ声があったかと思うと、次の瞬間には物凄い音を上げながら塔が崩れ去っていた。

 そのあまりの速さに、再び修理された【アプリコット】の操作にあたっていた日高は、ぎょっとした。そう、ここは私立梅宮中高チーム『梅宮花魁之舞』の陣地付近である。

「あのロボットだ……!」

 呟いた途端、閏井のロゴマークを付けたその攻撃ロボットはくるりと方向転換し、こちらに向き直る。

 ひっ、と日高は声を上げた。もう何度も何度も壊され続け、次に車輪を壊されたら修繕できないと修理担当の子が嘆いていたのが、唐突に脳裏を過った。

「見敵必殺──!」

 向こうの操縦者(オペレーター)が、叫んでいる。ぞわっと総毛立った時には、日高の指はリモコンの前進ボタンを押していた。とにかく、逃げなきゃ、逃げなきゃ……!

 ギュイイイイイン!

 周波数の高い音を巻き上げて、【アプリコット】は逃走を始めた。駆動性能ではあらゆるチームに勝っている『梅宮花魁之舞』自作の強力なモーターは、最後の生き残りを賭けて必死に回転を続けた。

 が、すぐに日高は悟った。速度で多少上回っているくらいでは、向こうには効かないのだと。

 ビュンと風を切り投げられた『積み木』が、【アプリコット】の上部に命中する。衝撃で車軸が折れ、外れた車輪がコロコロと転がった。【アプリコット】は健脚を失って、敢えなく停止する。情けを知らない攻撃ロボットはさらにもう一つの『積み木』を掴み、投擲する。

 バキャッ! 

 側面に直撃を受けた【アプリコット】は、無惨にも破壊されてしまったのだった。


「そんな、ぁ……」


 日高はその場に頽れた。

 逃げ切れなかった。この子を、逃がしてあげられなかった。

 悔し涙が頬を幾つも流れ落ちた。

「……お疲れ、ラン」

 チームメートが隣にやって来た。「仕方ないよ。私たち、よくここまで持ったって」

「ぐすっ……」

「リタイアしようって、もう決まったよ。……さ、戻ろう? 」

 彼女も涙を堪えているのだろう。声が微かに震えていた。

 日高は憐れな【アプリコット】の(むくろ)を抱きかかえ、その場で一礼した。このロボットに活躍の場を与えてくれたフィールドと、活躍の相手となってくれた全ての敵チームに、深々と礼をしたのだった。



 恨みっこなし。

 ロボット同士が、引いては挑戦者(エントラント)同士が操縦によって直接戦闘をも交えるこのロボットコンテストには、初回開催当時からそんな暗黙の諒解がある。

 負けたのは向こうのせいだと言い募るのではなく、素直に自分たちの失敗した点も見つめ、そして次の機会に生かす。運営側がそう指導した訳ではないが、いつの間にかそうしたある種の伝統が挑戦者(エントラント)たちの間には浸透していた。

そうでもないとこんな競技、やっていられないのだ。

 だから、日高はきちんと感謝を示した。これまでにこのフィールドを去った挑戦者(エントラント)たちは皆、そうして礼儀正しく立ち去って行った。




 だが、この男たちだけは例外である。

「梅宮が敗退したな。防御力にあんまり力を割いてないチームだったから、行けるかなとは思ってたけど」

 低い声で呟いた十勝は、川内を振り返った。ニッと口元を曲げた川内は、戻ってきた物部と有田に次の指示を下す。

「次、あそこを狙おう。『YKSK(ヨコスカ)-Perry(ペリー)』だ」

「あの『積み木』を平積みにしてるチームか?」

「そうそう」

 首肯してみせた川内の視界の先には、高さ二メートル半の塔を有する陣地が控えていた。閏井の餌食となる未来がその瞬間に決定付けられたそのチームは、神奈川県立横須賀実業高校チーム『YKSK-Perry』である。

「フェニックスじゃねえのかよ……」

 物部が文句を垂れたが、川内は丁寧に諭した。「あそこはまだ、しばらく様子を見てたいんだ」

「気を付けた方がいいよ」

 奥入瀬が忠告する。

「あれだけの高さの塔を未だに保有してるんだから、かなり防御力に優れてるはずだ。実際、攻撃を撥ね退けてる場面は何度も見かけた」

「分かってら。一瞬で片付けてやるよ」

 豪語する有田は、しかし実力が伴っているから恐ろしい。ああ、と川内は言った。

「頼むぜ、有田。あとちょっとだ」




 そんな閏井の様子を、さっきからずっとじっと眺め続けている少女がいた。

 亜衣である。

 怪我が痛くて起き上がるのも厳しく、修理の仕事も舞い込んで来ていない今、亜衣にできるチームへの貢献と言えば他所の状況を見ることだけだった。だから亜衣はずっと、閏井の動向を睨んでいたのだ。

 フィールドから沸き上がるような灰色の空気の向こうで、閏井はまた何かを決めたようだった。



──待てよ。


 亜衣はふと、気づいた。

 閏井はさっきも似たような感じで集まって何かを話し合っていた。その結果、『梅宮花魁之舞』はフィールドから排除された……。




「ハルカ、ヨーコ、戻ってきて!」





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