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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅴ章 ──不死鳥の辞書に不可能の文字はない
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082 陽子の決心





 応援と悲鳴と怒号とが、滅茶苦茶に入り雑じる会場。

 実況の声もそろそろ嗄れ気味だ。

《壮絶な闘いが繰り広げられているここ関東会場ですが、ここで他の会場の模様をご覧頂きたいと思います!》

《こちらは大阪の関西会場の様子です。先ほど入った情報に依りますと、昨年度一位の兵庫県立摩耶高校『クルーザー』を抜きまして、難波東女子高校『NMB'15』がトップの三メートル五十センチに到達しているとのことです。また、例年ユニークなロボットを繰り出してくることで有名な平等院学院高校『Avengers(アベンジャーズ)』は、マシントラブルが相次ぎ既にリタイアを表明しています》

《続いて福岡の西日本会場です! こちらはかなり前から、琉球工大付属『ロボ(んちゅ)琉球』の独壇場となっています! 現在四メートル、しかし他チームによる応戦で度々崩壊しています! 構築は遅々として進んでいない模様です!》

《仙台北日本会場では道立札幌第二高校チーム、その名も『二位じゃダメなんです』が、四メートルに達した盛岡商科大『ホワイトアイズ』を追撃しています。ですがまだまだ、先は読めないのが現状です》

《いやぁ熊野さん、白熱した闘いが続いていますね!》

《ええ、心なしか昨年度よりも激しさが増しているような感じが致します》




 実況と共に移り変わる大画面テレビには、関東の知らない地域の会場の様子が次々に映し出されている。

「どこも酷いもんだなぁ……」

 渚はふと、そう溢した。隣の聖名子が首を傾げてくる。

「フィールド、見てみなよ」

「フィールド?」

「回収の諦められた部品が、たくさん転がってる。そうでなくても塔が崩れて『積み木』が散乱してるのに、こんなんじゃまともに走れる訳ないじゃん」

 ああ、と聖名子は声を上げた。欠けた車輪やらパネルやら何やら、フィールド上には数多くのガラクタが転がっているのである。それも、ロボットが乗り越えられないような大きさのものまで。まるでスペースデブリだ。

「ひどいね……」

「うん……」

 頷き合う二人。その横から、北上が口を挟む。

「そこまで見越してるのよ、このロボコンは」

「ええっ? 」

「時間が経てば経つほど、そして強くあれば強くあるほど、難易度が上がってそのチームは苦労するって訳よ。このロボコンの運営なら、そこまで考えていかねないわ」

 昨年の結果を知っている北上の言葉だ。それは重たい実感を伴って、二人の耳を深くまで穿った。

「…………」

 もはや、渚にも聖名子にも分からなかった。

 このロボコンは一体、何を目指しているのだろう? 





「やっと、直った……」

 麗はそう言うと、陽子にリモコンを手渡してくれた。

「……ありがとう」

 受け取った陽子は、辺りを見回した。もう視界に入るチームもずいぶん減ってしまった気がする。激しい闘いの跡を示すように、フィールドには無惨に散ったロボットの部品が儚げに影を落としている。

──『無人格闘技』、いよいよ本領発揮、ってか。

 苦笑すると、陽子はまたフェニックスの陣地をも振り返った。亜衣は足首を押さえながら倒れたまま、菜摘は血走った眼でタブレット画面の光を見つめ、麗は急ぎの修理でごちゃごちゃになった段ボール箱の中身を整理しながら、彼女らしからぬ大きなため息を吐いている。

 そこへ、悠香と一緒に【エイム】が戻ってきた。そのアームには確りと、『積み木』が握られている。

「それ、何段目?」

 尋ねると、悠香はすっかり草臥れた声で返事を寄越した。「多分、三十二段目……。目標まであと、たった十八個だよ……」

 その口調で『たった』なんて言われても、と陽子は感じた。ついさっきも道中を攻撃ロボットに追い回され、悠香もかなり憔悴しているみたいであった。


 無事に三十二段目を乗せた【エイム】には目もくれず、ふらふらと次の目標を定めに走る悠香の姿が、目に、心に痛かった。

──五人もいるチームなのに。健全なのは、あたしだけか。

 そう思った途端、急に申し訳ない気持ちに駆られて、陽子は地面を睨んだ。コンクリートののっぺりした面が、陽子を睨み返した。

──みんな、すごく疲れてる。先の見えない場面に慣れすぎて、疲れ切ってるんだ……。

 陽子には自分だけは疲れていない自信があった。勝負の行く末を握っているのが、実質的には陽子だけだったからだ。自分次第で、【ドレーク】次第で、塔は崩されロボットは襲われる。その振る舞いを唯一制御できた陽子だけが、この中では傍観者となり得なかったのだ。

 だが、それでは意味がない。それで勝てるような相手ではないだろうし、それで勝てたらチームは要らないのだ。


 今、このチームに必要な、一番大切なモノ。

 それはきっと希望だ。もしくは光明と言い換えてもいいだろう。勝利への先が見通せるようになるような、何かしらのきっかけだ。

──せっかくあたしたち、ここまで勝ち残れたんだもん。ここまで来てあっさり敗退とか、冗談じゃない。出場してない人たちのためにも……。

 何か、何か陽子にできる手立てはないか。背伸びをした陽子は、【ドレーク】のリモコンをぎゅっと握り締めた。




 あった。




──あれならきっと、みんなを元気付けられる……!


 陽子は確信した。そうと決まれば、やるしかない。

「ナツミ」

 声をかけると、菜摘は少し熱っぽい顔を上げてこちらを見る。陽子は半ば命令口調で言った。「【ドレーク】の速度、上げられる限界まで上げてくれる?」

「限界って……安定性も操作性も落ちちゃうよ」

「そんなことに配慮してたら、あいつには敵わない」

 不思議そうに首を傾げながらも、菜摘はパソコンに数値を打ち込む。そうだ、これは賭けだ。そのことは操縦者(オペレーター)の陽子が、一番理解している。

 スイッチを前進に入れると、【ドレーク】は持てる力の殆どを割いたキャタピラーで全力で走り出した。クローラーが高負荷の高速回転で唸る音を追いかけて、陽子も走り出した。無風のはずの会場の埃っぽい空気が、耳元でびゅんびゅんと鳴った。


 目標までの距離、目算九十メートル。






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