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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅴ章 ──不死鳥の辞書に不可能の文字はない
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078 押し寄せる敵





《ただ今数えましたところ、なんと高さが一メートルを越えている塔が、全四十八チーム中たったの十二しかありません!》

 実況の報告に、会場は大きくどよめいた。さっきまではごろごろあったのに、確かに明らかに減っている。

《開始十八分、思っていたより展開が早いですね……。これはいよいよ先が読めなくなってきました》

《そうですね、まさに予断を許さない状況です。──あっ、熊野さん見てください! 多くのチームが、輸送に使用しているとみられるロボットまでも戦力として使用しています!》

《使途を無視しての必死の反抗……。何ということだ》

《えー、再度申し上げますが挑戦者(エントラント)の皆さん、人間への攻撃は厳禁です! また、ケガには十分注意してください!》


 さっきから実況のボリュームがかなり上がっているが、下のフィールドには恐らくほとんど届いてはいないであろう。

 機械と機械がぶつかり合い、壊し合い、殴り合う音が、会場に果てしなくこだましている。観客たちに許されているのは、手に汗を握りながらその様子を見ることだけだ。


 これは、ロボコンではあってもロボットコンテスト(・・・・・)ではない。

 厳密には、ただのロボコンですらない。

 ロボット同士を介して人と人、チームとチームとの意地や技術が衝突する、言わば代理戦争(・・)なのだ。





 さながら戦国乱世の様相を呈し始めた、フィールドの上。

 状況に流され、危険な賭けに出る事を決めたチームがあった。それは注目チームの一つである、私立群馬学苑上野中高チーム『Psycho-don』だ。


「くそ、何回立てても崩されるっ!」

 去ってゆく閏井のロボットを睨み付け、リーダーの遠賀康輝は吐き捨てた。閏井の陣地は、ここから僅かに二十メートルの位置にあるのだ。彼らからすれば格好の標的なのだろう。

「遠賀、もうここにいるのは止めないか……?」

「そうですよ遠賀先輩! あんな奴等がすぐそばにいるから、いくら積み上げても無駄に終わるんです!」

 チームメートの悲鳴が、もう十分近くも前から耳を穿っている。

「分かってるッ!」

 遠賀はフィールドを睨みながら、それだけをやっと返した。フィールドに刻まれた小さな傷の中が、どこまでも無限に深く見えた。


 彼を苦しめる要因は、他にもあった。

 陸軍士官学校を前身とする名門・群馬学苑には、『強い精神』『立ち向かう力』を重んじる教育が伝統的に残っている。そのため、生徒の中にもそうしたものを重視する人は多い。もしここで逃げたら、学校に帰ったときに彼らに負け組の烙印を押されるのは確実なのだ。

 プライドを捨てるという行為は、見かけに反してとても難しい。だから遠賀も、簡単に踏み切る訳にはいかなかったのだ。


 しかし、後輩の操縦する輸送ロボットが三度目の被害に遭った時、遠賀は拳をぎゅっと握り締めた。

 ここは理想を振りかざす場ではない、戦場だ。勝つために自分はリーダーの信頼を受け、この場に立っている。

「……勝たなきゃ、意味がない」

 低く呟いたかと思うと、遂に遠賀は指示を下した。「移動しよう! 場所は──そうだな、北東の隅に行くぞ! あの辺りなら強豪校の分布が少ないはずだ!」

 何だかんだでその判断を待っていたかのように、群馬学苑上野のメンバーは一斉に陣地を引き払い、長距離の移動を開始した。


 問題は、移動先が悠香たちフェニックスの陣取るエリアであったこと。

 そして、群馬学苑上野『Psycho-don』には大規模な応援団が付き添っていることであった。




「なんだ、あれ……」

 悠香と交代しジュースを喉に流し込んでいた亜衣は、危うくそれを噴き出しそうになった。

 何とも臥体のいい五人のチームが、小走りでこちらへ向かって来ているのである。

 さては襲来か、と思い身構えたフェニックスの陣地残存メンバーだったのだが、彼らは手前の空き地に腰を下ろした。そうしてあっという間に陣地を設置し、積み上げ作業にかかる。そのお揃いの服装から、群馬学苑上野中高である事が見てとれる。

「あれって確か、スタート前に実況で宣伝してた所だよね」

「早いなぁ……」

「一瞬だったね」

 よく分からない安心感に包まれつつ、笑い合った直後であった。背後から突如、大音声が轟いたのだ。

《フレー! フレー! Psycho(サイコ)‼》

(おっ)せー! 押せ押せPsycho(サイコ)!》

 応援団が移動を終え、斉唱が始まったのである。しかも高校野球さながら、ブラスバンドの演奏まで始まった。

「何、あれっ……!」

 あまりの煩さにフェニックスのメンバーは耳を押さえ、懸命に音を入れまいとする。これではまるで集中できないではないか。いや、それともまさか、それが最初から目的だったのか? 

「よっしゃ! どんどん積み上げるぞ──!」

「おう!」

 対する群馬学苑上野は勢いづいていた。これまた多くのチームと違い、このチームには攻撃ロボットがいない。輸送ロボット二台を駆使して、どんどん手当たり次第に『積み木』をさらってゆく。

 目の前を高速のロボットにびゅんびゅんと通過され、悠香も陽子も必死にロボットを回避させようとする。が、ドレークはともかくエイムは自律制御ロボットだ。手動操作もできるとはいえ、そんなに都合よく事が運ぶはずはなく────。

 ガシャ──ンッ!

 対峙から三分、遂に恐れが現実になった。群馬学苑上野のロボットと【ドレーク】が、続けざまに【エイム】が、衝突事故を起こしたのである。

向こうの車体の方が重かった。撥ね飛ばされた二台は回転して止まり、動かない。

「やばい、止まっちゃった……!」

 大慌てで陽子は【エイム】と【ドレーク】を陣地へ運んだ。麗と二人で確認すると、ぶつかられた右の車輪が欠けてモーターが壊れている。

「私がやる」

 陽子を遠ざけ、麗は慎重にピンセットとライトを手に【エイム】を裏返した。

 その時。

(いっ)けー! 行け行けPsycho(サイコ)ッ!》

 妨害せんとばかりに、けたたましい応援が耳をがんがんと穿つ。

「ああもう……!」

 陽子は耳を塞げたが、工具を持っている麗はそうはいかない。口を真一文字に固く結び、すぐに修理の終わった【エイム】を悠香に押し付けて【ドレーク】に取りかかる。本人は真剣にやっているのだろうが、手が小刻みに震えていた。


 流れ行くのは、汗の滲むような焦れったい時間。

 悠香はスプレーを使って懸命に【エイム】を誘導し、何とか『積み木』を掴んでいる。良かった、と陽子が一安心しかけた、その時だった。

 ぱきん、と軽い音が響いたのだ。

「…………!」

 陽子が直ぐに振り向くと、麗は絶望的な眼差しで手先を見つめていた。なんと、軸が折れてしまっている! 

「代わりを!」

 直ぐ様陽子は段ボールを漁り、同じ部品を差し出す。受け取った麗が、今度はしっかりとモーターに嵌め込んだ。

 たったそれだけの動作だったが、陽子にも麗にもショックは大きかった。あの失敗知らずの麗が、初めて修理中にミスを犯したのだ。

「ちくしょう……!」

 地団駄を踏みたい気分だったが、どうしようもなかった。ただひたすらに、苛々ばかりが募る。

 その時、背後から『ガタン!』と音がした。

「⁉」

 振り向いた陽子と麗の目に映ったのは、最上段から落ちてフィールドに転がっている『積み木』だった。信じられないといった表情で、悠香がそれを茫然と見ている。積み上げ中だったのだろう、【ドリームリフター】がするすると高度を下げている所だった。

「どうしたの⁉」

 陽子が駆け寄ると、悠香は焦点の合わない目で答える。「十六段目を積もうとした【エイム】のアームが、不自然なくらいぐらついて……。上手く真下に落ちなかった……」

「不自然に?」

 悠香は自分の腕で、それをやって見せた。『積み木』を掴んだアームは横向きに微動し、やがてロボット本体そのものが振動を起こしたというのだ。

──どうなってるの?

 陽子と麗は顔を見合わせた。菜摘にも亜衣にも悠香にも、何がなんだか分からない。

 どうしてここまで上手くいかないのだ。それもこれも全部、あの応援が始まってからだ。


「くそ……! あれさえ、なきゃ!」

 五人は唇を噛んだ。血が浮かんでも痛みが流れ出しても、打開策は出てこない。せめてあのチームを追い払えたら、それだけで……! 




 と。

 その耳に、あの(やかま)しい応援の声を撥ね付けて、別の澄んだ声が飛び込んできた。





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