077 迎え撃て!
「あ、あれ……」
麗の言葉に悠香が振り向くと、車高の低いロボットがこちらの塔の陰に隠れたところだった。すぐに、ドンという重い音が響く。
「攻撃ロボットだ!」
悠香たちは慌てて駆け出し、ロボットを見た。棍棒らしき何かを据え付けたロボットが、横向きに塔を殴っているではないか。ロボットの上部には、『大洗二階堂高校 ボーイズ・パンツァー』と銘打たれている。
が、フェニックスの塔は底部で接着されているのだ。多少の衝撃くらいでは、びくともしない。むしろ反発力でダメージを受け、そのロボットはじりじりと後退している。
「……なんだ、脅かしてぇ」
心配して損した、と菜摘は早くもパソコンに目を戻してしまった。悠香と麗も、似ようなものだ。
「……こっち向きに積み上げて、よかったよね」
「うん、本当」
「なんかもう、このまま見ててもいいかも」
思わず悠香の口をついた安堵の暢気な言葉に、残りの二人はすっかり苦笑いしている。と、その向こうから陽子が戻ってきた。
「あ」
ロボットに気がついたのだろう。悠香は声をかける。
「ヨーコ、そのロボット撃退してくれない?」
「あいよー」
なおも執拗に攻撃を重ねる『ボーイズ・パンツァー』を正面から見据えた陽子は、【ドレーク】の手動操縦スイッチを切った。
途端、【ドレーク】は凶器と化した。瞬時に認識した攻撃ロボットに近づくと、あの強力な≪ショットガン≫を横っ腹に見舞ったのである。
バギィッ!
攻撃ロボットの側面は簡単に打ち砕かれ、動きがひどくゆっくりになった。そこへ【ドレーク】は、まるで躊躇も情け容赦もなく追撃する。激しく部品が飛び散り、中破した攻撃ロボットは慌てて逃げていった。
「……やっぱりすごいな、こいつ」
「うん……」
【ドレーク】を見つめ、四人は嘆息した。練習で見慣れた攻撃とは言え、ここまでやるとは思っていなかったのだ。
「まぁ、期待通りではあるんだけど」
「自動にすると、金属とか木はみんな敵と見なして攻撃しちゃうもんね。うっかりしてると自滅しちゃう」
また手動に切り換えた【ドレーク】を動かしながら、陽子は笑う。その顔がふと、冷静になった。「……しかし、よく考えたらうちの塔ももう高さが一メートルか。目立ってきたし、これから攻撃が来るようになるかもね」
悠香は塔を振り返った。亜衣との交代後もコンスタントに積み上げられ続けた『積み木』の塔は、今や悠香の背丈の三分の二近くに至ろうとしている。
「注意しなきゃだね」
そう言うと、うんと頷いた陽子は手を振った。「じゃ、また行ってくるねー」
うんと頷いた悠香たちもまた、手を振って送り出そうとした。
その背中の向こうに、さらなる襲来の姿を見るまでは。
「ヨーコ、やばいやばい! 後ろにいっぱいいる!」
悠香は絶叫した。四台ほどのロボットが、明らかにフェニックスを睨みながら走ってくる。ぞわりと毛が逆立ったのが、肌にはっきり感じられた。
「多っ……!」
さすがの陽子も唖然としたようだった。全速力で【ドレーク】は引き返し、こちらの塔の前で四台を迎え撃つ準備を素早く整える。麗も工具を握った。破損するのは、ほぼ分かりきっている。
バスン!
先頭のロボットが野球のボールを発射したが、それは塔のぎりぎりを掠めて消えていった。次のターンの準備をしているらしいそのロボットに、一台後ろのロボットが噴射した水がかかる。
バチバチッ、と音を上げ先頭は動かなくなった。ショートしたのだ。それを狙っての放水だったのだろうが、皮肉にも水を喰らったロボットはそこに引っ掛かり、前に進めない。呪縛から放たれ自動操縦になった【ドレーク】が、さらに後方から来たロボットもろともそれらを凄まじい力で吹き飛ばす。スピンしたロボットたちは進路を変え、隣のチームの塔へと転がるように向かってゆく。
そこに、さらなる四台目がパチンコ弾を連射してきた。エアガンのような発砲音と共に甲高い音が跳ね、【ドレーク】の電池ボックス上部のカバーが跳んで電子基盤が露になった。
「しまった……!」
悠香たちは焦った。続けざまに射出された弾丸が回路基盤を吹き飛ばし、【ドレーク】は自慢の≪ショットガン≫を使えなくなってしまったのだ。
が。次の瞬間、事態が好転した。
「退いた退いたーっ!」
亜衣の叫び声と共に、『積み木』を持ったままの【エイム】が斜め後方から攻撃ロボットに衝突したのだった。
衝撃でロボットは敢えなく横転し、動かなくなってしまった。チームの人間だろうか、『都立村山クルセイダー』の名をジャージの胸に刻んだ挑戦者が、慌てて駆け寄ってきて故障したロボットを回収していった。
「勝った……!」
「勝った勝った!」
「撃退できたよ!」
五人は手を取り合って喜んだ。俄然、自信が出てきた。
急いで【ドレーク】を修理しなければならない。捩れて傷ついたコードを麗がさっと交換し、カバーを嵌め直してテープで止める。
「大丈夫だよ」
その一言を待ってました、とばかりに陽子はリモコンを持った。「あたしも攻撃してきていい? このフィールドにもうちょっと馴れたいからさ」
「頼みます!」
悠香は大声でそう返事したのだった。
その一部始終は、上の観覧席からは一望のもとに見る事ができた。
「…………」
「…………」
フェニックスのメンバーの親たちは、完全に沈黙していた。
このロボコンにつけられたあだ名は、ずばり『無人格闘技』。テレビ番組でそうした事を知っていた者は多かったけれど、このロボコンがかくも激しい競技などとは思っても見なかったからだ。
「……ロボコンって、こんなに危険でしたっけ」
震える声で亜衣の母は呟いた。「ロボットとロボットが傷つけあうなんて、初めて見ました……」
「……しかも、あの子たちもちゃんと対応できていますものね。なんというべきか、恐ろしい」
言ったそばから凄まじい崩壊音が響き渡り、親たちは首をすくめる。しかし悠香たちに怖気づく気配はない。ロボットの行き交う間を、変わらないペースで自ら走り回っている。
その表情は真剣だ。これまであの五人が見せたことのなかった、覚悟の染みついた真剣な顔が、そこには五つ揃っている。
「……こんなことを、あの子はずっとやっていたんだ」
菜摘の母は呻いていた。
「あの子は、ナツミは、いつの間にあんなに楽しそうに生身の人間と向き合うようになっていたんだろう。親の私たちからすれば、いつもパソコンに向かっていて不健康きわまりないとばかり思っていたのに」
「……私もハルカの事、そう思ってました」
悠香の母がそう続け、皆は一様に首を垂れた。
自分たちは偏見で子どもたちを見ていたのではないか、という無言の問いかけが、どこからか発せられていた。今日までの日々の中で親にできた事は、ただ彼女たちの振る舞いの変化を感じ取る事だけだったのだと、その声は語っていた。
そんな事とは露知らず、眼下の悠香たちは尚も懸命にロボットを動かし、『積み木』を積み上げ続けていた。次々に横倒しにされた『積み木』は目に見えて減り、代わりに灰白色の床が少しずつ姿を見せ始めている。
閏井の陣地では、再び戦況分析が行われていた。
「周りはみんな崩せたな」
かなり遠くまで双眼鏡で見渡しながら、奥入瀬がそう言った。ふぅん、と川内は唸る。
「どう思う。今もまだ一メートル以上の塔を有する他のチームは、どこも強そうだ」
「うちの塔も破壊されちゃったしなぁ」
十勝のすぐ横には、度重なる波状攻撃で崩されてしまった塔の積み木が散らばっている。有田と物部はまだ前線で頑張っているようだが、果たして。
「やめとこう」
川内は宣言した。「今積み上げても、どうせまた崩される。僕らには壊せるモノなんかないって、他のチームに思わせるんだ。そうすればこっちの一方的な攻撃になるからな」
「……悪くないね」
十勝と奥入瀬もニヤリとした。ならば、有田と物部にはもうしばらく頑張ってもらおう。