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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅴ章 ──不死鳥の辞書に不可能の文字はない
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075 加速する戦場




「……遅すぎるわね」

 走るロボットたちを見ながら、長良が呻くように言った。

「他所のと比べて、スピードで完全に劣ってる」

「……言えてますね。隣のしょぼそうなチームにも負けてる」

 渚も反応した。隣のチームのメンバーに聞かれたら、どんな顔をされただろう。ひやひやする。

「あいつら、気付いてるのかな……」

 不安が、口をついて出た。




 しかし悠香たちも、そこまで凡庸ではない。

「一段の積み上げに、四十五秒か……」

 タイマーを睨みながら亜衣は呟いた。ちゃんと計っていたのである。

きょろきょろと周囲を見回した陽子が、それに同意する。「他所のチームは三十秒くらいだね。あたしたち、ちょっと遅いな」

 確かに、フェニックスの周辺のチームの多くは、既に二段目を積み上げようとしている。悠香と【エイム】はまだ、ようやく『積み木』を掴んだ段階なのに。

「これ以上の加速はできないの?」

「できるよ。ただ、あんまり速くし過ぎると安定が悪くなるから……」

「1.5倍までなら大丈夫」

 スペックシートに素早く目を走らせた麗は、断言した。量子電池を導入した時に、どのくらい性能を上げられるのか計算していたのだ。

 それだけ加速できれば、所要時間は一気に十五秒も縮まる事になる。

「やるしかないよね、それ」

 亜衣の言葉に皆は頷く。ちょうど、二段目を掴んだ【エイム】が【ドリームリフター】に乗り、上昇を始めていた。設定を変更するなら、今だ。

「ナツミ、急いでプログラムをいじってくれる?」

「分かってますって!」

 唇を舌で濡らすと、菜摘はものすごいスピードで画面を叩き始めた。それを確認した陽子は、声を張り上げる。「ハルカ、こっちに戻って来て!」

 陽子の声に、三つ目を探していた悠香は駆け足で戻ってきた。

「どうしたの?」

「速度を速くしようと思うんだけど、どうよ?」

「……いいと思う」

 息を切らせながら悠香は大きく首肯する。

「私も何となく、周りのチーム速いなって思ってた。そうでなくても私たちは不利なんだし、上げられるなら上げたいな」

 ならば決まりだ。【ドリームリフター】の台から降りてきた【エイム】に停止命令を発すると、亜衣が走り寄ってUSB端子を接続した。タブレットを手にした菜摘が、改良を加えたプログラムをインストールする。

 その間、五秒。再起動し発進した【エイム】の速度は、明らかに改善されていた。第三の目標はどこだろう、とカメラをぐるぐる回している。

「だいぶ速くなってるね」

 そう呟きながら、三つ目をマーキングすべく悠香もまた走り出す。

「疲れてない? 大丈夫?」

 交代要員である亜衣の質問に、悠香は親指を立てて返した。まだまだ、走れる。



 競技の進行は、おおむねフェニックスの予想の通りであった。

 五十センチと十センチの辺のある『積み木』を、なるべく速く五メートルの高さに積み上げるのだ。誰がどう考えたって、五十センチの方を高さに変える方がいいに決まっている。大半のチームは『積み木』を縦に使用し、十段積み上げることで五メートルを達成する作戦を取っていた。フェニックスのように十センチを縦に使用するチームは、ごくごく少数であった。

 しかし、両者には速度以上に大きな決定的な差がある。安定性である。五十センチを縦にして積み上げる場合と、十センチを縦にする場合とでは、底面積が五倍も違うのだ。狭い方がより倒されやすい事など、火を見るより明らかである。




 フィールドの中心に位置する閏井のチームもまた、十段で積み上げを終えるつもりであった。

「よし、三段目も乗せた」

 するすると高度を下げるフォークリフト状のロボットを見上げ、川内は歓喜の声を上げた。「想定よりペースが速いな」

「おう! オレの働きのお陰だな!」

 爽やかに笑うと、有田はリモコンを手に【BREAK】の後を追いかけていった。もうすぐ物部の方も帰投するだろう、そうしたら四つ目だ。

「けど、この位置だからな。一際目立ってるはずだ」

 冷静な一言を放ったのは奥入瀬である。故障が出ていない間は、他所のチームの動向を監視しているのである。

 その可能性は川内も把握していた。何せ昨年度優勝チームだし、さっき自分は宣誓の舞台にも立ったのだ。標的になる順番は、たぶんどこよりも早いだろうと。

「そろそろ他のチームの塔も高くなってきたからな、攻撃を始めるかもしれない」


 奥入瀬がそう付け加えた時だった。

「うおおおおお──っ!」

 雄叫びを上げる人影と共に、一台のロボットがこちらに向かって接近して来たのである。人影の服装ですぐに分かった。ロボットの攻撃力が自慢の強豪『東高軍』のロボットだ。側面部にステッカーで【震電改】の名が貼られている。タイヤはかなり大型で凹凸がはっきりしており、それでいてかなりの速度を出している

「来たな……!」

 だが、まだ距離があるから安心できる。川内は手を口元に当て、輸送ロボットを運用している他の二人をインカムで呼ぼうとした。攻撃と輸送を兼ねる彼らなら、この事態を対処してくれるはずだ。


 しかし、攻めてきた東高軍のロボットの力は、閏井チームの予想を裏切った。

 ヒュッ! 

 空気が裂けるような音がしたかと思うと、ロボットは正面の円筒から何かを発射したのである。

 それは塔の一段目中腹部に命中し、バランスを失った塔は敢えなくガラガラと倒壊した。有田と物部は、全く間に合わなかった。

「よっしゃあ!」

 人影──否、『東高軍』メンバーの背後から歓声が弾ける。唖然とする閏井のメンバーを尻目に悠々と方向転換すると、次の獲物を狙うべく彼らの攻撃ロボットは再び走り出した。

「何だ、ありゃ……」

 声を失う川内の横で、ロボット管制担当の十勝が唸る。「……コイルガンだろうな、あれ」

 コイルガンとは、電磁石に生じる磁力を利用して金属製弾丸を加速する砲である。

「『東高軍』の連中だよな、さっきの。昔から攻撃系にやたら強いチームだったし、あのくらいやって来るだろうとは思ってたけど……」

「…………」

 無言のうちに納得した川内は、背伸びをして広い会場を見渡した。あちらこちらで崩壊音が聞こえている。フィールド全域で、崩し合いが始まったのだろう。


「面白い」

 川内の口が、不自然に歪んだ。

「向こうが強い方が、やりがいがあるってもんだよね」




《『積み木』が崩れる音が、フィールド内に響き始めました! 各チーム同士、塔の崩し合いが始まった模様です!》

挑戦者(エントラント)の皆さんは、ケガに十分注意して臨んでください!》

 実況にも熱が籠り始めたようだ。早くもやや嗄れた様子のアナウンサーの声に、今や応援も忘れて人々はフィールドに見入っている。


「あれでだいぶ、マシになったわね。横積みとは言え、遅れはそんなに大きくないみたい」

 ほっとしたように長良は言った。が、冬樹がその後を逆接で繋ぐ。

「でもかえって不安定になったな。スピードが速すぎて、ロボットそのものがぐらぐらしてるようにも見える」

「どっちを取るかよね。ただ、塔には接着剤を使ってるわけだし、積み上げてしまえばそんな簡単には崩れないはずだけど」

 二人の憂慮をよそに、フィールド上の【エイム】は悠香のマーキングした『積み木』を次々に拾い集めてゆく。ただでさえ五倍の『積み木』が必要なのだ、安定性を犠牲にしたとしても、余りある改善だろう。

「何にしても、もう少し様子を見た方がよさそうね」

 北上が口を挟んで会話を断ち、二人はまたフィールドへと目を戻したのだった。



「……ここからがこのロボコンの真骨頂よ。頑張って、五人とも」


 北上の溢した言葉は歓声に紛れ、両隣の二人にすらも届かなかった。







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