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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅴ章 ──不死鳥の辞書に不可能の文字はない
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073 ルール説明




《あー、あー。マイクテスト……マイクテスト……》


 コンコン、とマイクを叩くような音がスピーカーを震わせたかと思うと、滑らかな語りが始まった。

 実況放送の開始である。


《本日は、全日本スーパーロボットコンテスト THE-BATTLE2015にお越し頂き、まことにありがとうございます。本日、司会進行を勤めさせていただきます、アナウンサーの安倍(あべ)省吾(しょうご)です》

《同じく実況を担当いたします、解説の熊野(くまの)聡一郎(そういちろう)です。皆様、よろしくお願い致します》


 ぱちぱちぱち。客席から遠く離れたこの控え室にも、拍手が疎らに聞こえてきた。キーボードを打ち終えた菜摘が、後を継ぐように言葉を発する。

PC(こっち)の準備は済んだよ! ハルカたち、どう?」

「私たちも大丈夫かなー」

 地面に寝そべって車輪の様子を確かめつつ、悠香はそう答える。磨耗が確認されたために急遽昨日新たに交換した車輪だったが、必要な摩擦はきちんと確保できているようだ。

「うん、OK!」

「先にアイたちが行って準備してるはずだから、あたしたちも行こう」

 陽子の言葉に頷きあった三人は、リモコンその他を手に歩き始めた。重たい音を立てながらロボット三台がその後ろに続き、幅の広い通路を走行する。

 天井付近のスピーカーからは、実況がルール説明を始めようとしている。


《基本となるルールはひとつ、約9000㎡のフィールド内に散らばった『積み木』を積み上げ、高さ五メートルにするというものです。ただし各チームのロボットは、他の『積み木』の塔ないしロボットを攻撃することができます。全てのロボットが動かない状態が三分間続いたチームは、その場でリタイアとなります》

《ロボット同士の交戦は認めますが、互いの操作に当たっている挑戦者(エントラント)に攻撃を行うのは、人為的でなかったとしても反則です。また、修理は時間内に何度でも行えますが、フィールド内に持ち込める修理用資材は段ボール箱二つ分までとします。各チームの挑戦者(エントラント)はフィールド内に六人以上同時に滞在してはならないものとし、フィールド外からの遠隔操作も認めません。フィールド内では携帯電話やパソコン等の通信機器は自由に使用可能とします》

《本会場での出場チームは全四十八組でして、全国の四会場全体ですと二百二十組に上ります。大阪の関西会場、熊本の西日本会場、および盛岡の北日本会場の模様は、本会場内にあります大型ディスプレイにて順次案内いたします。また、本大会全体の模様は、全日本テレビの特設ライブ番組『実況!JRC2015』、FMラジオ82.3MhzのJapan-WAVE『JRC2015ウラトーク』にて視聴が可能です》

《様々な楽しみ方ができるロボコンとなっております!》


「大型って、あれか」

 陽子の声に振り向いた悠香の後方には、教室の床ほどの面積はあろうかという巨大な画面が据えられている。

「大きい……」

 思わず口にすると、菜摘も同意した。「どうやってあんなの搬入したんだろうね……」

 日本最大規模のロボコンと言っていたが、一体どれほどお金をかけているのだろう。これで出場が無料だなんて、入場料を徴収していると言えども俄には信じられない。それだけの投資の価値が、このロボコンにはあるのだろうか?

 私たちには関係ないか、と呟いた悠香のもとに、亜衣たちが駆け寄ってくる。そのシルエットの向こう側に、二つの段ボール箱が置かれているのが見えた。工具箱やパソコン台も、もう整えてあるみたいだ。

「陣地の準備は済ませといたよ」

「あ、ありがとう! 助かるよ!」

 叫んで手を握ると、ほんのり頬を染めながら亜衣は尋ねてくる。「ロボットの方はどう? さっきの練習で見つかった速度ミス、修正できた?」

「ばっちりよー、やっぱ他所より速度は遅いけどね」

 いま答えたのは横の菜摘であるが、亜衣は菜摘の方を向きながら悠香の手に力を込める。「よかった。あと十分で始まるよ。早く待機してよう」

「うんっ」

 ロボットたちが追い付いてきたのを確認した悠香は、亜衣と菜摘について最後に陣地に踏み込んだ。

 横に細長いフィールドの、北西の隅。ここが、悠香たち『山手女子フェニックス』の居城となる。


 ルール説明は、まだ続いている。

《各チームの待機場所は、予め指定されている百ヶ所以上の陣地用地の中から、自由に選ぶことができます。なお、スタート後は陣地場所の任意の変更が可能です》

《いずれのチームが一着であったかは、会場内の高さ五メートル地点に設置されております赤外線探知機にて判断します。それでも不明な場合は、ビデオ判定にて勝敗を決定します》

《今回は特別審査員として、JAXAロボット開発部門長の最上(もがみ)峯幸(みねゆき)氏、ならびに東都大学工学部先進ロボット工学科教授の狩野文子氏、同学科准教授の常願寺弘人氏にお越し頂いております》




「……名前、呼ばれたわね」

 まるで空港のようなコンコースを歩きながら、浅野は独り言を言った。

 自分の部員が出場する大会を見逃すわけにはいかない。まして、その大会とは日本で最も有名なロボコンだ。今日は休みます、と昨日のうちにもう連絡を入れて来たのである。

──ネットを見た限り、あらゆる方面から注目度が高いみたいだけど。それにしても平日でこの人出か……。席、埋まってたら嫌ね。

 悠香の両親と同じ感想を胸に抱きつつ、すたすたと歩いていると。

「──あ、浅野先生」

 横から、声がかかった。

 高梁ではないか。一階から通路まで昇るエスカレーターを、彼は今まさに降りてきた所だった。鞄を前に抱え、浅野も駆け寄る。

「先生もいらしてたんですね」

 言ってから、それもそうかと思った。物理部がリタイアしたって、物理教師としては気になるに違いない。

「ええ。一応、常願寺くんも審査に当たっていますし」

「もう席は取られたんですか?」

「それが、なかなか空いている席がないんです」

「……そんなに?」

 小さく頷く高梁。浅野はエスカレーターを降り、チケットを見せて観覧席ゲートをくぐった。

 なるほど、確かに大混雑だ。黒山のような人だかりができている、とはまさにこの状態を指すのであろう。

「正面は無理ね……」

 辺りを見渡せば、ずっと向こうの方に座席が空いているのが見える。それも都合よく、二つあるみたいだ。横長のフィールドからすると、そこはかなりの端のようだが。

「あの場所ではよく見えないかと思いましてね……」

 高梁が後ろから言い添えた。が、背に腹は変えられまい。

「あそこ、取りましょう」

 言うが早いか浅野は小走りで通路に移った。座れなかったら大変だ、長丁場を立ちっぱなしで見る羽目になってしまう。

 高梁が泡を食ったようにばたばたと後ろを追ってくる。これまた幸運だったのか、席に辿り着くまでにそこに目をつけた者はいなかったようだ。観客を掻き分け掻き分け、浅野と高梁はそこに収まった。良かった、存外視界も悪くない。

「何とか、なりましたね」

 疲れのあまり、浅野は隣人に笑いかける。

「……浅野先生、なかなか無茶をなさるんですね」

 高梁はあまり機嫌がよくなさそうだった。一人で見る気満々だったのだろう。が、浅野はそんな事には構わない。

──だって、一人でより二人で応援した方がいいに決まってるじゃない! 

 心の中に叫んでから、これは誰に対して主張しているんだろう、と不思議に思う浅野であった。


 沈黙の続くこと一分。少し、落ち着いてきた。

「……そう言えば常願寺先生、うちの学校の教諭であることは伏せられているんですね」

 会話の糸口を拾おうと、浅野はまた口を開いた。

 高梁はちらりと浅野を見て、またすぐフィールドに目を戻す。

「出場チームと関わりがあるだなんて、万が一にも思われたくないでしょうから」

「確かに、それもそうですね。昨今は八百長だの何だのと世間の目が厳しいですし」

「ふん。私には単なる(あげつら)いのように思えてならないんですがね。とかく日本人は、所属する社会単位の中での目を気にしすぎる。真っ当な人間なら八百長なんぞしたりしないだろうに」

 不機嫌そうに鼻を鳴らした高梁は、ごほん、と咳払いをした。語り過ぎたとでも感じたのであろうか。

「……何にせよ、ここはロボコンです。彼女たちが自分の力だけで勝利を掴み取る事に意義がある。浅野先生もそうは思われませんか」

「え、ええ」

 正論を真っ向からぶつけられて言葉を失った浅野に、そこまで言うと高梁はすっと立ち上がった。


「是非とも……勝ってほしいものだ。相手にも、自分にも」



……高梁の立ち姿に、不覚にも浅野は見蕩れてしまった。

 なぜって。高梁の目が、あまりにも澄んでいたからだ。

 まるでフィールドも、ビッグサテライトも、その先にある何もかもを全て透過して、彼方にぼんやりと浮かぶ未来を見つめているように。


──本当に、見えていたりして。

 くすっと笑うと、高梁は浅野をすぐさま振り返る。「何か?」

「いえ、何でもありません」

 笑いは目だけに収めて、浅野はそう答えてやった。それから、付け加える。

「高梁先生、後ろの方の迷惑になりますし、お座りになられては?」

「……失礼」

 慌てて腰を下ろす高梁であった。





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