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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅳ章 ──全ての道は、完成へ通ず
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069 先輩の背中

「私と玉川さんは、人として似てるの。基本的には自分にそんなに自信とか期待をしていない事とか、ともすると引っ込み思案になっちゃう事とか、他人をどうしても気にしがちな所とかね。だからこそ私には、玉川さんの考えてる事を理解するのは難しいことではなかったの。

私はリーダーとして、すごく苦労した。玉川さんも苦労してそうに見えたし、最初に会った時の印象で分かったのよね。ああ、この子と私はそっくりだって。だったらなおさら見守ってあげなきゃ、軌道修正してあげなきゃって思った。同じような性質(たち)で、でも私と違ってまだ未来の開けてる玉川さんには、私と同じように失敗される訳にはいかなかった。私たちには叶えられなかった優勝を、玉川さんたちを使って掴み取る事。それだけが私の生き甲斐みたいなものだった。それが為し得て初めて私の心は成仏できるって、私は信じていたの」


 流れ行く雲が千切れ、薄く果敢無(はかな)く消えていくように。北上の声は、やがて掠れ、小さくなっていた。

 知れば知るほどに悠香の心に積み上がっていくのは、怒りでも呆れでもなかった。ただ、息絶えた獣の傍を(かす)めて流れてゆく静かな小川のせせらぎのような、不思議な感情だった。


「こんなの間違ってるって、私は何度も自問したわ。でも、止められなかった。私はもう、優勝という名の亡霊に取り憑かれてる。無理を通してでも玉川さんたちをロボコンに導く事しか、考えられなかった」

 そこまで言った北上は、身体の向きを変えて、そっぽを向いてしまった。顔向けしたくないのでは、なさそうだった。

「怒らないで聞いてくれて、ありがとう。……今まで、ごめんね」




 悠香の知っている北上の背中は、

 こんなにも小さく、弱々しかっただろうか。


──違う。

 悠香は思った。

──違うよ。北上さんはもっと強くてぶれなくて、どこか雲みたいに捉え所がなくって、でも頼りない私を誰より信じてくれた、かっこいい人だったのに。

 こんな悲しそうな声で話す人じゃ、なかったのに。


 そこまで考えた時、ふと悠香の脳裏を過った一つの考えがあった。

──そうか。もしかして、私……。

 瞬きをした悠香の前には、二人の北上が見える。一人は立って悠香を見下ろし、一人は座って悠香を見上げていた。そうか、と悠香は反芻した。

──私はこの人にずっと、憧れてたのかもしれない。この人に認められたくて、もう格好悪い場面なんか見せたくなくて、今日までの日々を生きてきたんだ。

 そうだ、見下ろしてくる方の北上こそ、悠香の信じてきた本当の北上だ。

 追いかけてきたはずのあの背中は、こんなに丸くなんかない。北上(このひと)はこんな人じゃない。


「こんな人じゃ……」


 しまった!

 悠香は大慌てで口を塞いだ。何てことを口にしてしまったのだろう! 北上を疑っているみたいではないか!


 が、当の北上からは何の反応もない。


「…………?」

 恐る恐る悠香は、北上の顔を後ろから覗き込んだ。

 そして。


──ああ、そうか。


 その表情を見て、知った。自分が今、何をするべきなのかを。



「こんな人じゃないですよね、北上さんは」

 わざわざ言い直し、しかもより明るい口調で言い放った悠香に、北上はどんな印象を持ったのだろうか。

「誘導なんて私、知りませんでした。だからこれからも、知らないままっていう事でいいですか?」

 悪戯っぽく笑って尋ねた悠香は、北上とは反対の空に目を向けた。ずっと先まで続く空の下、甍を争う戸建ての向こうに摩天楼が建ち並び、ぼやけるほど遠くまで続いている。雲はいつしか太陽の熱に融かされたように後退し、その上に拡がる東京の空は、どこまでも果てしなく広い。

 その広い広い空から吸い込んだ空気に、悠香は言葉を乗せる。

「私、嬉しかったです。ただ自分のためにロボットを始めたのに、それが誰かの役に立ってくれたら一石n鳥じゃないですか」

「一石……n鳥?」

 北上がつと顔を上げた。えへ、と悠香は笑う。

「友達が言ってたんです、そんな風に」

「……数学と(ことわざ)の融合か。面白い発想をする友達さんだね」

「その友達さんも今、ロボットを一緒に頑張ってくれてます」

 悠香は畳み掛けた。これが演技だというのが、北上より大人っぽく見せるための演技だというのがばれないように。

「建前とか本音とか、何でもいいです。私はチームを守れたし、ロボコンにまた挑めるようになりました。それが北上さんのお陰である事は、言うまでもないんです。だから私、頑張ります。もっともっとも────っと、優勝に近づける所まで頑張ります。ここまで来ちゃったら、頑張らない訳に行かなくなっちゃいました」


 北上は悠香を振り仰いだ。

 その背中に自らの過去の全てを背負った北上の顔は、今、もう一つの積み荷をやっと降ろせたように、幽かに震えていた。

 そして悠香は、それを正面から見てしまった自分の身体に、一層のやる気が充填されていくのを感じていた。

──だって、これからもこの人には、私の先を行ってもらわなきゃ困るもん。


「私たちは大丈夫です。だから北上さん、謝らないでください。謝られたら私もまた、謝らなきゃいけなくなっちゃいます」


 悠香は押し寄せる何かをぐっと飲み込んで、そう重ねて言った。

 すると。

「そうね」

 北上は儚げに微笑み、立ち上がったのだ。

 そして一言、言った。


「『賽は投げられた。全ての道は、勝利(ローマ)へ通ず』よね」


 北上らしい台詞に悠香も、安堵でまた目元が弛みそうになるのだった。




 夕陽に包まれた世界の一角で、悠香は手を差し伸べ、北上はそれを固く固く握り返した。


「頑張ってね。私もきっと、観に行くから」

「はい!」

 言い合って、笑った。今はどんな表情をしていても、暖かく心地よく感じられそうだった。

 七色の赤色に代わる代わる照らされた二人の横顔の先で、太陽が、太陽に照らされた彼方の雲が、無限の翌日(あした)を照らし出さんとばかりに光り輝いていた。



◆◆◆



 翌日、日曜日。


 夕陽が橙に染めていたあの空はすっかり蒼に代わり、隙間を見つけては明るい光が舞い込む、そんな快晴の下。

 悠香たち四人は、予定通り十時半に、りんかい線の国際展示場前駅に着いた。


「ハルカ、最近遅刻が全くなくなったねぇ」

 今日も一番乗りで改札に辿り着いていた悠香に、二番手の陽子はからかうように笑う。

「だってリーダーなんだもん、一番じゃなきゃ……ふぁあぁ」

 悠香の大あくび。周囲の空気を全て飲み込みそうな勢いである。

「……もしかしてハルカ、昨日寝てない?」

「なんでわかったの?」

「なんでって……」

 目を擦り擦り尋ねる悠香を前に、陽子は答える言葉を失った。実は昨日、早寝の悠香にしてはやけに深夜まで陽子とメールを交わしていたのだ。それも最後、陽子の方から〔もう寝る〕と白旗を上げるくらいまで。

「まさか、今まで早起きしてたのって毎回……?」

「ユウヤに叩き起こしてもらったり、がんばって夜中まで起きてたりした」

「…………」

「だって私、放っておくと半日以上も眠れちゃうんだもん」

 それは救いようがない。

「ったく、リーダーが倒れたらどーすんのよ。いくら起きられないからって無茶しないの」

 陽子はそう言って窘めたのだった。やる気があるとどんな努力も厭わないのが悠香のいいところだが、そんな生活では本番になって倒れてしまうではないか。

「はあい……」

 悠香はしょぼんとする。が、すぐにうーんと伸びをして、身体をしゃんと立てた。


「私たちも、きちんと見て聞いて、頭に入れておかなきゃだもんね。他所のチームの雰囲気とか、どんなロボットを作ってきてるか、どんな作戦を立てているのか……」




 『全日本スーパーロボットコンテスト THE-BATTLE2015』の事前審査は、北日本、関東、関西、西日本の四エリア毎に、それぞれの本番用会場を使用して行われる。

 関東の本番会場である東京ビッグサテライト──東京国際展示場は、二十世紀末の幻の世界都市博覧会計画に基づいて建設された、超大型屋内展示コンベンション施設だ。延床面積は二十三万平方メートルに及び、その広さは名実ともに日本最(ビッグ)である。ここに首都圏の全てのチームが集まり、課題とされている自律型ロボットの状況を確認され、同時にメンバーの確認も行われるのだ。

 悠香たちのチームの順番と招集時刻は、あらかじめ担当の吉野から電話とメールで悠香に連絡が行っていた。もっと早くに向かうチームもあるし、もっと遅いチームもいる。


 五人の中でこの東京ビッグサテライトに踏み込んだ事があるのは、僅かに菜摘だけであった。

「うわぁ……」

 麗と合流し、審査会場の展示ホールに入った悠香たちは、順々に感嘆の声を漏らした。高い高い天井を這う肋骨の如き鉄の梁、無数に点る照明、そして何より遥か彼方まで見えない対岸の壁。

「コミックマーケットの時より広く見えるなぁ、やっぱり」

 他の面子とは裏腹に、菜摘は驚きつつも余裕を見せる。あ、と真っ先に声を上げた。「あそこの辺りでみんなロボットを組み立ててるよ。んで、組み立てたのをさらにその向こうのカウンターで審査してもらうんだ」

「……じゃあまずは、適当に腰を下ろそっか」

 圧倒的な広さに未だ心を奪われながらも、そう言って悠香は歩き出す。陽子と亜衣が重量感のあるカートをゴロゴロと言わせながら、その後ろに続いた。ロボットの部品が重いだろうと、麗の母が気を利かせて用意してくれたものだ。

 そのさらに後ろを歩くのは、菜摘と麗だ。中学生女子の体格と雰囲気でも、五人揃えばそれなりのチームに見えてくるから不思議である。




 会場内は意外に混雑していて、ざっと見ただけでも十数チームが待機しているようだった。

 大小様々なロボットが並んでいる。『積み木』を持ち上げるモノを自律ロボットにしているチームは多いみたいだが、中には攻撃ロボットを持ってきたチームもある。初めて目にする敵チームの模様を、悠香たちは熱心に観察した。そしてそのたび、色んな感想が口から飛び出した。

「……あそこのチームのロボットは装甲ペラそうだな。ショットガンをまともに当てたら、簡単に壊れちゃいそう」だとか、

「うわ、あのロボットの動き見た? 『積み木』を打ち上げて積もうとしてたよ⁉」だとか、

「あのロボットはスピード速いから、ヒット&アウェイには向いてそうだねー」だとか。


 菜摘はさっきから、気になっている事があった。

「……ねえ、レイ」

 我慢できなくなって、麗に尋ねる。麗にしては珍しく、入口を入ってからずっとスマホをいじり続けているのである。

「?」

 首を傾げる麗に、菜摘は疑問を口にした。「今、何してるの?」

 ああ、その事か。そう口にした訳ではないが、代わりに麗はスマホの画面を翳してきた。


──!

 見張った目玉が飛び出したかと思った。なんと麗は、他所のチームのロボットの写真をばしばし撮っていたのだ!

「シャッター音を(ミュート)にできるアプリを使った。ちなみに、違法」

「……これ、後で参考か何かにする為に?」

 カクカクと声の震える菜摘の質問に、親指を立てる麗。いやいやグーじゃないよ、と突っ込むのが正解なのだろうが、そんな気もどんどん薄れてゆく。

──何も、何も見なかった事にしよう。その方が私は幸せになれる。

 菜摘は目を反らし、そう思うのだった。ロボット研究会突っ込み担当(仮)の、秘かな悲哀である。





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