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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅳ章 ──全ての道は、完成へ通ず
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064 新展開?



 翌日の昼休み。


「しまったなぁ……。思ったより長引いた……」

 常願寺は汗をかきながら、校門を入ってきた。つい先ほどまで、埼玉県和光市の理化学研究所本部にいたのである。

 地震の報を受けて、ロボコンの運営委員会から緊急招集がかかったのが昨日。早く物理課に帰って、昨日から高梁に代わってもらっている仕事をやらなければならない。駆け足で階段を上ると、物理課のドアの前に立つ。

 と、その向こうから高梁の声が聞こえてきた。


「……分かった。しかし長良、君は本当にそれでいいんだな?」

「私は、構いません」

 長良の声も混じる。確か物理部の面子だったよな、と記憶を漁った常願寺は思った。

「その方がきっと、みんなの為になります」

「了解した。あとは君と、部長の北上に任せる。……と言いたいが、明日辺りに私も呼び出して話をしておこう」

「はい」

 会話が切れたらしい。ガチャリとドアノブが回り、長良が出てくる。失礼しました、と声をかけた長良は常願寺にも一礼をすると、教室の方へと戻って行った。親切にもドアは開け放っておいてくれたので、常願寺はすぐに中に入る。

「常願寺くんか」

 戻ろうとしていた高梁が、顔を覗かせた。「和光帰りか?」

「はい。本当はもっと早く帰れるはずだったんですが、多少の紛糾がありまして」

「ふうん……」

 高梁は奥に消える。自分の机にカバンを置くと、戻ってきた高梁の手にはコーヒーが湯気を立てていた。要るか、と高梁は目で尋ねてくる。

「いただきます」

 一も二もなく受け取る。実験屋の高梁はコーヒーも実験器具で作るが、その味は計算し尽くされた完璧な旨さなのだ。ほかほかと立ち上る香ばしい薫り、適度に澄んだ苦さ……。

 コーヒーを啜っていると、向かいに腰かけた高梁が問うてきた。

「ロボコンは無事、開催できそうなのか」

「はい、何とか。昨日の地震による東京ビッグサテライトへの影響は報告されていないとの事で、会場用意が行えるのであれば構わないだろうと。揉めたんですけどね……」

「……まぁ、余震の懸念は払拭できない。致し方ないだろうな」

 ええ、と常願寺は呟いた。

 東京ビッグサテライトを信頼していないと言えば嘘になるが、あの大空間の屋根が落下してきた場合には命の保障は難しい。心理的な問題は大きかったのである。

「やはり、物理部顧問としては気になるんですか。開催の是非については」

 笑うと、高梁はすっと立ち上がる。


「物理部は……」

 言いかけた高梁は首を振った。いや、と一言が代わりに挟まる。

「物理部も、あの中三のチームも、ロボコンを心待ちにしているだろうからな」


 何だろう、今の奥歯に何か挟まったような言い方は。

 不思議に思った常願寺は、話題を変えた。

「そういえば高梁さん、玉川さんたちの処分を保留すべきだと進言したそうですね」

「……なぜそれを君が?」

「他の先生方との話の中で、何度も耳にしまして。皆さん驚かれていましたよ?」

 高梁は青虫を五百匹ほど噛み潰したような顔をしている。茶化すつもりは無しに、常願寺は続けて言った。

「僕も少し意外でしたよ。あの時の怒り方と停学を保留という意見は、あまり釣り合わないような気がするんですよね」


 すると高梁は、くるりと身体の向きを変えた。

 コーヒーを淹れるのに使ったビーカーとスタンドが、そこに立っている。ビーカーを持ち上げて、振る。振りながら呟くように口にした。

「保留というのは、語弊がある。私は個人的には、そんなものは必要ないと思っている」


 常願寺は思わず瞳に『⁉』の文字を浮かべた。高梁はまるで意に介する様子もなく、ビーカーを置く。からん、と沸騰石が中で鳴った。

「あのチームは確かに、色々となっていない部分が多い。しかし私は、何かに全力で挑戦するという姿勢については、恐らくあのチームメート以上に評価しているつもりだ」

 コツコツと歩き回りながら、高梁はゆっくりゆっくりと言葉を選び、発してゆく。

「昨年のロボコンでも物理部が二位に甘んじた事は、君も知っているだろう」

「は、はい」

「部員たちは酷く悔しがったが、無念なのは私も同じだった。顧問として、もっとさせてあげられる事はなかったのかと悩んだりもした。しかし結局、そんな事はないという結論に至った。自由を重んじるこの学校において、何よりも大切にすべきは生徒たちの『体験』だと思うからだ」

「体験?」

「自分たちの力で壁を乗り越える、という体験こそが重要だ。だから我々顧問は、必要と思ったレベルの助力さえもしてはいけない。危険な方向に外れればきちんと指摘するが、それ以上は手出しはしないと決めた。それは物理部に対しても、あの中三のチームに対しても全く同様の対応をしている」

 えっ、と常願寺は尋ね返した。声が見事に裏返っていた。

「じゃあ、高梁さんは……」

「顧問などという肩書きなど、どうでもいい。全ての教師は保護者であり、全ての生徒は被保護者だ」

 そんな意味深な言い方をしなくても、と常願寺は思った。高梁はこういう時、なぜか正直にものを言うのを苦手とする。

「物理実験室の使用を禁じたのは、それが約束だったからだ。だが、それと処分とは何の連続性もない。処分なんてしている暇があったら、私なら禁じられている行為を改めてきちんと教え諭す。その方が、何より生徒の将来の為になる。

方向(ベクトル)が違うだけで、私は両方に期待しているつもりだ。きっと彼女たちなら、自分の力だけで夢を叶え、それが可能である事を世間に知らしめてくれるだろうとな」


 ふふ。

 何やら満足げに高梁は笑った。ビーカーから溢れた湯気が、口先でふわりと膨らんだ。

「…………」

 常願寺は、黙っていた。教師たちの間で高梁がどんな風に言われているのかを教えてあげようかとも思ったが、やめておこうと思った。

──だって、『真面目系隠れ熱血教師』呼ばわりだもんな。

 ようやく納得できた。くすっと笑うと、高梁が横目で睨んでくる。慌てて咳き込んで誤魔化した常願寺は、逸らした目を窓の外へ向けたのだった。


「……頑張って、勝ち取って欲しいものですよね。僕も一位が見たいです」


 審査員を務める者のそんな秘かな囁きは、高梁にも、悠香たちにも、届いていたのだろうか。



◆◆◆



 翌日の中休みの事である。


「玉川さん、いる?」

 物理の本を流し読みしていた悠香の耳に、ドアのところから唐突に聞いたことのある声が響いてきた。

「私は、ここにいます」

 ドアまで向かうと、そこにいたのはやっぱり長良だった。顔を合わせるのは二回目だ。

 どうしてここに高校二年が、と周囲の目がこちらを注視している。戸惑っているのは悠香も同じである。

「どうか……したんですか?」

 上目遣いに尋ねると、長良は思ってもみなかった事を言い出した。

「あなたたちを手伝わせてくれないかな」

「てっ……⁉」

 悠香も、その後ろにやって来ていた他の四人も、全員がすっかり仰天した。手伝う、だって? 対等な戦いを要求していた、あの長良が?

「私たちがリタイアした事は、きっともう知ってるんでしょ?」

「あ、はい、ナギサちゃんから聞きました」

「それで私たち、人手が余ってるのよ。だから良かったら、あなたたちのチームを手伝えないかなって思ったの」

「え……えっと……」

 言葉にもならない声で取り敢えず返事をしておいた悠香は、すぐさま背後を振り返り囁く。「どどど、どうしよう⁉ 請けた方がいいかなぁ?」

「ちょっとリスキーだよ……。物理部はロボットを失ってる訳だし、『死なばもろとも!』って私たちのロボットも壊されちゃったりするかも……」

「そこまでしなくとも、わざと故障するように仕向けたりとか……」

「──聞こえてるわよ」

「うわあっ⁉」

 五人の肩は脱臼しそうなほど飛び上がった。長良の笑顔が、じっと悠香を見つめている。

「安心して、そんな復讐紛いの事はしないわ。私から厳命しておいたから」

……それはつまり、もう物理部内の意思統一は済んでいるという意味だろうか?

 分からない。説得されてもやっぱり分からない。どのみち不安が拭えないのに変わりはない。

 悠香たちは曇った顔を見合わせながらも、頷くしかなかった。




 異変は立て続けに起こった。

 直後の昼休み、五人に対し速やかに物理課の高梁の所に行くように、放送がかかったのである。

 恐る恐る物理課の門戸を叩いた悠香たちの前に現れたのは、いつも通りに全くもって無表情の高梁だった。いや、ここまで来ると最早(もはや)蝋人形だ。完璧すぎる。

「先日の物理実験室での事故のこと、少しは反省したか」

 いきなり問われた悠香たちは、返答に悩んだ。いったい何と答えるのが正解なのか。

「その……反省、してます」

 しょんぼりした様子を装って悠香が言うと、亜衣がその後を続けた。「私たちが言われた事をきちんとすぐに実行に移していれば、あんな事にはならなかったんだと思います。私たちの危機管理意識が足りませんでした」

 わざとらしく誇張はしているが、五人の反省に嘘はない。実際、規制されたお陰で悠香たちは危機に陥り、一時は解散寸前の事態にまで発展したのだから。

 一様に下を向き、後悔で項垂れたようになる五人。するとそれを見てか見ずにか、高梁はふと声を和らげた。

「物理実験室での禁止行為を挙げてみろ」

 語調は全く柔らかくなっていない。ええっと、を数回繰り返した後に、陽子が答える。

「火災や爆発など、生徒ないし校舎への影響が懸念される事故は起こさない」

「それから」

 次は菜摘だ。「電気とかガスとか水とか、インフラの無駄遣いを、しない?」

「それもある」

 次に悠香。「常に『気を付けなきゃ』って思う事、とか……」

「それだ」

 高梁がいきなり断言した。「それは確かに、全員が抱いているんだな?」

「は、はい」

 反射的に答えてからしまったと思った悠香だったが、誰からも否定の声は飛ばない。宜しい、と呟く高梁。

今後(・・)それを破った場合には、今の問答を無限に繰り返す事になるからな。分かったら、戻って構わない」

 言うが早いか高梁は踵を返し、研究室の奥へと消えていってしまったのだった。


「……なんで私たち、呼ばれたんだろう」

「なんか最後、結論を言わずに逃げられたような感じがする」

 残された悠香たちは、前日の常願寺とそっくりの感想を口にし合った。

 一方で、何となく感付いてもいた。


──あれはつまり、物理実験室を解禁するって言いたかったのかな……。

 って。






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