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ロボコンガールズ  作者: 蒼原悠
Ⅳ章 ──全ての道は、完成へ通ず
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062 激震



 ギシッ。


 深夜、悠香は耳慣れない異音に、はたと目を醒ました。

 どこからだ、今の音は。そう思った矢先。

 ガタガタガタガタッ!

 ベッドが、床が、音を立てて激しく軋み始めたのだ。

「──地震だ!」

 悠香は跳ね起きた。が、立ち上がれない。寝起きの上にこの揺れだ。地面が波打っているようにすら感じる。

 ドサドサッと崩落音が響き、本棚から落下した大量の書籍類が床に散らばった。天井の蛍光灯が、不気味な音を引きながら揺れている。やっとの思いで立ち上がった悠香は、ドアに駆け寄って勢いよく開けた。大きな地震の時には、ドアが歪んで開かなくなると聞いていたからだ。

 それにしても、長い。揺れはまだ続いている。ゆったりと、しかし時に激しく、抵抗する人間を嘲笑うかのように。

「まだ……終わらないの……⁉」

 ベッドの縁にすがり付き、悠香は呻いた。食器か花瓶でも割れたのだろうか、階下から凄まじい破砕音が響き渡った。家中のありとあらゆる場所が恐ろしい音と共に軋み、捩れ、歪む。

 その全てが、悠香には、怖かった。二十年前の震災を悠香は知らないが、四年前ならば嫌と言うほどはっきりと覚えている。ああ、あの日、震源から遥か離れたこの街でさえ、震度五強にも達する激しい揺れに襲われたのだ。

──止んで! 早く止んで! お願いだから、止んでよ……!

 悠香は無言で叫んでいた。


 ギシ……。

 最後の悲鳴を響かせ、ベッドの軋みが収まる。突然の訪問者は、およそ二分の長い揺れをやっと終えて帰っていったのだった。

「止んだ……」

 へなへなと座り込む悠香の後ろから、友弥の声がした。「大丈夫か、ハルカ!」

 廊下を友弥が駆けてくる。悠香と同じでパジャマだが、その姿は自分よりも何倍も頼もしい。

「私は大丈夫……。ユウヤは?」

「部屋は悲惨だけど、俺は大丈夫だよ。ハルカ、無事でよかった」

 本当は怖さのあまり友弥にしがみつきたい悠香だったが、秋葉原での嫌がる顔を思い出してやめた。そんなこととは露知らぬ友弥は、階下が心配だと呟く。

「父さんと母さんの寝室、確認してくる。ハルカ、ちょっと待ってろ」

「う……うん」

 言われなくても、動けなかった。恐怖が、安堵が、胸を貫いて口から出てしまいそうに思えた。

 キイ──……、キイ──……。

 天井から吊り下げられた蛍光灯だけは、まだ奇怪な音を発しながら揺れ続いていた。




 2015年四月二十八日、午前三時四十二分。

 丑三つ時をも過ぎ去り、誰もが就寝していたその時。神奈川県小田原沖の深さ二百キロを震源とする、マグニチュード六・七の地震が発生した。

 最大震度は東京都心部で五強を観測。関東を中心に広範なエリアに被害が及び、沿岸部では深夜にも関わらず津波警報が発令され、避難が行われた。緊急地震速報は主要動の十秒前に正常に作動していたが、深夜にそれを感知できた人は少なかった。

 翌朝、被害状況が判明した。死者こそいないものの怪我人が数十名、ビニールハウスやプレハブなどなど倒壊した建物が数棟。夜間の地震の襲来は、地面とその上に広がる都会にそれなりの爪痕を残していたのだ。震災二十年の節目の年に、縁起の悪い事この上ない出来事であった。

 朝から鬱屈した雰囲気の漂う中、私立山手女子中学は生徒の通常通りの通学を連絡。悠香たちは学校へと通える事になった。





 朝一番の学校の廊下に、ばたばたと走る音が幾つも轟く。


「ロボットは────⁉」

 叫びながら教室に駆け込んできた悠香は、予想を概ね裏切らなかった目の前の光景に絶望感を隠せなかった。

「ああ……!」

 続いて走り込んできた亜衣が、思わず喘いだ。悠香はもうロボットの前に座り込み、状況を確認している。

 クラスメートの理解が得られたからと、組み立てられた状態のまま教室に放置したのがいけなかった。三台のロボットは互いに倒れ込み、特にドリームリフターの長いタワーは他の二台を押し潰すように横倒しになっていた。その下にあったのは、あろうことかロボットの頭脳たる論理回路(コンピューター)……。

「割れてる……!」

「うそ⁉」

 亜衣は悠香の隣に滑り込んだ。悠香が掲げて見せたそれは、エイムの機体中央部に置かれていたはずの電子基盤だ。真っ二つに割れ、負荷がかかって千切れたコードが虚しく宙にエナメル線を晒している。

 亜衣も悠香も、暫く声が出なかった。同じ向きに置かれていたドレークも、被害は同じだった。

「私のせいだ」

 悠香がカタカタと震えだした。「教室に置いといてもいいよねって、私が昨日言ったから……」

「……ハルカだけの責任(せい)じゃないよ。私たちだって、賛成したんだもん」

「でも……私が昨日の帰り道にあんな話をしたからかもしれないし……」

「…………」

 そこから先はオカルトの話になってしまう気がして、亜衣は口を噤む。確かにタイミング的には、悠香の災害救助の話が引き金を引いた形ではあるが。

 ぐすんと早くも鼻を啜りかけている悠香と、その背中をそっと撫でる亜衣。中枢を失って動かなくなったロボットたちと二人を照らす陽の光は、地震一過とでも言いたいかのように、腹が立つほど清々しかった。




 しかしその二人──いや、それ以外の三人を含めたこのチームの何倍も、もう一つのチームの蒙った影響は大きかった。

 物理部である。


 授業開始の三十分前には、部室にロボット班の全員が顔を揃えていた。

 その全ての視線が今、机の上に注がれていた。無惨に壊れた三台のロボットが、くすんだ銀色のボディに照明を反射させている。

 第一発見者は長良だった。嫌な予感を感じて急いで登校した長良が部室のドアを開けると、ロボットたちが床に叩き付けられていたのである。


「……どうなんですか?」

 様子を見る米代に、渚が尋ねる。米代は諦めたように首を振り、虫眼鏡を置いた。

「駄目だ……。構造も配線も何もかもが、歪んだり外れたりしてる。一から作り直した方が早いくらいよ、これ」

「私もそう思った」

 長良が同意した。

「そりゃ、こうなるのは避けられないよ。あの高さから落ちたんだから……」


 長良の見上げた先には、戸棚がある。

 高さ二メートル半の木製の棚の上に、ロボットたちは保管されていた。その中身は工作用の部品や道具だったが、それも半分近くが落下し、長良が駆けつけた時にはロボットの上に散らばっていたという。

 二十年前に建てられた他の校舎と違い、竣工が1980年の理科棟は新耐震基準を満たしていないため、数年前から建て替え工事が計画されていた。しかし条例の壁に阻まれ敢えなく破綻、仕方なく耐震化工事を新たに計画していた最中だったのである。構造への影響こそ無かったが揺れの大きさは十分に大きく、固定されていなかったロボットはいとも簡単に床に落ち、さらにその上から棚の中身が降り注いだのだ。

 百戦錬磨の物理部が開発したにしてはあまりにも呆気ない、三台のロボットの末路だった。


「で、でも一から作り直すなんて言っても、このロボットたちは……」

 米代の見立てに、渚が声を上げる。

 それまで茫然と破滅的なその光景を眺めていた聖名子は、弾かれたようにスマホのカレンダーを確認した。ロボコンまで、あと九日しかない。

──無理だ。

 聖名子は渚の言葉の意味を悟った。

──輸送ロボットを作るのだけで軽く一月は費やしたし、それにかけたお金だってかなりのものだったはずだもの。今から作り直すなんて、実質的には不可能だよ……。

 受け入れたくなかった。これまでの努力を、全部否定されたように思えた。

 けれど机上のロボットの残骸は、どんな証拠よりもはっきりと、物理部の望みが完全に失われた事を示している。対ロボット攻撃を想定して側面の衝撃吸収効果を高めた複雑な内部構造(インパクト・レジスタンス)も、急激なカーブに耐え切れるように振り子式台車(ペンデュラム)を採用した駆動部分も、物理部の詰め込んだ夢の全てが、今ここで憐れな姿を見せている。どれもこれも、膨大な時間を費やして完成した、もう手には入らない代物なのに。

 垂れ籠める沈黙が、肌に突き刺さって痛い。見かねたように長良が、口を開いた。


「諦めよう」


 長良は確かに、そう言った。

 途端、渚が叫ぶ。「イヤです! 諦めるなんて!」

「私もです! フルで手を動かせば、それなりの所までは作れます!」

「二人の言う通りですよ! やればきっと、何とか……!」

 米代たちが続いた。が、長良の表情に変化はない。すっと呆けたような、儚いその眼差しは。

「そんな中途半端なロボットじゃ、出場したって何も出来ないよ。潔く、出場を取り止めよう」

「でもっ……!」

「もう決めた事よッ!」

 長良の怒鳴り声がざわめきを打ち消した。長良がこんなに感情的な声を出したことは、かつて一度もない。反論しかけた張本人の渚もが、胸を衝かれたように長良を見ていた。

 しんとした部屋に、長良の声だけが聞こえる。

「高二の芦田には申し訳ないけど、もう、無理よ。高一以下のみんなは、来年以降のチャンスに頑張って。今年の反省と教訓は、きっとプラスに働いてくれるから」

 長い髪を振って纏めると、長良は言葉を紡ぎながらロボットを左手で撫でていた。

 その手が、ぴたりと止まった。

「高梁先生には私から報告するわ。ロボコンの運営にも、参加取り止めの連絡をしておく。……今日はこれで、解散ね」


 涙の堰が切れた渚が、その場に泣き崩れた。

 高一の米代たちは、震える肩を噛んだ唇の痛みで耐えていた。

 長良と同期で副リーダーの芦田は、渚をそっと抱き締め、自らも頬を伝う涙を拭っていた。

 ロボット製作にそこまで関わっていなかった中一や中二の部員たちは、つらそうに目を閉じながら、居場所を探すようにあちこちに顔を逸らしていた。

 長良は、じっと佇んだまま動かなかった。その表情は最後まで、まるで現実を直視していないように不透明なままだった。


 例年通りに参加申込を済ませてからの歳月が、地震によって一瞬にして灰塵に帰した物理部の部室。

 その天井に、授業開始五分前を告げる予鈴がこだまする。絶望の淵に沈んでいた間に、いつしか二十分以上の時間が経過していたのだ。

「……授業、行こう」

 まだ泣き止まない渚に、聖名子は声をかけた。

 渚は、うんとは言わなかった。






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